時を止めれるようになったけど、悪いことには使いません!!

きょん

第一章

第1話 都市伝説

 少女は急いでいた。ハァハァと息を切らしながら、見慣れた通学路を一目散に駆け抜ける。

 現在、時刻は午後4時40分。今日は5時から隣町の塾で模試があるため、それまでには何とかして到着しなければならない。


「……マズイわね。ちょっと急がないと」


 暖かい春の風が少女の美しい黒髪をなびき、真っ赤な夕日が少女の顔に降り注ぐ。びっしょりと汗の張り付いたシャツが風に当たって気持ち悪いが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 少女は時間に厳格だった。生まれてこの方、一度だって遅刻をしたことなどない。それについ先日、会議に遅刻してきた生徒会のメンバーに対して厳しく叱りつけたのは、他でもない自分自身なのだから。

 

 そこでふと、いつもは使わない小さな裏路地が目に入った。近所の墓地へと通じるこの裏道は確か、何かと事件が頻発しているとかなんとかで、学校側が通学路として使うことを控えるよう言っている道だ。あまりの事故件数に、妙な噂や怪談話の類も後を絶たない。しかしこの道は、同時に少女の行先である学習塾への近道でもあるのだ。

 少女は迷うことなく路地に入った。今まで通ったことはなかったものの、この辺りの地図は全て頭の中に入っている。別に校則で通行を禁止されているわけではないのだし、今日くらいは近道したって罰は当たらないだろう。


 狭く曲がりくねった道を駆け抜け、持ち前のフットワークで軽やかに路地を進んでいく。こうして実際に通ってみると分かることだが、何のことはない、少し暗いだけのただの路地だ。きっと怪談話の類も、墓場が近くにあるせいで生まれた作り話なのだろう。

 しばらくすると前方に大通りが見えた。ちらりと腕時計に視線を落とす。案の定、指針は予定よりも3分ほど早い時刻を指していた。

 これなら何とか間に合いそうだと、少女はほっと胸を撫で下ろす。

 とその時ーー。


 「ピィィィーーー!!」という、耳をつんざくような甲高いクラクションの音が鳴り響いた。気が付くと少女は、大通りのど真ん中にポツンと突っ立っていた。突然の出来事に、頭の中が真っ白になる。前方に大通りが見えてから、ここに至るまでの記憶がない。

 慌てて振り向くも時既に遅し。少女の眼前には、猛スピードで自分めがけて突っ込んでくる大型トラックの姿が広がっていた。


「……!?」


 反射的に逃げようとするも、焦って足が絡まり転んでしまう少女。大きく擦り剥けた膝からダラダラと血が流れ、アスファルトの上に小さな血痕を作る。

 しまったと思っても、もはやどうにもならない。トラックは速度を落とすことなく刻々と少女に迫っていた。

 全身から嫌な汗がどっと噴き出てくる。

 早く立ち上がって逃げなくては。そう頭の中では分かっていても、少女の体は石像のようにピクリとも動かない。あまりの出来事に、まるで脳の回路がショートしてしまったかのようだった。


「え、いや、待って、だれか……」


 呆然とした表情で、避ける間もなく少女はトラックに轢かれ、そして……



*****



「きゃああああああ!!…………ってあれ、う、うわぁっ!!?」


 甲高い悲鳴を上げながらガタガタと音を立てて、少女は椅子から転げ落ちた。その拍子にぶつかった右腕が、机の上に丁寧に積み上げられた書類の山をなぎ倒していく。


「ハァ……ハァ……。夢……なの……?」


 深く息を吸い込み、バクバクと早鐘を打つ心臓を整えながら、少女はゆっくりと辺りを見渡した。立ち並ぶ本棚。散乱した書類の山。こだわりの事務机。学びの園としての基本理念を掲げたポスター。そこにあるのは、いつもの見慣れた生徒会の風景だった。

 数秒間の静止の後、ようやく現状を飲み込んだ少女は、再び大きく息を吐いた。


「イテテ……。あ~あ、ビックリした……」


 床に散乱した書類を拾い上げながら、少女はキョロキョロと辺りを見回す。

 ここは生徒会室。先程まで少女はここで書類の山を処理していたのだが、どうやらうっかり眠ってしまったらしい。

 それにしてもと、少女は首をかしげる。


「さっきの夢。妙にリアルだったわね。疲れているのかしら……」


 夏服のブレザーをパタパタと煽ぎ、服の中に冷たい風を入れる。なぜだか分からないが、先程からやけに体が火照っているのだ。汗もびっしょりである。悪い夢を見たせいかもしれない。


「さてと、もう今日は帰ろっかな。塾もあるし」

 

 天に向けて腕を高く掲げ、少女はぐっと伸びをした。


「あれ…………」


 そこでようやく、少女は異変に気が付いた。

 現在、時計の時刻は午後4時50分。夢の中で少女が轢かれて間もない時刻だ。しかもあと10分で塾の時間である。

 いや、今それは大きな問題でない。


「足……怪我してたっけ……」


 少女の膝は、大きく擦り剥けて血がにじんでいた。まるで、かのように。

 少女の背筋に冷たい物が走る。

 まさかと思いつつも、少女は脇に置いてあったカバンを乱暴に掴み取り、帰り道を急いだ。


 つい先ほど、夢の中で辿ったものとあえて同じ道を辿る。

 件の裏路地を進み、夢の中のそれとまったく同じルートを通って少女は走る。


 そして。


 例の大通りに辿り着いた少女が目にしたのは。

 少女が轢かれたはずの大通りで目にしたのは。


 歩道に突っ込み大破したトラックの残骸と、丁度少女が転んだところにあった、何者かの小さな血痕だった。

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