おまけ・2016バレンタイン

「……やる」

そう言って稜にぽいっと何かを投げられる。

「え?あ、ありがとう」

受け取って何かを確認すると、それは綺麗なリボンのついた真っ赤な箱だった。


「開けてもい…?」

「…お前にやったんだから、好きにすればいい」

「うん」

なんだろう、とするするとリボンをほどいてフタを開ける。すると…


そこにあったのは、いろんな形をしたチョコレートだった。




(…そっか…今日バレンタインだ)

オレは元々バレンタインとは無縁だったが、今年は休日でバイトの予定も外出の予定も全くなく…

だから今日だと言うのをすっかり忘れていた。

真っ赤な箱におさまる、まんまるいチョコに四角いチョコ、フレークのようなものが混ざったものに、ナッツの混じったもの。

高級そうな箱から見ても、これは義理とかではなく、いわゆる本命のチョコと呼ばれるものだろう。

そう思って稜の方を見据える。


「…これ、本当にオレが貰っていいの?稜が誰かに貰ったんじゃないの?稜が食べなくていいの?」


稜がオレのためにワザワザチョコを買うなんて考えられないし、誰かにオレに渡してと頼まれることもまずない。

…と言うことは、稜が誰かから貰ったチョコをいらないからオレに渡したというのが妥当な考えだろう。

そう思ったのだが、稜は「はぁ?」っと露骨に顔を顰めた。



「だってほら、綺麗な箱だし、色んなの入ってる。どっかの有名なお店のなんじゃない?すごい高そう」

きっと本命チョコだよ、と伝わるように稜にチョコの中身を見せると、

「…もういい。いらないなら捨てろ」

そう言って、稜は部屋へと入っていってしまった。



(…あーあ…また怒らせちゃった…)

オレは稜を怒らせるのが、相変わらず上手なようだ。

赤い箱の中身をもう一度見つめる。高級そうで美味しそうなチョコ。

稜はかたくなだから、1度これを食べないと決めたら絶対に食べることはないだろう。

…だけど捨てるのは、もったいない。



(……ごめんなさい、頂きます…)

稜にプレゼントしたであろう女の子に心の中で謝りながら、まあるいチョコレートを口の中に入れる。

パリッとした触感の後、中には柔らかいチョコレート。

(何これ、めっちゃ美味い…)

やっぱり高級品なんだろう。程よい甘さで、チョコの味もしっかりしていて、美味しい。何個でも食べられそうだ。

今度はこの味…今度はこれ…そう思いながら、夢中であっという間に食べきってしまった。




食べ終わり、残ったリボンや箱も取っておくわけにはいかないので、片付けようとゴミ箱へと向かう。

ゴミが溜っていたので先に纏めようと、ゴミ箱からゴミ袋を引っ張り出すと…

(ん…?)

そこには今まさに捨てようと思ったリボンの切れ端の様のなものが入っていた。


(まだリボン捨ててないのに…?)

そう思ってよく見ると、そのすぐ近くに「バレンタインやプレゼント用に!」と書かれた、ラッピング用品のタグや値札があった。

さらにその下に押し込まれるようにしてチョコレートやナッツやシリアルや生クリームのゴミが…


「……え?」



一瞬訳が分からず固まった後に、ぐるぐると脳が働き出して点と点が線で繋がる。

稜の怒り、捨てられたラッピングの残骸、美味しいチョコに入っていたと思われる食材のゴミ…

これはもしかして、もしかして…


(…あのチョコは稜が作ったってことか…?!)

サーっと血の気が引いてゆく。


オレはそんなこととは露知らずに、あんなことを言ってしまったのか。

(稜が怒るの当然だよっ…)

せっかく稜が作ってくれたのに…稜が自分から「作った」とか「お前へのチョコだ」とか言うハズもないのに…

なんでその可能性を排除してしまったのだろう。

どうしよう、どうしよう…パニックになりその場にへたり込むと、稜が部屋から出てきて目が合った。



「…稜…っ」

「………」

目が合った稜はギロリとオレを睨みつけてトイレの方へと進む。

…心なしかその目は涙で潤んでるように見えた。


「稜っ…!」

ゴミ袋を置いて稜に駆け寄る。

稜は一瞬ゴミ袋に目をやってからオレを見て、目を伏せた。

稜はオレが気づいたことに、気づいたかもしれない。

少し気まずい雰囲気になったが、必死で言葉を絞り出した。


「稜…あのチョコ、すげー美味かった。全部オレの好きな味で、今まで食べたチョコの中で1番美味かった」

作ってくれてありがとう、とは、あえて言わなかった。謝ることもしなかった。

それを言ったら、稜は逆に嫌がると思ったから。


オレの言葉選びが正しかったのか分からず、ビクビクしながら稜の反応を窺うと、

少し間をおいてからゆっくり顔を上げた稜は

「当たり前だろ。」

ぶっきら棒にそれだけ言うと、そのままトイレに入ってしまった。




…だけど今度は多分、稜を怒らせなかったと思う。

だって「当たり前だろ。」と言った稜の耳と頬が、赤く染まってたから。




終   2016.2.14

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る