名なしの僕と視えない彼女

虎渓理紗

第1話 One day,I was out on journey.


 いつだったのかは忘れた。

 綺麗な青空が広がる、春の訪れを感じたそんな頃。

 僕は何もすることがなく退屈な日々に嫌気がさして、ふと旅に出ようと思い立った。荷物はなるべく少なめに、小さな革の鞄に詰めて。小さな植物図鑑と着替えと愛用の万年筆。紙と薬草、一枚の布。

 これだけ入れれば十分かな。

 おっと、忘れていた。そう呟いて僕は古びた本を入れた。

 表紙には古い文字で書かれている。奇妙な図形と旧字体の文字と、埃まみれの紙が薫る昔から持っているもの。大事な、大事な、僕に無くてはならないものだ。

 その他もろもろ、薬草は自分で集めればいいし、お金は自分で作った薬草を売ればいい。だからお金は最小限。

 僕はその時、魔法使いと名乗っていた。

 最近では滅多にいないと聞くが、実際は僕とか何人かはいる。魔法使いと名乗るのは僕にとって少し嘘があるが、仕方ない。

 旅に出る前に僕にはもう一つやることがあった。

「何処へ行くんだい」

「西北西に何があるのかを知りたいんです」

 家主にお礼を言って部屋の鍵を返す。

 数年借りていた自分の部屋を空にして、家財は全て売り払った。元々少なかった家財道具を売ったお金は少ししかなく、それも足しにして町を出た。

「おばあさん。またこの町に帰ってくるよ」

 僕はおばあさんに小さな袋を渡す。

「これお薬ね。お元気で」

 手を振ってその場を離れた。そのおばあさんとはもう二度と会えなかった。

 もうだいぶ昔の話だ。

 僕があまりにも暇で、故郷を離れて北へ、北へ、歩いて向かった時の事だった。今でこそ、馬車が通り交通はあるがその時はなかった。だから歩くしかなく、海は船に乗るしかない、そんな時代だった。

 訪れた国の名前は忘れてしまった。

 会った人の名前も覚えていないのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る