第13話『おしまい』
「……っていう推理を考えたんだけど、どうかな」
腕にあたる温かい感触と、耳に飛び込んできた声によって俺の意識は覚醒した。どうやら眠ってしまっていたらしい。せっかく来てくれたというのに眠ってしまったというのは非常に申し訳ない話だが、恐らく俺はしっかり話を聴いていただろうから許してほしい。お陰で変な夢を見た。微妙に目覚めが悪い。どうしてくれるんだ。
「どうかなって訊いてみても、君にこの声が聞こえてるかどうか分からないから、この質問は無意味だね」
悲しそうな声で鶴ヶ谷は言う。どんな表情をしているのかは分からない。
俺の記憶が正しければ、今、俺の置かれている状況が夢ではないのなら、俺と鶴ヶ谷が今いる場所は病院の俺の病室だ。鶴ヶ谷の出した問題の死体となって運ばれたとかそんなアホな話ではなく、よくある自転車と車の衝突事故によって俺はここにいる。困ったことに、事故が起きたあの日から俺の体はちっとも動こうとしてくれないので、俺は今昏睡状態という扱いを受けているだろう。
「ねえ、君はいつ目を覚ますのかな?」
悲しそうな声のまま鶴ヶ谷は言う。
「早く、目を覚ましてよ」
目は覚めているさ。ただ動かないんだ。
「せめて、何か反応してよ」
出来るもんならとっくにしてる。
「生きて、いるんでしょ?」
生きてる。それは保証する。
「……なーんて、聴こえてるのかな……?」
全部聴いてる。聴こえてる。
余りにも一方的な俺と鶴ヶ谷のやりとり。俺と鶴ヶ谷、どちらの『声』も聞こえる第三者がこれを聞いたら、さぞかし滑稽だと思うだろう。そして、悲劇だと思うだろう。同情し、何も言えなくなるだろう。いや、もしかしたら鶴ヶ谷に俺の『声』を届けてくれるのかもしれない。優しくてお節介な人間だったらやってくれるだろう。
なんてことを考えても、そんな都合のいいことは起こらない。あり得ないと俺は知っている。現実味の無い妄想はしない方がいいだろう。かえって気が滅入る。
「それじゃあ、私はそろそろ行くね」
その言葉と同時に、腕に触れていた温もりが消えた。ガタガタと何かを動かす音が聞こえる。きっと椅子を片付けているのだろう。
俺がさっきまで見ていた夢のように、鶴ヶ谷と二人で顔を会わせて会話をし、一方的なクイズ大会が開かれる、そんな日常はいつかまた訪れるのだろうか。もしそれが現実にならないのなら、鶴ヶ谷には悪いがずっと夢の中にいたいなと、俺はそんなことを考えてしまう。夢の中でなら、楽しそうな鶴ヶ谷の声が聞こえるし、笑っている鶴ヶ谷の顔を見ることができる。
でも、諦めてはいけないのだろう。
「それじゃあ、また明日」
なんて言って手を振りあえる日を俺は待ち続けよう。
また明日。
届かぬ声を送り続けながら。
空想スイリ 影都千虎 @yukitora01
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます