第7話『条件』

 そのまま何事もなく六時限目までが終わり、放課後、クラスの連中が殆ど居なくなったところで俺は鶴ヶ谷に話し掛けられた。この日初めての会話である。これだけで少し喜んでしまう辺り、なんだか悲しくなる。

「いやあ、昼休みはごめんね。寂しかった?」

 なんて鶴ヶ谷は言ってくる。俺は静かでよかったなんて返したが、どう捉えられたのかは分からない。顔に出ているかもしれない。

 そのまま黙っていると、鶴ヶ谷が突然動き出した。掃除が終わったばかりで整頓された机の列が鶴ヶ谷によって崩されていく。

 何をするつもりだよ。と、言わずにはいられなかった。

「うん、今日はね、クイズじゃなくて推理ゲームをやりたいなって思って」

 三つの机をまとめて隅の方へ動かしながら鶴ヶ谷は言った。手伝おうかと思ったが、鶴ヶ谷が何を考えているのか、推理ゲームと机の移動がどう関係しているのか分からなかったので、俺は黙って鶴ヶ谷の行動を見守っていた。

 それにしても、推理ゲーム。嫌な響きだ。『好きな人推理大会』の件もあるため、警戒せずにはいられない。今度そんな類いのゲームが始まったら、今度こそ俺はきちんと断ろうと思う。

「こんなもんでいいかな」

 数分後、満足そうに鶴ヶ谷は言った。机はほぼ均等に四隅へ追いやられ、教卓側、つまり前の扉の前だけ不自然にスペースが空いている。通行スペースだろう。

「この空間に、死体があったと仮定してね。大体、この辺」

 いつの間にか持っていたらしい新聞紙と何かの紙の切れはしを床にペタペタと貼りながら鶴ヶ谷は言う。

 紙には『右足』『左腕』などが書かれており、それだけで鶴ヶ谷の想像する死体がバラバラにされているものだと分かった。なんて残酷なものを考えるんだ、こいつは。

「それで、首はここ」

 唯一動かさなかった教卓の上にボールが置かれた。どこから取り出したのかは分からない。そんなもの、小中学校じゃあるまいし教室にはなかったはずだが。

「口にはこの教室の鍵が入ってるの。血塗れだから赤ね」

 ペタリ、とボールに赤い紙が貼られた。そこのこだわりは分からない。

「さて、準備完了。それじゃあ説明を始めるから頑張って推理してね」

 教卓に両手をおき体重を預け、『授業を始めます』なんて言い出してもおかしくないような姿勢で鶴ヶ谷は言った。そして、いつものノートを開くとそれを見ながら掃除されたばかりの黒板にチョークで色々と書き始めた。


「事件は文化祭前に起きたって事にしようかな。丁度今の時期だから世界に入り込みやすいでしょ?

 第一発見者はこのクラスの生徒。ドアが閉められていて開かなかったから外からの確認しか出来ないよ。勿論、窓も完璧に閉められていて、鍵は教卓の上にある生首の口に突っ込んである。生首は廊下側を向いていて、開いているってことで。ただ、見えるって言っても血塗れだからなんとなくわかる程度ね。

 で、そっちには腕とか足とかが無造作に転がってる。でも、全部新聞紙の上に置かれてるから無造作でもないのかな? まあ、そこはどうだっていいね。

 死体の周りはもちろん血塗れ。血でベットベトだからこの生首の顔もきっと分からないだろうね。ただし、これらを斬ったような形跡は見られず、勿論足跡もない。

 ざっとこんなものかな。質問には答えてあげるから、ここから推理してみてよ」

 黒板に書いたものを一通り口で説明すると、鶴ヶ谷は笑顔で言った。とても楽しそうだ。その笑顔は嫌いじゃない。なんて、俺の好みはどうだっていいのだけれど。

 随分細かく考えたんだな。と言ってみると、鶴ヶ谷は「こんなのまだまだだよ」と、照れ臭そうに笑った。推理小説をあまり読まない俺にはこれで充分のように思えるのだが。


「文化祭でお化け屋敷をやろうとして準備をしていたら、そのうち一人が本当にお化けになっちゃった、なんて展開って笑えるよね」

 何を質問しようかと考え始めた俺に、鶴ヶ谷は可笑しそうに言った。

 俺はただ一言、本当にあったら笑えねえよ。と返した。

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