第5話『好きな人』

 よくない状況は未だ続いている。こういうものは、中々終わらない。

 鶴ヶ谷は思っていたよりも本気で俺の好きな人を当てに来ている。いつ当てられてもおかしくないような気がするのでヒヤヒヤものだ。

 好きな人推理大会のルールは単純なもので、まず、質問は必ず交互で行うことになっている。質問には、された側は勿論のこと、質問した側も答えなければいけない。ハイリスクハイリターンというわけだ。否、『答えの内容に嘘を含めてはいけない』なんてルールは無いから、下手したらハイリスクローリターンだ。ローリスクと言えない辺りに、俺の頭の程度が知れている。

「それじゃあ次は私の質問だね」

 鶴ヶ谷は俺の目をじっと見つめながら言った。次はどんな質問が来るのだろうか。思わず身が固くなる。

「君は、その人にもう告白をしたのかな? それとも、まだこれからするのかな? いや、そもそもする予定があるのかな? ――因みに私は、機会があればいつかは告白したいと思ってるよ」

 そんなことを訊いても好きな人を当てることには繋がらないんじゃないのか? と、俺はその質問に対しついつい質問を返してしまった。どうしてこう、俺の口は余計なことを言ってしまうのか。

「別に、私は君の好きな人を当てることだけを楽しんでる訳じゃないからね。恋バナとしても楽しんでるんだよ。で、実際のところどうなのかな?」

 そんな俺の質問に対して、鶴ヶ谷はこう返した。頬杖をついてニヤニヤと、ニマニマと、実に憎たらしく顔を緩ませながら。この顔を見て、俺は思わず『こいつには勝てない』と、白旗をあげたい気分になった。恐らく降参なんてしたら、好きな人について洗いざらい吐いてしまわなければならなくなるのだろうけど。そんなのはごめんだ。

 さて、俺に告白する気があるのかどうか――というところだが、実はそれは俺にもよくわからない。別に告白なんてしなくとも、今の関係を維持できればいいかと考えている部分もあるのだ。故に、この『好きな人推理大会』で俺の好きな人が露見してしまうことは非常によろしくない。俺の考えをぶち壊してしまうことになる。

 今ここで俺の好きな人が鶴ヶ谷にバレてしまうと、イコール即告白という最悪な式が成り立ってしまう。

 そう、俺の好きな人とは、つまり鶴ヶ谷咲だ。

 まったく、俺は何が楽しくて好きな人と一緒にお互いの好きな人を当てるなんて遊びをしているのやら。鶴ヶ谷本人は非常に楽しそうだが、俺にとってこの遊びは不愉快なことこの上ない。俺の好きな人が当てられてしまうのは勿論のこと、鶴ヶ谷の好きな人が分かってしまうのも嫌な話だ。俺が失恋をする可能性が高すぎる。下手したら告白と同時に失恋を味わうことになるのだ。こんな、授業のサボタージュ中に自分の青春を灰色に染め上げるなんて真似はしたくない。一体、俺はどこで選択肢を間違えてしまったのだろうか。

「で? さっきから黙り込んでるけど、君は、告白する気があるのかな? どうなのかな?」

 そんな俺の心境など知るよしもない鶴ヶ谷は、黙ったままの俺に少し苛立ちをちらつかせながら俺の答えを催促するのだった。もうカミサマとやらは俺にどうしろって言うんだ。そもそもカミサマなんてものを信じていないからおかしな訴えではあるのだが。

 しかしまあ、好きな女の子を苛々させることは俺の趣味ではないので(出来れば鶴ヶ谷には笑っていて欲しい。鶴ヶ谷の笑顔が一番好きなのだ。何よりも可愛いと思っている。鶴ヶ谷のことを好きになった理由もその辺に由来しているわけだが、鶴ヶ谷語りが長くなってしまいそうなのでこの辺りで自重する)、この質問には何とかして答えなければならないだろう。無難に告白する気が無くも無いんじゃねえの、とでも答えておけば波風は立たないだろうか。別に嘘は言っていない。ひどく他人事のような言い方だが。

「現状維持したいって感じなのかな。ふうん、君の好きな人は君と近いところにいるんだね」

 俺のヘタレ発言とも受け取れる答えに、鶴ヶ谷はそんな感想を述べた。いや、鋭すぎるだろうこいつ。ほとんど答えだ。俺の近くにいる女子なんて鶴ヶ谷くらいしかいない。嗚呼、背中に嫌な汗をかいてきた。こんなことなら、音楽室で眠くなくとも寝たふりでもしておけばよかった。次から次へと、そんな後悔の念が俺の脳裏を過り始める。

 なんて、俺が色々と諦め始めていると、無機質な機械音が鳴り響いた。それは五時限目の終わりを示している。その音で鶴ヶ谷も俺も開きかけていた口を閉じた。次第に廊下の騒がしさが増していくのが分かる。

「……タイムアップ、みたいだね」

 鶴ヶ谷はため息をひとつこぼして残念そうに言った。本当に残念そうだ。

 逆に、俺は救われた立場になるので、心の中でそっと感謝の意を述べていた。ありがとう、カミサマ。信じてなんかいないけど。

「それじゃあ、帰ろっか」

 すくっと立ち上がると、鶴ヶ谷は自分の席へ向かいそこで自分の荷物を持って言った。俺はその行動に首をかしげる。

「帰らないの? 今、帰らないと昇降口閉まっちゃうんだけど」

「ほら、行くよ」なんて言って、鶴ヶ谷は状況を理解できないでいる俺の腕を引っ張った。

 はて。

 俺達は五時限目の音楽の授業をサボってここにいるのであって、まだこれから六時限目の授業があるのではないだろうか。

 しかし、鶴ヶ谷の行動にはそんな勘違いめいたものは見られず、確信を持って行動している。

 どういうことだろうか。

 パニック状態に陥り始めた俺は、一先ず壁にかかった時計を確認することにした。時計は裏切らない。筈だ。


 壁にかかった時計は、真っ直ぐに下校時刻を指していた。

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