わたしのらいおんぼーい

anringo

不意打ち

また成績が下がった。

ガリ勉を絵に描いたような私に、勉強という最後の砦を失ったらどうなっちゃうんだろう。

目だって悪くなるし、コンタクトにするなんてそんなキラキラ女子にもなれないし。

あ、怖い。前から不良が来た。超金髪だ。

壁際に寄ろう。廊下はみんなのものなんですよー。なんて言えないわ、怖いわ。


「彼女ともう別れたのかよ。あんなに好き好き言ってたじゃん。」

「しょうがないだろ。全然やらせてくれないんだもん。」

「お前、最悪かよ。女は体じゃないんだぜ。」

「それ以外何があるんだよ。」

「お前、まじで最低だな。わからないわけじゃないけど。」

「宮下、お前どう思う?」

「別に。興味ないかな。」

「お前みたいなのがモテるんだよな。世の中ってなんて不公平なんだ。」

「別にモテてないし。」

「いやいやモテ、うわ!」


やばい、ぶつかった。怖い。逃げよう。早く逃げよう。


「すみません!」


はあ、はあ、はあ、はあ。怖かった。

なんであんなに廊下広がって歩くの?もう、だから不良って嫌い。


私の名前は山下夕。夕方に産まれたから夕。簡単なんて言わないで。せっかく付けてくれた名前なんだから。

たまにたーちゃんって言われるけど、全然嫌いじゃない。

それに夕日好きだし、私はすごくこの名前が好き。

最近の悩みは、冒頭をご覧ください。成績が下がってるんです。

それはもう坂道を転げまわる蜜柑のように。よくドラマで使われる名シーンのように。

私のクラスは進学クラスではないけど、頭のいい人が結構いて、私も一応その中に入るのであるが。

その枠にも漏れそうなくらい窮地に陥ってるのです。

その中でも一際目立つ存在が、一人。

彼の名前は宮下優。

クラスのみんなにはこう呼ばれている。


「らいおんぼーい」


金髪の、つぶらな目の、謎めいた秀才くんである。

よく目立つ、よくいなくなる、よくモテる、よく告白されている。

そんな彼は、クラスの百獣の王である。

授業中、難しい問題になると、挑発するように先生が決まってこう言う。


「誰かいないかー。これくらいできないと今度のテスト範囲泣くことになるぞー。」


いっつもむちゃくちゃなテスト範囲決めるの先生なのに、何をおっしゃっているのやら。

でも私にはわかっている。その答えが。でも自信がない。

成績も下がっているし、これで間違ったら問題見るのも怖くなっちゃう。


そんな時、彼の出番が来る。


「宮下、お前いけるだろ。」


頭をくしゃくしゃ掻き分けて、めんどくさそうな顔をしながらも、彼は立ち上がる。

小さく返事をして、黒板に向かう彼の姿を、みんなが注目している。

そして私もその中の一人である。


「ここまでしかわかんないっす。」

「ここまでくればここ展開したらいいだろ?」

「あ、そっか。」


彼はどこまでわかっていたのだろうか。でも、私にはわかる。

彼はきっと全部答えを知っているはずなのに、いつもはぐらかす態度をする。

私にはわかる。彼をずっと見てきたんだから。


私は彼が好きだった。不良は嫌い。でも彼のことは好きだった。

名前が少しだけ似ている、彼のことが好きだった。

そんな誰も気にとめない共通点に、私は根拠のない運命を感じていた。

彼を初めて好きだと感じたのは、それを感じたのは不意の瞬間だった。


あれは去年の夏、図書委員の私はいつものように放課後の時間を図書室で過ごしていた。

あれはそう、初めて私が目撃した、告白の瞬間だった。


「ごめん、あんまそういうの興味ないって言うか。」

「好きな人いないんだったら、せめてできるまでだけでも付き合って欲しいの。」

「そんなの変じゃね?」

「それくらい好きなの!」

「ここ、図書室だから。常識ない人無理だわ。」


金髪の彼には、校則を守る常識はなくても、図書室における常識は持ち合わせていた。

そんなことで私は、彼を気になる存在リストにそっと登録したのだ。


締め作業が終わり、私はいつものように図書室から昇降口に向かった。

そこには、またもや彼がいた。

雨が降っていた。雨宿りをしていた。また彼に会えた。雨に感謝をした。

傘は持っていたが、すぐに鞄の中にしまった。雨が止むまでの彼との時間に、彼との疑似恋愛をしてみたかったからである。

彼の隣に、自然と潜り込めた。空を見上げる芝居をした。

何か言葉を、何か言葉を言わないと…


「まだ止まないよ。」

「え!」


やばい、話しかけられた。私に、だよね?

思わず後ろを振り返る。誰もいない。やっぱり私に言ってるのかな。

ずるい、そんな不意打ちずるい。これだからモテる人は困る。


「傘、忘れちゃって。」


嘘をついてみた。


「俺も。今日降るって言ってたっけ?だるいな。」


言ってたよ。何度も言ってたよ、気象予報士のお兄さんがね。

午後から雨が降りますよって。


「私も知らなかったです。」


嘘を、またついてみた。


「さっき、ごめんね。」

「え、何がですか?」

「図書室、うるさかったでしょ?あの子。」


それはあなたが好きだからであって、あんなに感情剥き出しになっちゃうんだよ。

恋愛経験なくても、それくらい私にでもわかる。


「いえ、別に大丈夫です。人少なかったですし。」


らいおんぼーいはやっぱり常識人だ。

なんで金髪なの?あなたが黒髪で、丸い眼鏡かけてたら、私とお付き合いしてくれるだろうか。


「なんで敬語なの?」

「え。」

「タメじゃん。それに同じクラスだし。」


嘘をつかないと、早く嘘をついて、上手い嘘を、この場を切り抜ける嘘を。

さっきあんなに自然と空を見上げれたじゃない。

私は今、女優になれるはずなんだ。


「えっと…あまりお話したことないので…その…」

「まあ、そうか。悪いな、馴れ馴れしくて。」


むしろ、そのほうが嬉しいのですが、何も言えない。口が渇く。


「いえ!嬉しい…です…」


彼はこちらをじっと見た。全身を舐められているような感覚に陥った。

そんな色っぽく見てないって、自惚れるな、私。


「そっか。」


彼が笑った。私に笑ってくれた。私も笑った。

私は、嘘ではない笑顔を彼に見せれた。


「俺さ、今姉さん待ってんの。迎えに来てくれるんだよ。駅まで乗せていこうか?」


これって、お誘いなの?お誘いなのですか?


「い、いいんですか?」

「いいよ。その代わり…」

「お金…ですか?」

「いやいや、違うって。そんなに怖いのかよ。」

「いや!違くて、すみません。」


言葉を間違えたのかな。嫌われる。

せっかく笑ってくれたのに、もう見れなくなってしまうのかな。


「敬語。」


彼が少しだけ、こちらに近づいたような気がした。

私は動いていない。その距離を詰めたのは、紛れもなく彼の仕業だ。


「敬語止めてくれたら、乗せてあげる。」

「止めます!」

「それ、敬語なんだけど。」


私は、もう彼が好きになった。

もう恋が、始まっていた。


駅に着いた。時間があっという間にすぎるという、少女漫画のような体験をした。


「じゃあ、また学校で。」

「あ、はい。」


敬語は、何とかなくなった。

でも不意の返事での敬語は、少しだけ許してくれた。


私のライオンは、凶暴でも横暴でもなく、


「明日、暇?」

「暇で…だよ。」

「昇降口で、待ってられる?」

「はい。」

「返事、あんまり敬語多いと…」


少し意地悪なところもあるけれど、


「デート、してもらうから。」


甘い台詞を言ってくれる、やさしい王様なんです。


「したいです!」


あ、またやってしまった。


「いいよ。敬語だったから。」


恋は、こんなにも楽しいものなのか。

勉強より夢中になるものなんて、私にもあったんだなあ。

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