革命幻想

安江俊明

第1話


 ニューヨーク・マンハッタンに夕暮れが迫っていた。その中心にあるGターミナルは家路につく人々を吸い込み、郊外に向う電車がプラットフォームから次々に発車していた。

 地下にあるオイスター・バーに灯りがともり、国内からは無論、海外から空輸された生牡蠣と調理された牡蠣がテーブルに大皿で運ばれ、客の胃袋におさまっていった。抜きたてのハウスワインを傾けながら、その日のビジネスを語る年配の経営者。キャンドルの可憐な炎の下で恋を囁くカップル。マンハッタンの夜は長い。

接続する地下鉄から吐き出された通勤客の流れの先には売店があり、家路を急ぐ人々がソフト・ドリンクを買い求める行列が出来ている。売り子は素早く客をさばいている。

" Next!"(さあ、お次の方)

 ドーム型のターミナルにある中央コンコースには円形の切符売り場があり、こちらにも乗客の列が出来ている。売り場のそばにある大時計の針が午後五時十五分をさした瞬間だった。

 耳をつんざく爆発音とともに天上や壁が一気に崩れ落ち、辺りに引き裂くような悲鳴が木霊した。瓦礫の下には、乗客らの血みどろの死体が折り重なっていた。


 ユキオが大音響を聞いたのは、ターミナルから百メートルほどのところにある書店の中だった。

「一体何なの!」

 ユキオの女友達ナオミは買おうとした文庫本を思わず手から滑らせ、ユキオと顔を見合わせた。気が付くと二人は通りに飛び出していた。周りのビルや商店からは客や従業員が同じように飛び出し、一斉に駅の方角を見ていた。駅の建物から黒煙が噴出し、窓から炎が大蛇の舌のように茜色の空に向って燃え盛っていた。

 ニューヨークに住み慣れた二人にとって、パトカーや救急車のサイレンは普段驚きもしない。

 だが、その日はまるで勝手が違っていた。夥しい数の緊急車両が現場に急行するサイレンの轟音に、二人は両耳を押さえた。停まった緊急車両から防災服を着込んだ救急隊員が担架を持って次々に瓦礫の中へと走って行った。駅の中からは、辛うじて生き延びた乗客が顔をススで真っ黒にし、ふらつきながら両手を上げて助けを求めていた。


 シュンタローは勤め先の学習塾から国連ビルの近くにある自宅のアパートに戻り、いつものようにFMラジオのロック音楽に耳を傾けていた。ドアーズの「詩人」ジム・モリスンの魂を搾り出すような叫びが突然冷静な男性のアナウンスに変った。

 

ラッシュアワーで混雑するGターミナルで先程大爆発が起こり、ニューヨーク市警の発表によりますと、これまでに通勤客ら三百五十六名が死亡、五百名以上が重軽傷を負いました。Gターミナルは建物のおよそ半分が倒壊し、救助作業が進むと、死傷者の数は今後さらに増える見通しです。市警ではテロの可能性が高いとみて調べを進めています。なお、Gターミナル付近では大幅な交通規制が敷かれており・・・・・・。


 またニューヨークがテロの標的になったのか。やり場の無い憤りがシュンタローの胸を突き刺した。

 WTC(ワールド・トレード・センター)がテロで崩壊してからわずか一月足らずだった。

 シュンタローは壁に掛かっている恋人のポートレートに眼をやった。


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