そして動き出す。黄昏色した時の針

episode4

「二人共、いきなりなんなのよ」


下校時刻。緋菜は怒りに任せて、乱暴な足踏みで下り坂を下る。


「隆也は友達と。あやめちゃんは先生からの用事で……私はロンリーかぁ」


緋菜にもちゃんとあやめ達以外にも友人は出来てはいた。だが、同じ方向へ帰宅する子がいないのである。

しょうがなく緋菜は、一人で帰路についていたのだ。


「あ、そうだ」


何かを思い出したかのように、いきなり方向を変え、下ってきた坂を再度登り始めた。


「確か、こっちに……あ、やっぱり!」


学校がある方側にある、小さい草むらをガザガサと音を立てながらすり抜けようとする。

すると緋菜の視界に、ピンク色の小さい花弁が華麗に舞うのがちらついた。


小高な丘に一本だけがポツリと佇む、大きな桜の木。


「入試の時に見た木。やっぱり桜だったんだー。凄いなぁ……綺麗だなー」


満面に咲き誇るピンクの桜から目が離せない。爽やかな風が吹く度に小さい花弁が空に舞う。


「本当に。何とも儚いね。桜って物は」


ふと、どこからか聞き慣れぬ声が緋菜の耳に入ってきて、その声の方へ振り向く。


「こんにちわ」


声がしたのは、大きい桜の樹の幹あたり。

顔をひょっこり出したのは、淡い黄緑色の髪を持った少年であった。

ちょっと不思議な雰囲気を纏った髪と同じ色した瞳。

一瞬目を奪われた緋菜は我に返り、少年を訝しげに見る。


「えっと……?」

「あぁ、いきなりごめんね」


透明感がある声だった。何とも心地がよい声。優しく儚い笑顔を緋菜に向け、こちらに近寄ってくる。

フワリと舞う桜の小さな花弁が彼の漂わせる哀愁を際立てさせているかのようであった。


「実はね、僕は君と会うためにここに来たんだ」

「え?」


――知り合い、だったの?

それにしては見覚えがない。首を少し捻って思いだそうとするが、やはり覚えがない。


「……って言ったら、どうする?」

「え! も、もしかして、嘘?」


緋菜は真っ赤になって、口をワナワナと震えさしている。それを見て、意味深っぽく笑いを溢し、


「まぁ……強ち嘘でもないかもね」


そう呟いた瞬間、少年は緋菜の至近距離にまでいきなり近付いて、緋菜の栗色の髪を指で梳かす。そして露になった耳に、少年の小さい唇がそっと近付いて……


「黄昏色した時の針が動き出す。それと同時に、君の運命も。ね」


耳元で聞こえる少年の声に一瞬身震いをさせる。脳までも痺れる声に、緋菜は身動きが取れなかったが、すぐに我に返り、


「……どういう意味?」


やっと口を動かせた時には、いつの間にか少年は緋菜の側を離れ、桜の樹の下にいた。


「僕は君の運命を知ってる。この桜の樹のように儚い末路もね……だから、足掻いて見せてよ……緋菜」


その瞬間、強い風が吹いた。緋菜は瞬間的に双眸を伏せる。そして次に目を見開いた時には、吹き乱れる桜の花弁と共に少年の姿は消えていた。


「な……」


緋菜は辺りを見渡すが、既に少年の姿はなかった。


『黄昏色の時の針が動き出す』


「何だったのよ……一体」


少年が言い残した意味深げな言葉の数々。それに首を傾げていた。


(私の運命、って……? まぁいいや)


緋菜は桜の樹を見つめ、名残惜しそうに桜の樹を後にする。

いや、しようとした瞬間。緋菜は何故か違和感を覚えた。


背筋を伝う寒気。


身震いがする程の憎悪。


「アァアァ……イ、タ」


「……え?」

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