episode2
「よいしょっ、と。じゃあ、いってきまーす!」
「いってらっしゃい」
緋菜と海威、父親は同時にご出勤。それぞれの靴を履いて玄関を出る。窓越しに見た通り、清々しい良い天気だ。
「今日から二人共通常授業か。楽しみかい?」
「もっちろん! 高校って授業の幅が広いっていうし!」
「俺、かったるーい」
海威だけ、二人から離れてかったるそうに歩いている。
「海威ってば、オジサンみたいな事を……」
「ふふ、きっと海威も密かに楽しみではあるだろう……じゃあ父さんはこっちだから。気をつけていってらっしゃい」
「はーい! お父さんも気をつけてね!」
父親は緋菜に見送られながら、別の方向にある駅に向かっていった。
「……さて、私達も行こう」
「緋菜って、見た目に反して勉強好きだよなぁ」
「見た目に反して、ってどういう意味よ。ってかあんたまた呼び捨て」
緋菜が気づいた時には、海威はさっさと駆けていっていた。
「ほんっと、逃げ足だけは早いわね……」
ふうと小さくため息を溢して、緋菜も高校がある方へ踵を返し、颯爽と歩き出す。
ほんのり温かみを帯びた風が、桜の花弁をひらひらと運ぶ。緩やかな上り坂を歩きながら、緋菜は青空をバックに花弁を見つめる。
(そういえば……)
緋菜は、今朝見た夢をふと思い出していた。
今思い出してもなんとも言えない、不思議な風景であった。まるで外国……いや、もっと架空な世界にいるような感覚にさえ陥っていた。
あの遊牧民のような服を着た人は一体何をしたのだろうか?
あれは、やっぱりゲームとかで見る魔法と呼ばれる物なのか……すると、
「緋菜ー」
ある男性の声で一気に現実へと引き戻された。緋菜は少しとぼけた顔で、声がした方へ振り向く。
「ん……
「おっす。今日は早いんだな」
緋菜に駆け寄ってきたのは、黒い髪をワックスでツンツンにセットした少年。行き過ぎない程度に制服を気崩しており、今時の高校生らしい印象を受ける。
少年の名は『
「小、中と授業初日は必ず遅刻していた緋菜が珍しいな」
「うっさい」
二人は幼稚園の頃からの幼馴染みである。家は少し離れているものの、登下校の際は必ず一緒に行くという習慣が身に付いていた。
「ってかさぁ、まさか隆也も同じ高校に行くとは思わなかったよー」
「俺だってそうさ。どんだけ腐れ縁って感じだよなぁ」
どちらからともなく含み笑いをする。そして微妙な距離感を保ちながら、二人は同じ目的地を目指して歩みを始める。
「今日一限目って、何だっけか?」
「隆也の苦手な数学だった気がするよ」
「うぇー……いきなりやる気削がれたぁ」
気が付くと二人の周りには、同じ学校に向かう生徒達がポツリポツリと姿を現し始めた。
【桜ヶ丘高等学校】。
緩やかな坂の上に、桜の木が囲むように聳え立つ一つの校舎。
ここが緋菜の高校生活の青春を紡ぐ場所になる。
「ってか、まだ席替えしないのかなぁー後ろが隆也だと気が散りそう……」
「しょうがねぇだろ、名簿順なんだから」
緋菜のフルネームは【
するといきなり隆也は、緋菜の明るい茶色したミディアムボブの髪をグシャグシャと両手で掻き回す。
「ちょっ! やめてよ」
「ろくにセットもしてないくせに何を言うか!?」
「っもう! 隆也っ!」
引っ掻き回す隆也の腕を振り払い、身体中で怒りを表現をする緋菜。
そんな緋菜を見て、隆也は嫌な笑いを浮かべる。
「へっへっへ! してやったり」
「うぐぐ……ふんっ!」
あっかんべーをする隆也を相手にするのに嫌気がさした緋菜はハァとため息を溢し、そのままスルーして下駄箱に向けて歩きだしてしまった。
「あ、ちょっ、待てよ」
・
・
・
「おはよー」
「あ、おはようございます」
緋菜と隆也はクラス分けされた教室に揃って足を踏み入れると、一人の女の子が二人に歩み寄ってきた。
まるで綿菓子のようにフワフワとしたベージュ色のボブカット。睫毛が長く、濃い茶色の大きな瞳が愛くるしい、緋菜より少し小さい子。
「おはよう、あやめちゃん」
彼女は【
あやめは小さく微笑みながら、足を止める。
「二人共、今日も仲良しですね」
「馬鹿言わないでよ」
「馬鹿言うなよ」
あやめのからかいに、二人は同時に同じ事を発言した。綺麗にハモったので、あやめは更に微笑む。
緋菜は、ふんっと鼻を鳴らして、そっぽを向いてしまった。
「倉地さん、今日からの授業楽しみですね?」
「ってか、緋菜でいいってば」
緋菜は自分の席へと足を運びながら、あやめに強い口調で言い放った。
元々敬語で話すのがあやめの癖らしく、それに拍車をかけて名字呼びで、更に「さん」付けされるのは他人行儀な気がして緋菜は嫌らしい。
「でも……」
「でもも、かかしもなーい! 今日から緋菜って呼ぶ事! いーい?」
「……はい。わかりました」
二人の間でそんな会話がされる中、学校中に軽快なベルが鳴り響く。
「あ、予鈴。私、席に戻りますね」
「うん」
あやめは隆也を一瞥してから、自分の席へと戻っていった。
香水ではないが、甘い匂いが緋菜の周りに微かに残る。まるで花屋を彩る花々の薫り。
(女の子らしいなぁ。あやめちゃんは)
緋菜はその匂いを小さく嗅ぎながら、羨ましそうな表情を浮かべる。
――幼い頃から男の子とつるむ事が多かった緋菜は、女の子らしく振る舞う事に抵抗がある。
だが緋菜自身、お洒落にまったく興味がない訳ではない。逆に興味津々な所もある。
(皆に“気持ち悪い”って言われるだけだしね……)
あやめのように、可愛くなりたい。
お洒落に着飾ってみたい。
だが無意識にブレーキをかけて、我慢をしてしまっているのであった。
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