第13話想像力とSF
「たぶん終わり」と書いていて、何か忘れてるものがあったようなと思っていたのですが。思い出しました。まずまちがいなく、これで本当に終わりです。でも、これ…… 他のジャンルの愛好家の方にはわかりにくいかもしれません。
何回か「SFとはガジェットではない」ということを書きましたが、そこの説明が足りていないと思います。そのあたりについてです。
SF読みには、そして作家にも、おそらく「想像力を羽ばたかせ云々」と言われるとか思われるかもしれません。ですが、それは実のところ違います。どのように言うのがいいのかは分かりませんが、どっちかというと「SF読みは想像力は制御するものと思っている」と思ってもらうと、むしろ近いかもしれません。
異質さを出したい、あるいは想像力を羽ばたかせ云々という場合、たぶん作家にとって採用することが簡単な対応は、「ガジェットを出す」ことでしょう。で、そうしようと思ったら、作家の皆さんにはぜひ一度立ち止まって欲しいのです。暗黒時代を経験しているSF読みは、それがどれだけ危険なことなのかを知っているからです。それがウケることも知っています。ですが、それゆえに簡単に想像力を抑えこんでしまうことも。
これも書いていなかったのでちょっと補足しておくと、暗黒時代は1930年代とその周辺あたりが最盛期だったのではないかと思います。なので、SFは産声を挙げてすぐさま暗黒時代に入ったと言えると思います。もちろん、何かあったとしても、いまさら暗黒時代がそのまま繰り返されるとは思っていませんが。
「想像力は制御するもの」と書きました。ですが、それは「抑えこんでしまう」というのとは違います。「制御するもの」というのは自分から制御するのですが、「抑えこんでしまう」というのはガジェットが抑えこんでしまうのです。さらに言えば、「自分から制御する」というのは、いくらでも広がる想像力を自分で制御するのです。それに対し、「抑えこんでしまう」というのは、想像力の現れであろうガジェットそのものが想像力を抑えこんでしまうのです。ガジェットは、足かせとして上手く使われた場合にこそ真価を発揮すると言ってもいいのかもしれません。そして、足かせでない使われ方をされた場合、簡単な逃げ道にすらなるでしょう。
ここが分かれ道です。どういうことを言いたいのかは、私が説明するよりも暗黒時代のSFを読んでもらう方が分かりやすいだろうと思います。
ただ、簡単に説明を試してみようと思います。「科学とSF」では「知性定理」のことを少し書きました。これは強いガジェットであるとともに、強い足かせでもあります。というのは、どの段階の知性定理であろうと、その段階の知性定理が通用しない相手との出会いにおいて使われてこそ、「知性定理」というアイディアが真価を発揮するだろうからです。そして、いかに知性定理を適用する道が開かれるかを描くことこそが、まさに「知性定理」というアイディアの真価を光り輝かせるだろうからです。そのため、そこしか描けず、また繰り返しそこを描くこともできなくなってしまいます(もちろん、ここでの想像の範囲外も楽しみです)。「科学とSF」にて「知性定理そのものの長編を」と書いたのは、まさにそこを書かれることを期待してのことです。
あるいは、単に「知性定理によって云々」として使われたのであったなら、それはただの万能なガジェットに過ぎなくなってしまいます。ただの「ぶっとんでいる」アイディアというのは、まさしくそれゆえに「ぶっとんでいない」のです。ただの背景にしかならず、あるいは根拠不明な魔法になってしまうのです。
あるいは、SFにおいて見事に受け入れられた段階に至った上でそのように使われるのであれば、さらにその先のことこそを読み手は求めているのです。あるいは読み手に提供して欲しいと思っています。
もちろん、ここで知性定理を持ちだしたのは、きっちり書けるんじゃないかという作者への期待があるからです。そして「ランドスケープと夏の定理」だけで済ませてしまい、「受け入れられた段階」に入るのはとてももったいないと考えているからです。
さて、読者の側に立つと、この「受け入れられた段階」というのも、SFの面倒なことの一つでもあります。他の文学においては、その歴史というのはどれほど多様に描かれたかということに繋がるのかもしれません。ですが、SFにおいてはそれとともにアイディアの積み重ねが歴史にもなっているのです。古いものを知らなければ、新しいものを読んでも分からないということが起こります。これはSFが科学的な考え方を基礎としているということと組み合わさることで、なおさら面倒な問題になります。
例えば、ホーガンの「揺籃の星」をあげます。これは、ヴェリコフスキーの理論を知っており、かつそれがありえないだろうということも知っており、さらにそこにホーガンはどういう条件を加えてあり得ることであるように描こうとしているのかが分からなければ、「よく分からない作品」という感想になるかもしれません。これは現実と虚構をいくつも積み重ねたり組み合わせたりして成り立つことです。それがあってこそのSFなのですが、面倒くさいものにしている理由でもあります。
読み手が「もっと異質なものを」と作家に求め続けているゆえに、このような面も含めての先鋭化は避けようがなく、そしてその先鋭化によって読み手はさらに想像力と知識を訓練され続けることになります。訓練され続ける想像力を制御する術を知らなければ、異質さを感じる道をも閉ざしてしまうことになります。簡単に言ってしまえば、ある種の「何でもあり」であるとか、「そういうものである」というのをうまく選別しなければならないのです。何でもありとかを認めると――それがただ一つのガジェットの特定の機能についてだけ言えるものであったとしても――、ただ受け入れるだけになってしまうかも知れず、異質さを感じる道を閉ざしてしまうかもしれないのです。もちろん、「そういうものである」を何もかも認めないというわけにもいきません。ここで読み手がわでも制御が必要になるのです。
※追記:なお、「そういうものである」を認める際には、事実とか科学的予測にもとづいているかだけではなく、SFの歴史として積み重ねてきたアイディアも作者が特に否定しない限りは同等の強さを持って「認められること」を要求してきます。えと、「ニュートンズ・ウェイク」とかは、そんな例になるかもしれません。
そして制御や選別をするからには、どういう形であれ、作者に判断をフィードバックする義務があると考えてもいいでしょう。ニーヴンの「リング・ワールド」の一冊目では、リング・ワールドそのものの設定に足りない部分がありました。それを読者が計算の上で指摘し、その指摘が二冊目から反映されているというのは、かなり強いフィードバックとして有名な例だと思います。もちろん、そんなに強いものでなくとも、買う、買わないだけでも構わないのです。ですが、それは読者としての自分の判断としてという条件の元でです。「もっと異質なもの」を求めるのであれば、ジャンルを支えるとともに、どういう形であれ自分の判断を伝える義務があると考えない理由はありません。
んと、ラノベ読者は「作家買い」をしないと聞いたことがあります。SFにおいての話としては、好みの作家を支持することを表明しないなんてのはもったいないです。ただし、作家買いをするのであれば、矛盾するようですが他の作家も読まなければいけません。ここをどう伝えたらいいのやら。作家買いはだいたいするが、だからといって「誰々の作品だから無条件に支持する」わけではないのです。
※追記:あ、思いついた。「好きな作者の作品」は、再読するという楽しみも含めてのSFを楽しむたのめ基地みたいなもの。その基地があるから、他の作者の作品にも遠征してみようという気分になる… ん~どうなんだろ?
話を戻して。想像力を制御して「無知の状態」を作るということでも必ずしもありません。想像力が至りうる先を知っていなければ、どこで選別するかも分からないでしょうから。「揺籃の星」は、「あるということを知っている」ことによる想像力の至る先と「ありえないだろうことも知っている」ことによる想像力の至る先を共に読者に求めている作品の例かもしれません。
ただし、「無知の状態」を絶対に作り出さないというわけではありません。歴史的なSFを読む場合、それが必要になる場合もあります。そこには、「無知な状態」で読むという理解と、「知っているという状態」で読むという理解が共存している必要があります。そこのズレも味わえればなおさら面白くなるかもしれません。
あるいは、「無知の状態」を作りだし、そこから先のことを作品内で設定で置き換えた上で読み替えてもらうことを作者が要求するかもしれません。これは「ディファレンス・エンジン」が見事にやったことです。「ディファレンス・エンジン」が要求したのは、「もしディファレンス・エンジンの開発が成功していたとしたら」ということです。そして、ディファレンス・エンジンは実際に開発が試みられていたことなどを「知っていなければ」なりません。知っていなければ、ファンタジーとして読んでしまうかもしれません。
作品に現実味を持たせる云々という話でもありません。それはまったく別の話です。これは「いかに書くか」という話も入ると思うので、私には手におえませんが。
SF読みには想像力が必要であり、また想像力を制御する必要もあるのです。この奇妙な状態は、他のジャンルの愛好家の方にはわかりにくいものであるでしょうし、SF読みとしても説明しにくいものでもあります。
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