スイート・メモリーズ
神楽坂らせん
『スイート・メモリーズ』
やあ、そっちの僕。ひさしぶり、どうしたんだい? あいかわらず姿が見えないけれど。
なに? こっちのアン・パンの歴史が知りたいだって? 不思議なことを聞くね。まあ、美食家の僕ならそんなことは朝飯前……おっと、朝のパンはもう食べたんだった。あれは良かったなあ。どんなのだか聞きたいかい? ん、それはいい? なんだ、残念。
そうそう、歴史ね。オーケーオーケー。
ちょっと長い話になるぜ? かまわない? そりゃよかった。
じゃ、古典的なよくある四角いパンの話からしようかな。
◇
パンをさ、スライスするだろ。その片面に塗れる蜜量は文字にするとだいたい45字×20行で900文字、これを大雑把に1KB(HitoKuchi Bread)って言うんだ。ああ、Bが大文字の場合ね。小文字だとbiteの略。1Kbでひとかじり分って意味だったっけな。
わかりにくいけど、まあ、昔の話だし、言い方も適当だったんだろうね。実際ひと口で1枚パン食べるのつらそうだよな。無理やり丸めるなりなんなりして大口を開けて飲み込んだんだと思うよ。でもね、この情報を圧縮するって考え方はどんどん加速していったんだな。
すぐに思いつくのはパンの裏側、そう、パンの両方の面を使うってやつ。最初片面って言っただろ? いつもジャムやバターを塗ったりする面のことだな。その表面と、さらに裏側の両サイドを使おうってアイデアなわけ。1S(サイド)を両面にして2S、これで2KB(FutaKuchi Bread)だ。
さらに、文字を小さめにして、1文字分のスペースに2文字いれてしまえば倍の文字数をいれられるよな、これを倍蜜度という。
片面倍蜜度は1D、両面倍蜜度なら2Dって言うんだね。Dはなんの略か忘れたけど、2倍の意味でダブルの略かな。で、もうここからは倍々ゲームさ、今度は行を倍にして倍々蜜度の2DD、パン自体の素材を高蜜仕様にして、もっともっと小さな文字も書き込めるようにした2HDなんてパンもでてきた。
パン自体の大きさだって小さくなったよ、最初のころはなんと8インチサイズなんてどでかいパンが売られてたし、厚みも相当なもんだった。
それがどんどん薄く、4枚切りが6枚切りに、8枚切りと薄くなって、気がつけばもう16枚切りは当たり前になって、16枚切り2HDアンキパンなんてのが箱に入って売られていてね。そう、10年ぐらい前かな? そうだな、あの頃はそれが主流だった。
うん、まだ柔らかいパンだった時代だよ。
このころに生まれた固いパン
いままでは文字だけだった
え?おかしい? 似てるけど君のとこのCDと違うって?
どういうことだい?
うんうん、なに、CDは円盤で?
そう、丸いパンなんだよね。このタイプだと穴もあるしドーナツ盤っていうんだけど。
違う? 食べ物じゃない?
食べられなかったらどうやって味わうんだい?
なんだって? 機械にかける?
へえ、変わってるんだな。君たちの世界は音楽を味わうのも機械なのか。
それもコピーし放題? それはすごいな、きっと、そっちでは世界が芸術情報で溢れてるんだね。
うん、情報は溢れているけど? だれも味わってないって? ほんとに?
で、実はコピーするのにも法律で規制がかかっていて勝手にはできなくなってるって?
それはなんとも、窮屈な感じだねぇ。芸術を味わうのも機械が必要で、しかも法律に縛られてるなんて。こっちじゃちょっと考えられないなあ。
そんなことよりこっちの話をもっと教えろ? まあいいけどさ、当たり前のことばっかりだよ。
そう、うん、もちろんだよ、食べたら無くなるのさ。それが芸術ってもんだろ?
だからよく味わっていただくんだよ。あらゆる芸術は一期一会なんだ。
ふうん、そっちのは使っても無くならないのか。食べても減らないなんて魔法みたいだな。
ん? 入れ替わって一度こっちに来てみたいって? うーん、そうだな、それも面白いかもしれない。僕もそっちのいくら食べても無くならないCDってのに興味が出てきたよ。最近ちょっとダイエットしようかと思っていたし。味気ないCDもいいかもしれない。
ああ食べるわけじゃないんだよな、まあ、それも試してみたいかな。
あ、そうだ、これだけは言っておくよ。
こっちへ来たら、君、絶対太るぜ。
僕らのような
なに? 君ももう太ってるって? おかしいな、そっちは味わえないCDばっかなんだろ? それでなんで太れるんだい?
〈了〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます