第164話 魔王の怒り

 感情に任せた、魔王のでたらめな攻撃魔法。

 精彩を欠いたその攻撃だが、威力だけは抜群。

 パワーだけを前面に押し出されると、こっちの防御魔法も強化しないとならない。

 さっさと魔力を使い切ってくれよ、魔王。


「我は我の望んだ新秩序を作り上げる! 久保田も貴様も、佐々木も、そのための道具なのだ!」


 もはや、魔王は自分でぶっちゃけてる。

 自分は久保田ではなく、魔王であることを口にしてしまっている。

 そこまで怒るなんて、どんだけ友達がいないこと気にしてんだ。


 魔王の攻撃魔法と俺の防御魔法。

 お互いがぶつかり合い、打ち消し合う、完全な鍔迫り合い。

 スザクの艦橋は俺たちの魔法に照らされ、壊され、揺れている。

 艦橋は、ただの戦場と化した。

 

 攻撃魔法を放つ魔王、その後方には、艦橋の大きな窓がある。

 そしてその窓の外に広がる漆黒の宇宙には、ガルーダがこちらを見ている。

 もしたった今、俺が指示を出せば終わりだ。

 魔王が消えるか、久保田が消えるかのどちらかで、戦いは終わる。

 ただ、久保田が消えた場合の代償は大きすぎるだろう。

 こうなると、俺はガルーダに指示を出せない。

 艦隊司令が艦隊に指示を出せないなんて、寂しい話だな。


 とはいっても、艦隊に指示を出せないのは魔王も同じ。

 艦隊司令同士で、艦隊ではなく己の魔法だけで争うこの戦い。

 俺は歯がゆい気分だが、魔王はそんなことを気にしていられるほど冷静ではなかった。


「我の新秩序を作り上げるためならば、どんな理由でも戦争をしよう! 元老院の恨みであろうと、人間への復讐であろうと、愛した人の世界を守るべきであろうとな!」


 姿形は久保田のまま、魔王は魔王として、自分の野望を口にしている。

 口調は荒くなり、攻撃魔法も強くなり、こっちは少々キツい。

 あんまり感情的になられるのも困るぞ。

 まあ、魔王はさらにヒートアップしてるんだけど。


「佐々木を我の体としたとき、アイツの故郷の記憶を見た。相坂、貴様のいた異世界、地球の姿だ! あれほどまでに進んだ文明、進んだ社会、我は衝撃を受けた。そして魔界の現状に満足していた我は、目覚めた!」


 べらべらと、自分の過去を語りだす魔王。

 しかし久保田の体、声でそれを口にするから、違和感ありありだ。

 

「文明に、社会に、限界はない! あるのは、発展を邪魔する障壁のみだ! その障壁を破壊するためならば、我は戦争を起こす! そして、文明と社会を発展させるため、新秩序を作り出す! 地球をこの目にして、我をそれを決意したのだ!」


 皮肉な話だな。

 魔界からの侵略を食い止めるため、人間界は俺たち異世界者――地球人を召還した。

 ところがその地球人の記憶が、魔王にさらなる野望を抱かせ、戦争を誘発した。

 こうなると、異世界者の俺は是が非でも魔王を倒さないとならなくなる。


「魔王、お前のやりたいことは分かった。だからこそ俺は、お前を倒す。この戦いは、俺とお前だけの戦いだ!」

「いいだろう! これは我と貴様だけの戦いだ!」


 さらに強くなる、魔王の攻撃魔法。

 ヤツはついに、熱魔法ではなく光魔法ビームを放ってくる。

 おかげでこっちの防御壁は、一瞬で傷だらけだ。

 修復をいくら繰り返したところで、防御壁が破壊されるのは時間の問題。

 仕方がない、防御魔法に込める魔力を増やすしかないな。


 さらに分厚く、強力な防御壁を作り上げた俺は、魔力残量が気になってしょうがない。

 だが青白い光に包まれ、何も見えいない今、それを確認する手段はない。

 魔力と体力の消耗に震える体を、崩れ落ちぬよう耐えるのが限界だ。

 

 久保田の体を使い捨てようとする魔王に、体力の限界はない。

 だが俺は違う。

 軍艦とは違って、生身での魔法対決は、防御魔法で相手の魔法を打ち消したとしても、その衝撃が体に響く。

 なら相手を攻撃すれば良いのだが、きっと魔王は防御魔法を使わない。

 魔王の狙いは相も変わらず、俺の手で久保田を殺させることだ。

 今は耐えるしかない。


 骨が軋むというのは、こんなに痛いのか。

 血管が千切れそうになるというのは、こんなに辛いのか。

 飛んでしまいそうな意識を掴み続けるというのは、こんなに苦しいのか。

 気づけば俺は、床に膝をつき、魔王の攻撃魔法に潰されそうになっている。


 やはり専守防衛は大きなハンデだ。

 敵基地攻撃(久保田への攻撃魔法)が可能なら、もう少し楽だったろうに……。

 魔王との一騎打ち宣言に、ちょっと後悔してきた。


「我の新秩序を破壊する者は消えろ! 貴様は友も救えず、1人ここで死ね!」


 挑発なのか本気なのか、魔王の言葉は汚い。

 そんな汚い言葉に潰されそうなのもまた事実。

 

 ところがその直後、事態が変わった。

 突如として魔王の光魔法が消え、艦橋は暗くなる。

 俺の体も、俺をすり潰そうとしていた衝撃が消え、苦痛から解放された。

 何が起きたのだろうか……。


「魔力が……減っていく!? なぜだ……まさか!」


 どうやら魔王の魔力が勝手に消えているようだ。

 その理由に魔王は気づいたようだが、俺には分からん。

 現状が理解できない俺だが、とある思念が俺の頭に響き、答えを教えてくれた。


『アイサカ様! ルイシコフさんが帰ってきました!』


 ヒーローの登場を喜ぶようなロミリアの思念。

 彼女の言葉を聞いて、俺はやっと現状を理解する。

 自分のことしか考えない魔王は、感情的になり、気づけなかったのだ。

 魔力を使えば使うほど、支配率が変わり、ルイシコフが魔王の支配から解放されることを。

 そして今、ルイシコフは魔王から解放され、俺たちの側に帰ってきたのである。


『ルイシコフさんが大量の魔力を消費してくれています。これできっと、魔王の魔力はほとんど消えるはずです!』


 一気に形勢逆転だ。

 魔王さえ消えれば、俺の勝ちである。


「我の邪魔をする使い魔など消えろ……! ……なぜだ! なぜ消えない! なぜ主人の命令に逆らう!」


 必死になる魔王の、悲痛な叫び。

 そりゃそうだ。

 消えろと言えば消えるような、どんな命令でも従う使い魔が、命令に従わないんだ。

 冷や汗も流すだろう。

 

「そうか……久保田だな! 我の体が、我の意思を邪魔するな!」

 

 支配率が変わり、ルイシコフが帰ってきたぐらいだ。

 久保田の意思だって、魔王から解放されかけているはず。

 魔王の言葉から察するに、久保田がルイシコフへの命令を邪魔しているのだ。

 端から見ると、魔王が中二病発症して、独り相撲してるようにしか見えないけどね。

 まあ、久保田の解放は目前なのだから、喜ぶ意外の感情は今の俺にはあり得ない。


『使い魔が主人の魔力を使い切ることはできません。必ず数MPを残して、消えてしまうはずです』


 ロミリアが、使い魔の特徴を教えてくれる。

 なるほど、ルイシコフだけじゃ魔王の魔力は使い切れないのか。


『でも、数MPならすぐに使い切らせることができます。アイサカ様は魔王に魔力を使い切らせてください。私もそっちに向かいます』


 もう勝ったも同然だ。

 数MPなんて、攻撃魔法を1発でも使えば消え失せる。

 魔力を回復させるため魔王が睡眠を取ろうとしても、叩き起こせば良い。

 きっとロミリアが到着する前に、決着はつく。

 

 魔王の攻撃魔法が止まって数十秒。

 絶望したような表情の魔王は、近くの計器類にもたれかかる。


「もう魔力が残っていません……。でも、武器はあります」


 口調が久保田のそれに戻っているのも、支配率が変わったおかげか。

 しかしまだ、アイツが魔王であることに変わりはない。

 この期に及んで魔王は、剣を手に取った。


「防御魔法も攻撃魔法も使えないのなら……これで!」


 剣を振りかざし、俺を殺そうと近づいてくる魔王。

 ここで俺が攻撃魔法を使えば片がつくが、防御魔法も使えぬ魔王にそれをすれば、久保田が死ぬだけ。

 ならばやることはひとつ。

 魔王の持つ武器を破壊すれば良い。


 俺は魔王の振りかざした剣に向けて、熱魔法ビームを放った。

 たった1発のビームだが、2000℃を超えた煮えたぎるビームに、魔王の剣は根こそぎ溶け落ちる。

 ほら、攻撃魔法を使えよ。


 しかし、魔王は魔法を使わず、まだ俺めがけて走ってくる。

 柄と鍔しか残らぬ剣を投げ捨て、大声を上げて俺に迫ってくる。


 気づくと、俺の目の前に拳が。

 次の瞬間には、頬に激痛が走り、俺は体勢を崩した。

 近くの椅子に倒れ込んだ俺は、痛む頬をさすりながら唖然としてしまう。

 いや、唖然としている場合じゃない。

 魔王は再び俺を殴ろうと拳を振り上げているのだ。

 こっちも反撃しないと。

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