第165話 帰還

 ハリウッド映画では、主人公と敵ボスが、最後に殴り合いで対決することが多い。

 だけどまさか、それを体験することになるとは思わなかった。

 というか、艦隊司令同士が艦隊も動かさず、拳で対決って、どうかと思うけど。


 細かいことはどうでもいい。

 こんな喧嘩をするのははじめてだが、一方的に殴られるわけにはいかない。

 久保田を殴るのも気が引けるが、仕方がない。

 これは久保田解放のためだ。


 椅子に倒れ込んだ俺の顔面に、再び魔王の拳が殴りつけてくる。

 だが魔王の胴体は無防備だ。

 そこを俺は見逃さず、咄嗟に魔王の胴体へ蹴りを入れた。


 鈍い音と共にうめき声を上げ、腹を抑えながら後ずさる魔王。

 態勢を立て直した俺は、さらに魔王の顔面を殴りつけた。


 人の顔を殴るのなんてはじめてだから、俺の拳が魔王の頬を殴ったと同時に、俺も手を痛めてしまった。

 でも、眼鏡を吹き飛ばし、切った唇から血を出した魔王の方が、きっと痛みは強い。

 これならもう1発殴れる。

 

 もう1発殴れるが、殴ってどうする?

 魔王が魔力を使わない限り、単に俺と魔王の殴り合いが続くだけだ。

 それじゃ意味がない。

 殴り合いじゃ決着はつかないじゃないか。

 どうにかして魔力を使わせないと。


 一瞬、そうやって考えてみたが、俺の思考は吹き飛んだ。

 考え事をする俺は隙だらけであり、魔王の拳がまたも俺の頬にヒットしたのである。

 あまりの痛みに声も出ず、床に倒れる俺。

 これはヤバい。


「新秩序の邪魔者め!」


 そう言って、魔王は床に倒れる俺に、馬乗りになってきた。

 完全に動きを封じられた俺は、高く振り上げられ、勢い良く振り下ろされる拳を見ていることしかできない。


「死ね! 死ね! 死ね!」


 魔王の唾が顔にかかってくるが、気にしていられない。

 俺は何度も何度も魔王に顔面を殴られ、繰り返される激痛と衝撃に顔が歪んだ。

 口からは血が流れ、鼻血が顔を汚し、意識は朦朧としていく。

 このまま殺されるのは御免だ。

 なんとかこの状況を打破しないと。


 ふと俺の目に、意識を失い倒れるオドネルと、その隣に落ちている椅子が見えた。

 その瞬間、俺は現状打破のための行動を決める。


 ほとんど使ったことのない念力魔法を使い、俺は椅子を浮かび上がらせた。

 この間にも殴られているため魔法は不安定だが、問題ない。

 俺は思いっきり、俺にまたがる魔王に向けて椅子を吹き飛ばす。

 吹き飛んだ椅子は、魔王の肩に衝撃を与え、殴りを中断させ、魔王を倒れさせる。

 やっと連続する打撃から解放された俺は、口元の血を拭い、再度態勢を立て直した。

 念力魔法とこの椅子、使える。


 これはデスマッチだ。

 凶器の利用は反則ではない。

 拳よりも痛い椅子を使ったって、文句はないだろ。


 雄叫びを上げ、懲りずに殴り掛かってくる魔王。

 俺は慣れぬ念力魔法を使い、椅子を再度浮かばせ、魔王にぶつけた。

 胸に椅子の角が直撃した魔王は、呼吸を乱し、うめき声も出ない。

 ついに魔王の足が止まった。


 床に滴り、水玉模様を作り出す2人の血。

 体全体を走る、燃えるような痛み。

 こんな痛い、不毛な、汚い戦いを終わらせるため、俺は手ではなく口を動かした。


「新秩序だなんだ言うけど、それって言い訳じゃないのか?」


 話の内容はなんでも良い。

 ともかく、魔王を挑発し、攻撃魔法を撃たせるべきだ。


「お前は友達がいない。みんなに嫌われて、恐れられて、だから支配することで寂しさを紛らわせた」

「黙れ!」


 怒りが久保田の体を無理矢理に動かし、またも魔王が殴り掛かってくる。

 それを避ける力もない俺は、こめかみ付近を殴られた。

 痛みが少なかったのは救いか。

 しかし、攻撃魔法は撃ってこない。

 もしかすると、魔王は俺が防御魔法を使えない瞬間を狙ってるのかもしれん。


 ならば俺は、魔王の冷静さを削るべきだ。

 同時に、潔く防御魔法を消そう。

 危険な賭けだが、他にやり方が思いつかない。


 無我夢中で念力魔法を使い、椅子や箱を飛ばしまくり、魔王との距離を取る。

 さあ、攻撃魔法を使う絶好のチャンスだぞ。


「お前が地球文明の何に憧れたのかは知らん。だけど、寂しさを紛らわせる何かが見つかったんだろ! 佐々木の知識に、魔王の力で唯一手に入れられない、友達を得る方法を見いだしたんだろ!」

「黙れと言ったんだ!」

「友達を得るためなら戦争もやる! 友達を得るためなら誰も彼も利用する! 友達を得るためなら何でもする!」

「貴様!」


 自分で自分が何を言っているのか分からない。

 正直、テキトーに喋ってる。

 だが効果はてきめん、魔王の怒りメーターはマックスだ。

 行けるぞ。


「俺が思った以上に寂しい戦争だよ、第7次人魔戦争は! 3000年間も友達がいないヤツが、友達欲しさに起こした、クソみたいな戦争なんだからな!」

「許さん!」


 ついに魔王が手を突き出した。

 これは攻撃魔法を使う合図。

 俺はあえて防御魔法を使わず、このまま撃たせよう。

 仮に防御魔法が間に合わなくたって、なんとかなるさ。

 魔王は友達のために戦争やったんだぞ。 

 俺だって友達のためなら、このくらいの危険は冒してやる!


「相坂! 死ね!」


 魔王の手は真っ赤に光り輝き、熱魔法ビームが俺に向かって突き進んでくる。

 明らかに防御魔法展開は間に合わない。

 でも俺は、目を瞑らない。


 視界が真っ赤に染められた、その時だった。

 俺の目の前に、青白い光に包まれた人影とネコ影が現れる。

 と同時に、熱魔法ビームは弾けて消えた。

 そう、俺は1人じゃない。


「大丈夫ですか! アイサカ様!」

「ニャーム!」

「どう見ても大丈夫じゃないだろうけど、大丈夫」

「大丈夫じゃないじゃないですか! 治癒魔法を使いますよ!」


 俺を助けてくれたロミリア。

 心配と顔に書いてあるかのような表情で、彼女は俺を支えてくれる。

 今は、それどころじゃないんだけど。


「魔王は倒したのか? 久保田は!?」


 ロミリアの向こうを見ると、そこには、今にも倒れそうな魔王の姿が。

 血だらけの顔は、悔しさと怒りでぐちゃぐちゃだ。

 

「ずるいじゃないですか。これは、我と貴様の戦いじゃ……」

「そうだよ。ロミリアは俺の使い魔だ。彼女は俺の魔力だ。だからロミリアの魔法は、俺の魔法だ」

「邪魔者が、詭弁を……!」


 最後の魔力を振り絞り、俺に怒りをぶつけた魔王。

 そのまま彼は、その場に崩れ落ちる。

 もう彼が立ち上がることはない。


 痛みに耐える俺は、ふらつく体をロミリアに支えられ、倒れた彼のもとに歩み寄る。

 そして言葉を続けた。


「詭弁? そうかもな。でもそれがどうした? 俺がそんなこと平気で言うヤツだと知ってれば、友達にならなかったと言いたいのか?」


 俺のそんな言葉に、倒れた彼は笑みを浮かべる。

 純粋で、俺の知っている笑みを。

 友達の笑みを。


「いいえ。ただ……大変な友達を持ったものだなとは、思っています」

「そりゃこっちの台詞だ。また会えて嬉しいよ、久保田」

「僕もです、相坂さん」


 ようやく帰ってきた久保田。

 俺はこの時のために、艦隊司令にも関わらず殴り合って、血だらけになった。

 だが、その価値は十分にあった。

 4年ぶりの友達の1人・・・に、また出会えたのだから。


 久々に友達と会うと、何を話して良いのかが分からない。

 ともかく、ロミリアに治療されている間、ずっと聞きたかったことを聞いてみよう。

 

「なあ、いきなり悪いんだけど、ひとつ質問。前から気になってたんだ。リナの愛した世界って、どんな世界だ?」

「……あの夜、グラジェロフに向かう前日の夜、笑顔のリナさんが言ったんです。私は祖国の人々の笑顔が、活気が、熱気が、志が大好きだって。それをリシャールや議員たちが奪うなら、私はいつでも立ち上がると。そのためなら、死んでも良いと」


 リナらしいな。

 祖国に良い思い出なんてほとんどないだろうに、祖国の人々のために、そこまでして立ち上がるなんて。


「僕はその言葉を聞いて、つい声を荒げてしまいました。死んでも良いなんて言っちゃダメだと、訴えました。そしたらリナさん、なんて答えたと思います?」

「……なんて答えたんだ?」

「死んでも良いというのは覚悟だけ、私は久保田さんがいるから、死ぬことはない。そう言ったんです」


 そこまで言って、久保田は自嘲した。

 悔しさと己の不甲斐なさが、笑いでしか誤摩化せなかったんだろう。

 彼の口調は弱々しい。


「なのに、僕はリナさんを守れず、それどころか、リナさんの愛した世界を壊そうとしてしまった。結局、僕とリナさんは、1ヶ月間の短い関係でしかなかったんですよ。僕はリナさんを理解した気になって、彼女を裏切ってしまったんです……」


 自分のやっていることを理解したときは、もう遅かったんだろうな。

 寂しそうに呟く久保田は、絶望に打ち拉がれている。

 ところが、彼の目は死んでいない。

 むしろ、強く輝いていた。


「相坂さん、お願いがあります」

「うん? なに?」

「僕にかまわず、魔王を封印してください」


 一切の迷いもなく、はっきりと、久保田はそう口にした。

 一方で俺は、心が揺れ動いた。

 分かっていたさ、こうなることは。

 久保田の魔力が復活すれば、魔王も復活する。

 だから最後はこうするしかない。

 俺はその方法から、目を背けていた。


 魔王の封印は、魔王の体に剣を刺し、魔王の魂を剣に封じ込める。

 その際に、魔王の体は冬眠状態となる。

 つまり、俺は久保田に剣を刺し、久保田を冬眠状態にしなければならない。

 ここまで来たら、もう目を背けられないのだ。

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