第160話 立ちはだかる集団
ほぼ空っぽになった軍艦が、侘しく浮いている。
ただし、魔術師の魔力を残したまま、乗組員は脱出したのだろう。
スザクの基礎的な機能、電灯や艦内重力装置は起動したままだ。
ローン・フリートは、脱出したスザク乗組員の回収作業を開始した。
ただし、俺たちを除いて。
沈黙するスザクを小型輸送機から眺める俺は、拳を握りしめる。
あと数分もすれば、俺たちはスザクに乗り込み、魔王と戦うのだ。
緊張もするし、手も震える。
俺が拳を握ったのは、その震える手を誤摩化すためだ。
小型輸送機に乗るのは、俺とロミリア、ミードン、スチア、リュシエンヌ、そして8人の戦闘員。
これだけの強豪ぞろいなら、ほとんどもぬけの殻であるスザクでの心配はない。
誰にも邪魔されず、久保田と話すには、十分だ。
「スザク後部格納庫に直陸します」
そう言うパイロットには、どこか余裕が感じられる。
まあ、それもそのはずだ。
スザクの乗組員が小型輸送機で脱出した後、後部格納庫の扉は開いたままなのである。
だから相手からの攻撃もなく、いつも通り、普通に格納庫へ着陸すれば良い。
パイロットからしてみれば、楽な仕事だ。
何事もなく、優雅にスザクの格納庫へと着陸した小型輸送機。
着地と同時に機内が少し揺れ、エンジン音が静まっていく。
「格納庫の扉は私が閉めよう。魔術の使える戦闘員も数人、付いてきてくれないか?」
着陸後すぐに、冷静な面持ちのリュシエンヌがそう言った。
扉が開いている間、格納庫は宇宙空間とほぼ同じ状態になり、艦内重力装置によってふわふわ浮かぶことはなくとも、酸素はない。
そのため光魔法と、水魔法の応用である空気魔法を使わないとならない。
だが魔術の使えぬスチアと数人の戦闘員は困ってしまう。
そこでリュシエンヌが率先して、格納庫の扉を閉めてくれるというのである。
「じゃあ、あんたとあんた、それにあんたがリュシエンヌと一緒に行ってきて」
「了解しました!」
戦闘となると、スチアの指示は早い。
リュシエンヌの言葉にすぐさま応え、スチアたちは準備を終えてしまった。
格納庫の扉を閉めるスイッチは、小型輸送機の外にある。
つまりリュシエンヌが外に出るまでの数秒間、スチアたちには呼吸を我慢してもらう必要があるのだ。
紫外線や放射線、気温の問題は、俺たちが光魔法と熱魔法でなんとかする。
あのスチアたちだ。
数秒ぐらいなんてことないだろう。
にしても、光魔法が紫外線対策になるのはなんとなく分かるが、放射線まで遮断できるのには驚いた。
ロミリアからそれを教わったとき、単純に驚いたぞ。
光魔法ってかなり万能だな。
「側面ハッチ開放まで10秒。9、8、7――」
準備が整ってすぐに、パイロットによるカウントダウンがはじまった。
魔力が使える俺たちは、特に問題ないカウントダウン。
でも魔力の使えないスチアたちからすれば、緊張するはずだ。
なのに、なぜ、スチアは、意に介さない。
こんな程度のことじゃ、彼女の〝興味を惹く〟ことはできないのね。
「6、5、4――」
「待ってください! 扉が……閉まりはじめてます!」
スチアたちに光魔法と熱魔法を掛けていたとき、ロミリアがそう叫び、カウントが中断される。
見ると確かに、格納庫の扉が閉まりはじめていた。
どういうことだ?
何が起きたのか理解できず、呆気にとられていた俺たち。
その間に扉は完全に閉められ、格納庫内部には酸素が満たされはじめている。
一体誰が扉を閉めたんだ?
オドネルか?
それとも魔王――久保田か?
「ニャーム! ニャニャニャー!」
「うん? なになに……ミードンが、誰かが格納庫に入って来るって言ってます」
「誰かが? 1人で?」
「ニャーニャ!」
「複数人だそうです」
「はあ?」
ちょっと待てよ。
スザクの乗組員はみんな脱出したはずだ。
複数人がこっちに来るなんて、おかしいだろう。
「来たぞ。……あいつらは!」
こちらにやって来るという複数人の誰か。
その正体を目にしたリュシエンヌは、目を丸くしていた。
彼女がこんな表情をするてことは、ヤバいヤツらなんだろな。
なんだか凄く確認したくないが、確認しよう。
格納庫に入ってきたのは、全身を黒の鎧で染上げた集団。
顔はマスクに隠され、腰に剣を携えぬ者は1人として存在しない。
そんな集団の先頭に立つ男。
彼だけは漆黒のロングコートに包まれ、隻眼の素顔を晒した龍族の男。
俺はアイツのことを、知っている。
ありゃ、魔王親衛龍族隊のヤツらだ。
親衛隊といえば、魔界惑星で俺たちを嫌な目に遭わせてくれた思い出しかない。
挙げ句の果てには、俺に畏敬の念を持ち、そのために俺を殺そうとするはた迷惑な中二病集団。
武装小型輸送機で片付けたと思っていたが、生き残りがまだこんなにいたなんて。
しかも隊長のなんとかってヤツが、片目を失いながらも生きていたなんて。
「なあロミリア」
「なんですか?」
「親衛隊の隊長の名前、なんだっけ?」
「……やっぱり、忘れちゃったんですね。ゼルドア=ノラビアンですよ」
「そんな名前だったっけ? よく覚えてるな」
「逆に覚えられない方が不思議です。アイサカ様を殺すと宣言した魔族なのに……」
うむ、ロミリアの言う通りだ。
殺害宣言してきた相手の名前を覚えられないなんて、俺どうかしてる。
ま、気にしないけど。
「我らが敬愛し畏怖するアイサカ! 出てくるのだ! 今度こそ我らがあなたを討ち取り、あなたを超える! アイサカよ! 我らの進歩に手を貸すのだ!」
外から聞こえてくる、狂気的な台詞。
そんなことを言われると、外に出る気がなくなる。
いや、出なきゃいけないんだけどさ。
久保田のために外に出るんであって、お前らのためじゃないからな。
「ねえアイサカ司令。アイツらは私の部隊とリュシエンヌが止めるから、アイサカ司令とロミリアは先を急いで」
「ああ、スチアの言う通りだ。ここは私たちに任せてくれ」
鬼とエリート女騎士の、頼もしい提案。
そうだ、ここは彼女たちに任せるべきだ。
俺はこれから久保田を解放するのであって、あんな中二病集団を相手してる時間はない。
「スチア、リュシエンヌさん、戦闘部隊のみんな、任せたよ」
スチアたちならば、中二病親衛隊に勝てる。
絶対に勝てる。
今後の方針を決定した俺たちは、小型輸送機を降りた。
ガルーダの格納庫よりも広く作られた、スザクの格納庫。
目の前には、親衛隊の皆さん。
俺と会えたのがよっぽど嬉しかったのか、ノラビアンは笑顔に頬を歪ませ、目を見開いている。
こっちは会いたくもなかったし、そもそも親衛隊の存在自体も忘れていたが。
「ようやく出てきましたね。我々は、あなたと戦うのを心待ちにしていました。さあ! その剣を抜け! 我々と戦え! そして、我々の進歩の糧となれ!」
ノラビアンが何か喚いている。
つばを飛ばし、顔を赤くして、嬉しそうに叫んでいる。
知らんな。
ストーカーに興味はない。
「邪魔だから、そこどいて。俺は魔王と戦わなきゃいけないから」
「なに!? 我らは魔王親衛隊だぞ! まずは我らと戦え! さあ、その剣を抜け!」
「悪いけど、この剣は魔王を倒すための剣だから、お前ら相手に抜くもんじゃない」
「是が非でも抜いてもらうぞ! 魔王を倒すといった人間は、我らが必ず殺す! 畏敬するあなたを、我々は――」
「じゃあまずは、俺の親衛隊を倒せ。倒せるか? 異世界者親衛隊は強いぞ」
ついつい相手を小バカにしたような笑みを浮かべて、そう言ってやった。
直後だ。
右手に剣、左手に短剣を握ったスチアが、全身を投げ飛ばすように、親衛隊へと突撃した。
いつもは短剣を投げるところで、彼女は自分自身を投げたのである。
この突飛な攻撃に、親衛隊は一瞬だけたじろぐ。
あっちがたじろげば、こっちのもんだ。
突風と化したスチアは親衛隊を押しのけ、モーゼのごとく一本の通路を完成させる。
その通路に、俺とロミリア、服の中に隠れたミードンが、リュシエンヌと戦闘部隊に守られ突入。
格納庫出入り口へと走り抜ける。
数秒だった。
いや、数秒だったからこそ、俺たちは成し遂げた。
唖然とし、ようやく現状を認識しだした、焦り顔の親衛隊を横目に、俺たちは格納庫を出たのだ。
「あたしたちがここにいる限り、親衛隊がアイサカ司令を襲うことはないよ」
「その通り。さあ、早く行くのだ! そして、クボタ殿を救いたまえ!」
分かってる。
スチアたちの強さも、俺たちがやるべきことも。
「それじゃ、また後で」
「スチアさん、リュシエンヌさん、ここはお願いします」
「ニャ!」
俺たちがそう言ったとき、あの2人は笑みを浮かべていた。
決してヒーローのそれではない、凶悪な笑みを。
きっと、現状が楽しくてしょうがないのかもしれん。
「魔王親衛隊よ! 共和国騎士団200年の歴史を、その身で知れ!」
「アイサカ司令を殺す、なんて言ったからには、あたしを楽しませるぐらいはできるんだよねコラァア!」
後ろから聞こえてくる、なんとも恐ろしい言葉。
もう振り返る気もしない。
どうせ振り返ったところで、血なまぐさい光景を見るだけだ。
俺たちは、前を見ないと。
久保田が待つ、前を。
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