第159話 最期の願い

 魔王艦隊は遠く離れ、スザクは攻撃を止めた。

 しかし、攻撃を止められると困るのは、俺たちだ。

 スザクが攻撃をしてくれない限り、魔王の魔力は減らない。

 もしかすると魔王の狙いは、それなのかもしれん。


 こっちからスザクに対して攻撃を行うことはできない。

 俺たちの狙いは久保田の解放だからな。

 攻撃の結果スザクが墜落し、久保田の体が大きく傷ついてしまえば、俺たちの負けだ。

 魔王は久保田の体を人質にしている。 

 俺たちに負けないため、膠着状態を作り出したんだろう。

 

 でも、それだけが攻撃を止めた理由じゃない気がする。

 わざわざ魔王艦隊を、エルフ族領地攻撃のため遠くへ追いやったのは、なぜだ?

 そんなことをして、何になる?


 ひとつだけ考えられるのは、魔王艦隊撃破のため、トメキア艦隊と第1艦隊を誘引できることである。

 だからなんだ。

 ローン・フリートとスザクが、この場に残るだけじゃないか。

 意味が分からない。


「もしかしたらですけど、クボタさんが呼んでいるのでは?」


 悩む俺の隣で、ロミリアがそう言った。

 どこか悲しみを隠した目をして、そう言った。

 俺は彼女の言葉の意味を、すぐに理解する。

 久保田が魔王艦隊を遠ざけ、スザク1隻で俺たちの前に立ちはだかったのは、ロミリアの言葉通りなのだ。

 魔王に支配されながら、それでも久保田は、俺のことを呼んでいる。

 彼は俺と、話がしたいのだろう。


 確認として、俺は遠望魔法を使いスザクの艦橋を覗いてみた。

 するとどうだろう。

 スザクの艦橋に、久保田の姿はない。

 となると、俺がやるべきことは決まったな。


「第1艦隊とトメキア艦隊は、エルフ族領地の救援に向かってください」

《はあ? 別に良いけど、久保田はどうすんだ?》

「久保田は俺がなんとかする。ほら、さっさと行けよ村上」

《うるせえ! 第1艦隊、さっさと出発だ! あのクソ野郎から離れるぞ!》

「いいから早く行けよ」


 一緒にいたくないのはこっちも同じだ。

 せっかくだし、戦死してくれたって良いんだぞ。

 ったく、村上にはホントにイライラさせられるな。


《……アイサカ司令殿、御武運を》


 そんなトメキアの言葉には、なんとなく嬉しさが含まれているように感じる。

 まあ、自分の領地が危機に陥ってるんだ。

 それを助けられるんだから、嬉しくて当然だろう。

 俺は魔王との戦いに勝つから、第1艦隊とトメキア艦隊も勝ってくれよ。


 超高速移動によって、一瞬で姿を消した第1艦隊。

 宙間転移魔法によって、稲妻に包まれ姿を消したトメキア艦隊。

 残されたのは、俺たちローン・フリートと、魔王――久保田を乗せたスザクのみ。


 さて、俺がやるべきことはもう決まっている。

 司令として、部下たちに指示を出しておかないと。


「ガルーダはスザクの正面、ダルヴァノはスザクの左舷、モルヴァノはスザクの右舷に待機してください」

「……そういうことか。了解したぜ」

《了解しました》

《なあ司令、あんた何を考えてるんだい?》


 フォーベックは俺の考えを読み取っているが、モニカはそうではないし、ダリオもモニカと同じかもしれない。

 意思統一は大事だ。

 きちんと説明をしないと。


「俺が戦闘部隊と一緒に、スザクに乗り込みます。で、久保田をマーキング、ローン・フリートが直接攻撃を行ってください。魔王の魔力が消えたら、俺が久保田を説得しこっちに連れ戻します」

《なるほど、そういうことかい。それなら納得だよ!》

 

 おや、簡単に納得してくれた。

 誰1人として反論もしてこない。

 話が早いから別に良いけど、もうちょっと止めてくれても良いんじゃない?

 『それはあまりに危険ですよ!』とかさ。

 いや、アウトロー集団ローン・フリートにそれを求めるのも酷か。

 

「スチアに出動の準備、それと小型輸送機の準備も」

「はいよ」


 久保田は俺は呼んでいる。

 だから俺は、久保田と話をしないといけない。

 そのためなら、スザクだろうと地獄だろうと乗り込んでやる。


《司令、あれを! スザクから、脱出船が……》


 出発を今か今かと待っていた俺の耳に、ダリオの報告が届く。

 スザクを見てみると確かに、まるで巣立ちをする鳥のごとく、スザクから複数の脱出船が飛び立っている。

 一体何をしているんだ、アイツらは。


《スザク艦長のオドネルだ。ローン・フリート、聞こえているか?》


 ダリオの言葉に続いて聞こえてきたのは、鋭く冷たいオドネルの声。

 正義を追求し、正義に溺れ、道を誤った艦長。

 フォーベックの弟子。

 俺たちに直接話しかけるとは、何を言い出すつもりだろうか。


「こちら相坂、聞こえてる。何の用だ?」

《スザクの乗組員は、お前たちに降伏する。脱出船が発射されたのは確認できているだろうから、彼らを助けてやってくれ》

「……どういう風の吹き回しですか? この期に及んで降伏なんて――」

《クボタ司令の命令だ。せめてお世話になったスザクの乗組員は、助けてほしいと》

「久保田の命令……」


 俺は確信した。

 やっぱり、支配率は確実に変わってきている。

 魔力が減ったことで、魔王の意思が弱まり、久保田の意思が表に出てきたんだ。

 ならば早く、久保田のところに行かないと。

 彼と話をして、魔王から助け出さないと。


「なあカミラ。乗組員の降伏は、罠とかじゃねえだろうな?」


 警戒を緩めないフォーベックの言葉。

 しかし彼の表情は、可笑しそうな笑みに覆われている。

 彼はおそらく、自分の弟子の思いを見抜いているのだろう。


《もし罠だとしても、そうだとは言わないだろう、アルノルト》

「そう答えるってことは、罠じゃねえな」

《当たり前だ。クボタ司令がそんな汚い手を使うはずがないだろう。この私が、そんな作戦を実行するはずもない》

「そうかい。で、何か言いたいことがあるんだろ?」

《…………》


 少しの間、黙り込むオドネル。

 この間に彼女が何を想っていたのか。

 それは分からない。

 だが彼女が再び口を開いたとき、彼女が自嘲気味であったのは、容易に想像できる。


《……アルノルトは、いつも正しかった。お前は私に、自分の正義が皆の正義ではないのだと教えてくれた。確かにそうだ。実際、自分の正義のためだけに戦った私たちは、こうして正義から遠く離れた場所にいる》


 自分たちのやっていることがどんなことなのか、オドネルたちは気づいていたのか。

 自分たちが破壊しか生み出さぬ〝魔王〟に成り果てていたことを。

 

《正義という大義名分を掲げてしまったが故に、引っ込みがつかなくなり、こんなところまで来てしまった。そんな私たちに、クボタ司令は最後のチャンスをくれた。やり直すためのチャンスを。だからアルノルト、スザクの乗組員たちを救ってくれ》

 

 鋭く冷たいオドネルの、暖かい願い。

 オドネルの願いを、聞かないわけにはいかない。

 魔王に抗い、久保田が助けた人を、俺が助けないわけにはいかない。


 次に口を開いたのは、可笑しそうな表情をしたままのフォーベックだ。

 弟子であり友人であるオドネルの心を見抜いた彼は、核心を突く言葉を口にした。

 

「救ってやるのは別に良いが、ひとつ聞く。脱出船が発射され、小型輸送機が2機ともスザクから飛び立ったのを確認した。もうスザクに脱出手段は残っちゃいねえ。じゃあ、お前はスザクに残ったってことだ。死ぬ気か?」


 はっきりと、死という単語を使ったフォーベック。

 だがオドネルは怯まない。


《止めないでくれ。私はスザクの艦長だ。責任というものがある》

「止めねえよ。止めたって聞かねえだろ。お前は昔から、俺の話を聞かねえ」

《私は、アルノルトを超えたかっただけだ。でもアルノルトは、私の手が届く人じゃなかったな。今お前に言えるのはこれだけ。……ありがとう》

「おいおい、寂しくなるようなこと言うなよ」


 途端に、フォーベックの目が悲しみに暮れる。

 口は笑っているのだが、彼は本当に友人との別れを寂しがっているのだろう。

 それをオドネルは察したのか、彼女は小さく鼻で笑いながら、言った。


《フン、ならこう言おう。私はどんなにバカになろうとしても、お前のバカさ加減に追いつけなかった。本当のバカがどんなものか見せてくれて、ありがとう》

「ヘッヘッへ、その方がお前らしい。じゃあな、カミラ」


 ガルーダ艦長とスザク艦長の楽しそうな笑い声が、艦橋に響く。

 2人がどんな関係なのか、俺はきちんと知らない。

 でも、2人が並々ならぬ関係であることは、確かだ。

 敵対し、片方が死ぬとなったこの状況で、楽しそうに笑いあえるのだから。


「小型輸送機の準備が完了! 戦闘部隊もすでに準備完了しています!」


 スザクからの魔力通信が切れた直後、ガルーダのクルーからそんな報告が届いた。

 いよいよ、このときがきた。


「行くぞロミリア」

「はい。この喧嘩を、終わらせましょう」

「ニャーム、ニャ」


 喧嘩か……。

 確かに、俺もフォーベックも、戦う相手は友達だ。

 友達同士の大喧嘩、世間様に迷惑かける前に終わらせよう。

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