第157話 バカになれ

 エンジンがフル稼働中のガルーダは、魔王艦隊の隙間を突き抜けて行く。

 おかげで全方向から攻撃を受けているが、知らんな。

 もう面倒なことを考えるのは止めた。

 今はバカみたいに、アホ面しながらスザクに突っ込むだけだ。


「あの……アホ面をする必要はあるんですか?」


 むむむ、反論できぬことをロミリアに言われてしまった。

 分かったよ、アホ面は撤回する。

 アホ面は止めても、バカみたいに突っ込むのは変わらない。


 ところがだ。

 バカみたいに突っ込むのは俺たちの専売特許ではないのである。


「おいおい、敵艦1隻が近づいてきやがる。至近距離で攻撃しようってか?」


 外に視線を向けたフォーベックの言葉。

 そう、敵だって俺たちに突っ込んでくるのだ。

 アホ面だってしてるかもしれん。

 

 フォーベックの言葉通り、イカ型の軍艦がこちらに向かってきている。

 光魔法ビームを乱れ撃ちしながらの、決死の突撃。

 そんな攻撃程度で、ガルーダの防御壁が破れるとでも思っているんだろうか。

 突撃なんてやったら、ダルヴァノやモルヴァノ、さらに第1艦隊とトメキア艦隊に狙い撃ちにされるのは明白。

 破れかぶれにも程があるだろ。


 あんな敵艦に構っている暇はない。

 ヤツらは味方に任せて、俺たちはスザクへの突撃を続行する。


 突撃を仕掛けるイカ型と、ガルーダの距離が百メートルに迫ったときであった。

 艦橋からでもその姿をはっきりと確認できるこの距離。

 それこそ、船に乗る魔族の姿も見えるんじゃないだろうか、というほどの近さ。

 ここで、イカ型の破れかぶれが、俺の予想を遥かに超えていることを思い知らされる。

 

「艦長! 敵艦が進路を変更し、こちらに向かってきます!」

「さっきからこっちに向かってきてると思うが?」

「数秒後に衝突する進路に変更されたんです!」

「……ヘッヘ、敵さん狂ったか? 急いで回避しろ!」

「了解しました!」


 なんてこったい。

 まさかまさかの衝角戦闘かよ!

 どっちともどれだけの速度を出してると思ってる!

 双方大破するぞ!

 そこまでして……戦争を続けたいのかよ……。


「回避によって被害は抑えられますが、衝突は不可避!」


 操舵手からの最悪の報告が、艦橋に響き渡る。

 高機動が売りのガルーダでも、さすがに百メートルを切った距離の相手は、完全に避けられないか。

 こりゃ、覚悟を決めよう。


「全員! 対ショック!」


 反射的にそう叫んだ俺。

 ロミリアはミードンを抱きかかえ、椅子にしがみつく。

 フォーベックとクルーたちは、自分の仕事を放棄することなく、その場に踏ん張る。

 窓の外は、回避行動のために景色が変わり、しかしイカ型がすぐそこに。

 久保田のもとに行くには、ここをなんとか耐えないとならない。

 なんとかならんものだろうか……。


《こちらダルヴァノ。援護します》


 ふと聞こえてくる、冷静な言葉。

 だがその冷静さとは裏腹に、ダリオはとんでもないことをやらかした。

 防御壁に守られたイカ型を倒すため、ダリオもまた、バカになったのである。


 こちらに真っ直ぐ突撃してくるイカ型。

 その艦尾に、ダルヴァノの姿が一瞬だけ見えた。

 直後、イカ型の針路が大きく変わり、ガルーダの右舷をかすめていく。

 そこで何が起きたのか、対ショック姿勢中の俺は、よく分からない。

 分からないのだが、イカ型の針路を変えるようなことが起きたのは確かだ。

 

 イカ型の防御壁はまだ生きていた。

 だから、ダルヴァノのビームがイカ型に効くことはない。

 じゃあどうやって、イカ型の針路を変えた?


 ダリオは一体何をして、何が起きたのか。

 答えは、ダリオと彼を心配するモニカの会話の中にあった。


《ダリオ! 大丈夫かい!?》

《心配しなくて良い。ダルヴァノの艦首がもげたけど、戦闘に影響はない》

《……まったく、体当たりで敵艦の針路を変えさせるなんて。ダリオはたまに、あたいよりも大胆なことをするね。そこに惚れたんだけどさ》


 マジか。

 衝角戦闘に衝角戦闘で対抗とは……。

 モニカと結婚するだけあって、ダリオもヤバいヤツなんだな。

 おかげで助かったけど。


「ダリオ艦長、ありがとうございます。でも、あまり無理しないでください」

《申し訳ありません》

「ともかく、今後も援護をお願いします。フォーベック艦長、スザクに突撃続行!」


 破れかぶれなイカ型のせいで危ない目にあったが、ダリオのおかげで乗り切った。

 代償としてダルヴァノの艦首がもげたらしいが、防御壁があれば問題ない。

 何があろうと、俺たちの標的はスザク、魔王、久保田だ。


 気づけば敵艦の多くとすれ違い、敵のビームは後方から飛んでくるようになった。

 前にいるのはスザクのみ。

 これでさっきみたいな破れかぶれ攻撃を仕掛けられる心配は減った。

 

 しかし、魔力残量という心配事もある。

 ガルーダの魔力残量は30万MPを切っているのだ。

 あれだけの攻撃を受け、防御壁の修復を繰り返しているのだから、当然だろう。

 そろそろ俺の魔力も使うべきか。

 魔王との決戦を考えると、あまり自分の魔力は使いたくないのだが。


 スザクの光魔法攻撃は、威力が高い。

 そこに16隻の敵艦による攻撃も加われば、キツいのは確か。

 ダルヴァノとモルヴァノ、第1艦隊、トメキア艦隊がいなければ、俺たちはとっくにやられていた。


「スザクまでの距離は7キロ!」

「そろそろ砲弾の準備だ! 5キロ圏内で減速、スザクの防御装置に撃ち込め!」


 スザクは元共和国艦隊の船。

 しかも艦長はフォーベックの弟子であるオドネル。

 だから幸運なことに、フォーベックはスザクの構造を知っていた。

 どこに防御装置があるのか、熟知していたのだ。

 精密さが必要な砲弾攻撃にとって、これは重要である。

 

「スザクまでの距離6キロ!」


 防御に特化したスザクは、近距離で襲われた際に反撃するための武装を積んでいる。

 詳しく言うと、12の中距離砲と16の短距離砲を搭載しているのだ。

 まさに、今の状況のための武装。

 俺たちからすれば、スザクの反撃は痛い。


 防御壁はスザクの光魔法ビームに晒され、艦は大きく揺れっ放し。

 修復のため魔力カプセルの魔力も激減している。

 不安で顔が歪みそうだ。

 

「スザクまでの距離5キロ!」

「減速! 砲弾の撃ち方はじめ!」


 フォーベックの指示の直後、前方スラスターが起動し、ガルーダは急減速。

 さらに全大砲をスザクに向けるため、左舷上部スラスターがガルーダをロールさせた。

 眼下の魔界惑星が頭上に。

 これで計4つの大砲全てが、スザクをロックオンしている。

 

 ガルーダは、魔界惑星から見た背面飛行のまま、スザクの真上に向かって突撃。

 対してスザクも必死の反撃を行い、その光で艦橋からはほとんど外が見えない。

 頼むぞ、砲手のみんな。

 

 スザクまでの距離が3キロを切った頃か。

 後方から聞き慣れぬ破裂音が連続して聞こえる。

 聞き慣れぬと言っても、この世界での話だ。

 地球では、戦車や軍艦を映した動画で聞いたことのある音である。

 そう、ついに砲弾が放たれたのだ。


 大砲から撃ち出された多数の砲弾。

 物理的な鉄のかたまりは、音速の何倍もの速度で、スザクに襲いかかる。

 野蛮で単純な攻撃。

 しかしそれを、防御壁は止められない。

 いつぞやドラゴンの進入を許した防御壁は、砲弾だって止められない。

 砲弾攻撃の前に、防御壁は無力だ。


 敵の光魔法に覆われる景色。

 だがそのわずかな隙間を覗けば、砲弾が直撃し破片を飛び散らせるスザクの姿が見えた。

 スザクの上面に配置された防御装置が、物理的な攻撃によって次々と破壊されているのである。

 艦橋と艦橋がすれ違い、スザクを後方に確認する頃になると、スザクの防御壁の半分が消え失せた。

 

「スザク背面に回れ!」


 残り半分の防御壁展開装置は裏側だ。

 そこでガルーダは、フォーベックの指示と共にスプリットSを決め、今度はスザクの背面に向かって突撃を開始する。

 容赦なんかしない。


 艦橋の真上にスザクの背面が見えたのは、わずか数秒。

 この数秒のうちに、大砲は再び砲弾を連射、スザクの防御装置を破片に変える。

 連続する爆発、飛び散る破片を頭上でかすめるのは、なんともスリリングな光景だ。

 攻撃を受けている相手の方が、スリリングさでは上だろうけど。


「敵艦の防御壁完全消失を確認!」


 それについては、報告されなくとも分かる。

 明らかに、スザクからの光魔法攻撃が強くなり、ビームの数も増えた。

 防御壁展開に割く人員全員が、光魔法攻撃を行っている証拠だ。


「魔王に魔力を使い切らせます! ガルーダはスザクの攻撃を誘いながら、ともかく耐えてください! 他はガルーダの援護とスザク以外の艦への攻撃!」

「了解」

《了解しました》

《任せな!》

《てめえに指図はされたくねえ!》

《こちらトメキア、了解した》


 ようやくここまで来たんだ。

 魔王にはたっぷりと、魔力を使ってもらうぞ。

 そして消え失せろ。

 俺は久保田と話がしたいんだよ。

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