第13章 共和国編

第134話 幕開け

 ついにこの日がやってきた。

 人間界惑星暦3516年3月2日。

 魔王となった久保田が宣言した、人間界惑星への総攻撃を行うその日。

 リシャールが、魔族の殲滅の第一歩と定義づけるこの日。

 そして俺たちが、戦争を終わらせるこの日が。


 この日までの約1週間、俺たちは必死に準備を進めてきた。

 パーシングは実権を失った王たちに、帝国への反乱協力を呼びかけた。

 イヴァンはノルベルンに潜入し、反乱のための用意を整えた。

 アダモフはレジスタンスと接触、国民レベルに反帝国の気運を高める。

 トメキアは魔王交代の噂をさらに広め、各種族に終戦を呼びかける。

 エリノルは第1艦隊、第3艦隊、第5艦隊に、共和国艦隊復活の協力を要請。

 そして俺と村上の異世界者2人は、特に何もしなかった。


 現在、俺たちローン・フリートは、人間界惑星上空700キロ地点で待機中だ。

 ここには他に、第1艦隊、第3艦隊、第4艦隊が陣取っている。

 俺たちは帝国艦隊の助っ人、ってところだ。

 待機の目的はただひとつ。

 魔界艦隊の到着を待ち構えているのである。


「マグレーディは、大丈夫でしょうか……」


 艦橋から見える、人間界惑星の光に照らされた月。

 そちらに視線を向けていたロミリアが、不安げにそう言う。

 それに関しては俺も不安だが、安心材料もある。


「スイアとフード部隊数人が構えてんだぞ。マリアが調子に乗んなきゃ大丈夫だって」

「その、マリア殿下が調子に乗るのが不安なんです」

「……大丈夫だろ、たぶん。うん、たぶん」

「安心できませんよ……」


 はいはい、いつものいつもの。

 それよりも、俺の心配事は別にある。


「俺的には、スチアとイダの方が心配だ。いくらあの2人でも、2人だけで彼らを守りきるのは大変だろ」

「はい……もう、心配事だらけです……」


 むむ、またもロミリアを不安がらせてしまった。

 なんでこう、俺の言うことは全てこうなるんだろうか。

 俺はロミリアの不安製造機かなんかか。


 まあ、不安なことが多いのは確かなんだ。

 ガルーダ、ダルヴァノ、モルヴァノはここにいる。

 だがスチア一家は、要人警護のためここにはいない。

 特にスチアとイダは、大量の魔力カプセルと共にヴィルモン城に潜入している。

 彼女らの任務は、戦争終結を訴える役割を担った人間たちの護衛。

 帝国に感づかれぬようにと、たった2人での護衛任務、さすがに心配である。


 なお、人間界惑星内にも講和派勢力の部隊は数多くいる。

 彼らは魔界軍に対抗するための自発的な義勇軍という形で、その時を待っている。

 ノルベルン義勇軍は、まさにそれだ。

 グラジェロフのレジスタンスも、いつでも蜂起可能。

 

 俺たちはいかにも、魔界との戦いの準備を整えたかのような布陣だ。

 リシャールもそう信じたようで、ほとんど追求されることもない。

 帝国成立に、リシャールは油断してるのかもしれん。

 俺たちが整えたのは、魔界との戦闘準備でなく、帝国との戦闘準備であることに気づけないのだから。


「フォーベック艦長、ダリオ艦長、モニカ艦長、準備は」

「当然できてるぜ」

《こちらダルヴァノ、準備万全です》

《帝国のヤツらと戦えるってんだ。とっくに準備はできてるよ!》


 いつも通りの頼もしい回答。

 基本的に受け身の俺も、司令となれば指示する側だ。

 みんながしっかりしてるのに、俺がしっかりしないわけにはいかない。


 とはいえ、やっぱりどうしても不安が抜けない。

 だからどうしても、今後の展開を気にしてしまう。


「みんな、俺たちに味方してくれますかね?」

「ノルベルンにガーディナ、マグレーディ、グラジェロフ、共和国艦隊が味方なんだぜ。じゃあ大丈夫だろ。旧サルローナ派閥は帝国の支配に我慢ならねえだろうし、帝国が不利となりゃ、こっち側になる国も増える」


 確かに、帝国の支配は盤石じゃない。

 各国国民たちも、正直なところ困惑している人が多い。

 国民の中には、自国の王の実権を奪い、国を支配され怒る人もいるそうだ。

 そんなに不安がる必要はないかもしれんな。


「つっても、結局は魔界の動き次第だがなあ。エルフの美人さんが言ったように、魔界軍が終戦に応じて撤退してくれねえと、三つ巴の大戦争になっちまう。そうなりゃ下手すると、結果的に魔界だけが勝利しちまう」

「第7次人魔戦争は魔界の勝利、ですか」

「それはそれで戦争も終わりだが、俺は勘弁するぜ」

「俺もです」


 魔界に関しちゃ、俺たちはどうしようもない。

 あっちでは魔王殺害の噂で持ち切りらしく、終戦への下地はできている。

 さすがに魔王を殺した久保田に従う魔族は少ないだろう。

 だが万が一がある。

 これはもう、トメキアを信じるしかないな。


「この戦いが終われば、やっと、悲しむ人がこれ以上増えないようになりますね。お母さんとの約束も果たせます」


 不思議なことに、ロミリアが俺の決意を口にした。

 俺の心を読んだから知っていたのかな?

 でも、お母さんとの約束とはなんのことだろうか?

 よく分からんが、少なくともロミリアの言う通りだ。

 この戦いに勝てば、悲しむ人がこれ以上増えずに済むんだ。


「うん?  おいアイサカ司令、魔界軍のお出ましだ」


 艦橋から眺める、漆黒の宇宙。

 闇夜の先に目を向けていたフォーベックの報告。

 俺も彼と同じ報告に、視線を動かした。


 何もない空間。

 どこまでも続く闇。

 眺めているだけでも、いつか呑み込まれてしまいそうな宇宙空間。

 そこに輝く、一筋の光。

 あれが希望の光ならば良いのだが。


 光の正体は、魔界軍軍艦が宙間転移魔法を使った際に放たれる、紫色の稲妻だ。

 最初は2つ程の稲妻が走るだけだった。

 それが数秒後には4に、7に、12に、19にと、徐々に増えていく。

 最終的に、もう1つの天の川よろしく、宇宙を美しく彩った。


「前方約90キロに魔界艦隊出現。軍艦の数を確認中。……かなり多いですよ」


 乗組員の報告は、声が震えている。

 トメキアによると、魔界艦隊は戦力の8割を差し向けてきたらしい。

 前代未聞の大艦隊が、俺たちの目の前に現れたのだ。


「おいおい、あの星空みてえの全部が魔界艦隊かよ」

「すごい数……」


 あのフォーベックですら、魔界艦隊の多さに度肝を抜かれている。

 ロミリアに至っては、不安や緊張を通り越し、呆然とした様子。


「魔界艦隊の詳細を確認。戦闘艦は45隻、うち旗艦級の大型戦闘艦は5隻、揚陸艦8隻、補給艦6隻、その他軍艦3隻。さらにドラゴンが、現在確認できるだけでも120匹」

「……マジかよ」


 壁に強く叩き付けられたような気分である。

 今までの戦闘で、魔界艦隊の軍艦は数多く撃破されていたはずだ。

 なのに、ヤツらはまだあれだけの戦力を保持しているなんて、信じられない。

 魔界は週刊駆逐艦的なことでもやってるのか?

 アメリカン工業バグでも起きてんのか?


「なあ、こっちの戦力はどれくらいだっけ?」

「こちらの戦力は、戦闘艦が27隻、うち大型艦はガルーダとフェニックスのみ。人間界惑星に戦闘艦が6隻、揚陸艦が3隻、武装小型輸送機42機、その他軍艦が8隻です」

「聞かなきゃ良かった……」


 単純な戦力差では、人間界惑星が不利だ。

 第6艦隊を解散させ、5つの艦隊をなんとか維持して、この戦力差だ。

 一応、ガルーダとフェニックス、戦闘艦の性能では人間界に軍配が上がる。

 だから勝てないことはないだろうが、大損害は避けられない。

 

 正直言って、リシャールの魔族殲滅作戦は無謀だ。

 魔界の戦力はまだまだ残されている。

 勝てる見込みはあっても、戦争が泥沼化するのは必至。


「村上、絶対に戦争拡大は避けなきゃダメだ。頼むぞ」

《てめえに頼まれなくたってやるよ。俺は勇者だ》

「勇者? まあいいや、なんでも」


 いい加減に村上の相手をするのは疲れた。

 何を言ったって、どうせ彼はアホなことしか言わない。

 なのに、なんでか頼りになっちゃうのも事実だ。

 今回の戦いだって、彼と彼の率いる第1艦隊の存在は重要だし。


《帝国艦隊全艦へ! 魔族を殲滅せよ! 人間の力を見せつけるのだ!》


 魔力通信で聞こえてくる、艦隊参謀総長の雄叫び。

 だが俺たちが待っているのは、コイツの通信ではない。

 俺たちが待つのは、艦隊全艦に備え付けられた、映像魔法受信機からの言葉だ。

 スチアとイダに守られ、ヴィルモン王都から終戦を呼びかける、あの男の訴えだ。

 頼りがいのない、暗愚な印象の、あの王様の呼びかけだ。


《人間界惑星の皆さん、聞こえているでしょうか? ええと……私はマグレーディ王の、セルジュ=ペナーリオである》

 

 映像魔法受信機の画面に映し出される、ひ弱な中年男の顔。

 どことなく震えながら、必死に自らの権威を示そうとする、気弱な声。

 しかしこんなセルジュ陛下が、戦争を終わらせようと立ち上がったのだ。

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