第133話 講和派勢力緊急会議

 新帝国の成立により、各国の王は実権を失った。

 以降は旧共和国加盟国と島嶼連合の全てが、帝国に支配され、皇帝となったリシャールの思い通りとなる。

 帝国騎士団や帝国艦隊など、人間界の全ての軍事力も、今や皇帝のもの。

 人間界惑星は、リシャールと彼の部下に握られている。


 帝国が成立すると、リシャールは即座に戦争準備を命令した。

 3月2日の、魔界軍による総攻撃に備えるためだ。

 魔力カプセルの大量生産も加速している。


 急変する世界に、講和派勢力も乗り遅れる訳にはいかない。

 今後の方針を決定し、なんとしても大規模戦争を阻止する必要がある。

 そこで23日の夜、講和派勢力の主要メンバーによる緊急会議が開かれた。

 場所はヴィルモン王都のパーシング邸だ。


 王にふさわしい、しかし独身の男には広すぎる豪邸。

 夜に浮かぶヴィルモン城が見える、学校の教室ほどの広さの部屋。

 表向きにはなんてことないが、実はフード部隊の厳重な警備に囲まれた食堂。

 ここに俺とロミリア、ミードン、村上、リュシエンヌ、ヤン、パーシング、エリノルが集まった。

 さらに魔力通信を使って、トメキアとイヴァン、アダモフ、ジョエルも会議に参加する。


「クソ! リシャールにまんまとやられた! 俺がもっとうまくやってりゃ……」

《落ち着くのだパーシング公。まだ大規模戦争ははじまっていない》

「大丈夫よ、トメキア卿。陛下はやけ酒しただけだから、気にしないで」


 気にするなとエリノルは言うが、個人的には気になる。

 でもパーシングが酔っているのはいつものことだ。

 やっぱり気にしなくて良いかもしれん。

 それより、今は講和派勢力のこれからを話し合わないと。


「おい! これからどうすんだよ! 俺たちで帝国ぶっ飛ばすのか?」


 単純バカの単純バカな意見。 

 そういやなんでコイツ、今回はリシャールに従わなかったんだろう。

 ちょっと聞いてみよう。


「なあ村上、なんでお前、リシャールに従わなかった?」

「決まってんだろ。帝国と言えば悪じゃん。俺が悪に従う訳ねえだろ」


 おお、予想以上に単純バカな回答。

 ちょっとでも彼に期待した俺が馬鹿だった。


《あのとき、私がリナ殿下の忠告を聞いていれば、こんなことには……。せめて、あの方には生きていてもらいたかった……》


 魔力通信から漏れだす、唇を噛んだようなアダモフの言葉。

 祖国を追放され、島嶼連合に身を隠していた彼は、重い後悔に苛まれているそうだ。

 まあ、そりゃそうだろう。

 グラジェロフはリナの予想通り、リシャールの傀儡となり、帝国成立のための一歩になってしまったのだから。

 

「では皆さん、ボクから報告です」


 各々が好き勝手に喋っていたところに、ヤンの報告がはじまる。

 すると会議に参加する人々は、即座に彼の話に耳を傾けた。


「お兄ちゃんに聞いてみたところ、アルバーを支援していたシャロルとかいう商人の正体が分かりました。彼の店はペーパーで、シャロル自身はリシャール陛下の側近だったそうです。これで、ヴィルモンがアルバーを支援したのは確実です」


 分かりきっていたとはいえ、確かな情報があるのは良いことだ。

 十分に貴重な報告だろう。

 続いて講和派勢力魔界側リーダーのトメキアが、報告を開始する。


《新たな魔王であるクボタは、魔王の交代やササキに関しての情報を公開していない。つまり、魔界に住む者のほとんどが、今でも先先代の魔王が魔界を統治していると信じている。故に、人間界への総攻撃にも目立った反対はない》

 

 久保田は先代魔王佐々木と同じく、自らの正体を隠したと。

 やはり先先代の魔王の絶対的な権威は失いたくないよな。

 

《ただし、多くの種族が終戦を期待していた矢先の総攻撃だ。魔王に不審を抱く者が多いのもまた事実。ササキの姿が消えたことも相まって、魔王交代の噂は流れている》


 それは重要な情報じゃないか。

 まだ戦争の早期終結の芽が摘まれていないということだ。

 魔王交代の噂も、それは事実なんだし、何かしらに利用できるかもしれない。

 

「じゃ、次は私かしらね。私たち〝共和国〟艦隊は、司令がヴィルモン系の第2艦隊、第4艦隊以外、ヴィルモンとリシャール、帝国に忠誠は誓ってないわ。参謀総長がヴィルモン系だから、仕方なく従ってあげてるだけ」


 帝国艦隊と名称が変わっても、自分たちは共和国艦隊である。

 妖麗なエリノルの、男勝りな部分が、そう言っている。

 頼もしい。

 やっぱりまだ希望はある。

 

《本国にいないので詳しくは分からぬが、グラジェロフではすでに、リシャールに対抗するレジスタンスが活動をはじめているようだ。私も、しばらくしたら彼らに合流したいと思っている》

《予もアダモフと同じく本国のことは詳しく分からない。だが、アルバー闘争党の殲滅によって、図らずも予の敵対勢力は壊滅したようだ。今ならば、ノルベルンの多くの国民を味方につけることができるかもしれない》


 アダモフとイヴァンの報告からも、帝国の支配が盤石でないことが伺える。

 どうやら諦める必要はなさそうだ。

 俺たちにはまだまだ勝利する機会が残されている。


 意外と明るい報告が多く、一安心する俺。

 ロミリアも緊張が解けたようで、嬉しそうな笑みを浮かべながら呟いた。


「思っていたよりも、アイサカ様の味方は多いんですね」

「なあロミリア、こいつらは講和派勢力の味方だ。俺もその一員ってだけだぞ」

「それって、アイサカ様の味方がたくさんいるってことでは?」

「違うと思うけど」

「……アイサカ様、もしかしてアイサカ様って、自分が思っているより友達多いかもしれませんよ。考え方次第ですけど」


 何やらロミリアがおかしなことを言っている。

 俺の友達が多いだと?

 それはあり得ん。

 友達が多いなら、もっと気安く話しかけてくれる人が多いはずだ。


「アイサカさん、ロミーちゃん、会議中なので私語は慎むように」

「はいはい」

「ごめんなさい」


 俺の友達の量なんてどうでもいい。

 今は会議中だ。

 この会議で決まったことが、俺の今後の仕事になるんだ。


「なあジョエル、聞こえてんだろ!」


 突如として机を叩き、真っ赤な顔で大声を出すパーシング。

 いくら酔ってるからって、あれじゃただの絡んできたダメオヤジだ。

 

《何かな?》

「お前、リシャールの側近中の側近だったレイモン大臣なんだろ。そうだろ、そうなんだよな!」

《うむ》

「だったらよ、お前、リシャールの陰謀を知ってんじゃないのか? サルローナ王追放時のモイラーの件とか、グラジェロフのお嬢さん暗殺の件とか、アルバー援助の件とか」

《もちろん、知っている。証拠も出せる。私はリシャール陛下の計画の全てを知る、数少ない人間なのだ》

「じゃあジョエル、あんたはリシャールの支配を打破できる人間ってことだ。人間界惑星全体に、その真実を教えてやれ」


 酔っていても、きちんとしたことを言うのがパーシングの良いところ。

 確かに彼の言う通り、ジョエルがレイモン大臣として、真実を広めれば良いんだ。

 そうすりゃリシャールは、世紀の詐欺師として糾弾される。

 帝国さえ崩れ落ちれば、大規模戦争は防げる。


「パーシング陛下、それも良いんですが、折角ですし帝国だけでなく、戦争自体も終わらせてしまいましょう。ボクに考えがあります」


 にたりとした笑み、軽い口調、無邪気な可愛らしい表情。

 いつものヤンが、自信たっぷりにそう言い放った。

 

「ロンレン殿、御主の考えで、果たして帝国を倒せるのか? リシャールを自由にさせるという御主の考えが、今回の帝国成立を許してしまったように思えるのだが」


 ぼーっとする村上の横で、リュシエンヌが申し訳なさそうにそう言う。

 言われてみるとそうだ。

 ノルベルンでイヴァンを行方不明に偽装したために、リシャールは帝国を作り上げた。


「リュシーの言う通りです。あえてリシャール陛下に帝国を作らせたんですよ」

「何だと!?」

《それはどういうことだ!?》

《軍師ヤン、まさか……》


 池に石を投げ込んだかのように、会議室が大きくざわつく。

 しかしヤンは、お構いなし。

 

「残念ながらリシャール陛下の計画は、途中で止める訳にはいかなかったんですよぉ。共和国に人間界惑星をまとめる力がないのは事実でしたから。でも、これからは反帝国と共和国の復興という目的ができました。これで、人間界惑星はひとつになれます」


 なんて大胆な作戦。

 そんなもんをコイツは、あの笑顔と軽さの裏に隠してたのか。

 見た目だけでなく中身でも人を騙してんだな、ヤンは。


《帝国は、倒せるのか?》

「組織ってのは、再編されたばかりの頃が最も弱いんですよぉ。つまり、今こそ帝国を打ち倒すチャンス。正確に言えば、魔界軍の総攻撃の日がチャンスです」

《総攻撃の日だと?》

「ええ。魔力通信、映像魔法、なんでも使って、人間界と魔界双方にリシャール陛下の陰謀と、魔王の死をバラしちゃいます。魔王直筆のサインが書かれた降伏文書もあるんですから、戦争もそこで終わらせちゃいます」


 さらに大胆な作戦が飛び出した。

 ヤンは全てを、一気に終わらせるつもりなのだ。

 今までの全てを、ここでぶつける気なのだ。

 ヴィルモン王都で出会った商人の子が、まさかこんなヤツだったとは。

 

「リシャール陛下には、今までのツケを全部払ってもらいますよぉ」


 おやおや、リシャールは大変なものをヤン商店から買ってしまったようだ。

 こりゃ高くつくな。

 怖い怖い。


「みなさんには、それぞれの役割を担ってもらいます。準備期間は1週間しかありません。それでもみなさんなら、なんとかなると思います。どうです?」

「ヤンの計画なら、俺たちガーディナは協力する」

《予もノルベルンのため、共和国のために協力しよう》

《私もだ。歴史あるグラジェロフをどうか、リシャールから解放してくれ》

《すぐに魔界で準備をはじめよう》

「私たち艦隊は、どんなことでも協力してあげるわよ」

《ジョエルとしても、レイモンとしても、最善を尽くそう》

「なんか楽しそうだし、俺も協力してやるよ。な、リュシエンヌ」

「ムラカミ殿がそう言うのならば」


 うむ、皆もヤンの作戦に賛成か。

 もちろん、俺もだ。


「ヤン、今回も任せたぞ」

「ロンレンさん、一緒に頑張りましょう」

「ニャー!」


 俺たちの支持に、ヤンの表情がほころぶ。

 なんとも嬉しそうな顔だ。

 まるで、クリスマスプレゼントをもらった子供のようである。


「みなさん、ありがとうございます! ただ……1つ不安なことが……」

「なんだ?」

「人間界惑星と魔界惑星双方に終戦を訴えかける、1番大事な役割を担う人が、決まってないんですよぉ……」


 随分と大事な役割が決まっていないんだな。

 まあでも、そこはなんとかなるだろ。

 そういうとこだけ、俺は楽観的だからね。


 その後、会議でそれぞれの役割が決まった。

 どれもこれも重要な役割であり、失敗は許されない。

 だが俺たちなら、できるはずだ。

 リシャールの帝国を倒し、第7次人魔戦争を終わらせることができるはずだ。

 約1週間後の3月2日は、運命の日である。

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