第121話 魔王親衛龍族隊
デスティニー号が置かれた部屋を後にする俺たち。
まさかあの部屋に入る前と後で、魔王が交代しちまうとは。
それどころか、久保田が魔王になっちまうなんてな。
デスティニー号があり、地球が同じ世界にあり、佐々木が死に、久保田が魔王になるとは……。
あの部屋でいろいろとありすぎだろ。
もうお腹いっぱいだ。
「ねえ、じじい死んだけど、私の研究ってどうなるの? ねえ! ねえったら!」
すごいのはメルテムだ。
あれだけのことがありながら、コイツは自分のことしか考えていない。
「研究は私が引き継ぎます。事終われば、私と共に研究を続けましょう」
「本当? やった!」
メルテムの駄々に答えたのは、リュシエンヌに担がれるジョエルである。
彼の答えに、メルテムはご機嫌のようだ。
だが俺は、ジョエルに関してどうしても気になることがある。
「ジョエルさん、なんで自分で歩けないんです? 怪我でもしました?」
「実は、レイモンの体は半身不随となっているのです。ササキ様の使い魔であった時には問題なかったのですが、今の私はレイモンの体にしか頼れませんので。ご迷惑をおかけします」
「え? なんで半身不随に?」
「以前、少女に短剣で眉間を刺されましてな。それが原因です」
「あ……ああ、そうだったんですか……お大事に」
その少女には心当たりがある。
心当たりがありすぎる。
その時の光景を、俺は真横で見ていたしな。
……今は黙っておこうか。
「そんで? これからどうすんだよ。直人がいねえんじゃ、どうやって人間界惑星帰るんだ?」
珍しくまともなことを言った村上。
それに関してはやはり、ガルーダを呼ぶしかないだろう。
ガルーダのお迎えが来るまで、俺たちはどこかに隠れ続けるしかない。
「心配は無用。我々がガルーダに救難信号を出しておいた。すでに魔界惑星周辺にまで迎えが来ていることだろう」
「え? あ、ありがとうございます」
「アイサカ司令殿、魔力通信を寄越してみたまえ」
トメキアはいつの間にそんなことをしていたのか。
これは助かる。
さっそく、彼女の言葉に従って魔力通信を寄越してみよう。
「こちら相坂。フォーベック艦長、聞こえてます?」
《こちらフォーベック、よく聞こえてるぜ》
「詳細は後で説明します。ともかく、急いで小型輸送機を――」
《とっくに小型輸送機は配達中だ。特典としてスチア付きでな》
素晴らしい。
さすがは話の早い男である。
トメキアとフォーベックのおかげで、脱出準備の半分は終わった。
後は、俺たちが決めることだけだ。
「じゃあ、合流地点は……」
「魔王城の隣に建つ高層ビル。あそこはこの街で最も背の高い建造物だ。そこの屋上を合流地点にするのはどうだろうか」
「なるほど、じゃあそうしましょう。フォーベック艦長、小型輸送機は、魔界首都で最も背の高いビルの屋上に寄越してください」
《了解》
よし、合流地点も決まった。
ならば次は、その合流地点に向かうだけ。
すぐに行動を開始しよう。
高層ビル(ネリーヒルズというらしい)の入り口までは、トメキアが案内してくれた。
魔王城とビルは連絡橋で繋がっており、移動に苦労はない。
久保田が追っ手を仕向けることもなかったので、苦労など微塵もない。
俺たちは楽勝で、高層ビルに到着した。
「我々が案内できるのはここまでだ。どうやら魔王親衛隊が動いたらしい。すまないが、我々があなた方と一緒にいるのを見られる訳にはいかない。屋上までは、どうか自力で向かってくれ」
高層ビルに到着するなり、トメキアがそんなことを言った。
魔王親衛隊がどのようなものかは知らんが、講和派勢力にとって不都合なものなのだろう。
可能ならば最後まで一緒が良かったが、仕方がない。
「分かりました。ところで――」
「俺たちだけでも十分だ! トメキアさん、ここまでありがとな!」
「うむ、ムラカミ司令殿は頼もしい男だ」
「俺に任せとけ! 相坂の野郎も俺が守ってやる!」
美人のトメキアに褒められたおかげか、村上のテンションがおかしくなった。
話を遮られたのもあって、俺は村上に対するストレスが増している。
これは面倒なことになる予感。
「ところで、降伏文書はどうします?」
「それはアイサカ司令殿がパーシング公に渡してくれ」
「了解です。それでは、今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
彼女の言う通り、降伏文書はパーシングに渡すのが正解だろう。
佐々木が死んだ今、あの文書がどれだけの拘束力を持つのか分からない。
正直なところ、使い道の難しい文書になってしまった。
パーシングならきっと、それをうまいこと使ってくれるはず。
「屋上までは階段を使いたまえ。その方が人目につかない」
最後までアドバイスを忘れることなく、トメキアは俺たちから離脱した。
頼れる美人なエルフ族筆頭のアドバイスには、従うべきだろう。
トメキアと別れた俺たちは、すぐに階段を上って屋上まで向かった。
ビルの高さは210メートル、屋上までの道のりは長い。
それを階段で登るのだから、どれだけの疲労に襲われるかは想像を絶する。
しかし俺たちは魔力が使える。
魔力とは便利なもので、重力魔法を使えば、息を切らすことなく階段を上れてしまう。
体にかかる重力を減らし、1度のジャンプで10段以上の階段を上る俺たち。
メルテムは村上に背負われ、ミードンはいつも通りロミリアの肩に乗っている。
階段を飛び跳ねるのはアトラクション性が高く、村上は随分と楽しそうにしていた。
かくいう俺も、そこそこ楽しい。
普通は足が動かなくなるような段数を、一瞬で、スキップ感覚で乗り越えられるからな。
意外とクセになるかも。
ビルの最上階である50階に到達したのは、階段を上りはじめて約3分後だ。
階段はここで途切れており、屋上までの階段は別の場所にあるらしい。
そちらを探すため、俺たちは50階を彷徨う。
どうやら50階は展望室になっているらしく、360度を見渡せる設計になっていた。
俺たちを囲み込む窓ガラスの先を見ると、まるで天空にいるかのように錯覚してしまう。
魔王城は真下を見なければ、その姿を見ることすらできない。
遠くに視線を移すと、一目で厳しいと分かる、赤茶色の地上が遥か先まで続いている。
高層ビルからの景色って、ファンタジー世界よりもすごいな。
「動くな! 貴様ら、名を名乗れ!」
地球文明による建造物からの、ファンタジー世界の景色。
そんなものに心を奪われていた俺は、いつの間にか謎の集団に包囲されていた。
ガスマスクのような仮面で顔を隠した、全身黒ずくめの鎧に身を包み込んだ集団。
見るからにヤバそうな集団が、剣をこちらに向けている。
美しい光景に心を奪われている暇はなさそうだ。
「まずは自分から名乗るのが普通だろ! てめえらが名乗れ!」
テンションが上がったままの村上が、無謀にもそんなことを言う。
できれば相手を刺激したくないんだが。
もうちょっと穏便に事を済ませたいのだが。
「名を名乗れと言ったのだ! 早く名乗れ!」
「まあ良い。相手は魔王様を襲うようなイカレだ。我々のことも知らんのだろう」
そう言って集団の中から現れたのは、龍族の男。
彼だけはマスクをしていないし、服装の柄も違う。
きっとリーダーか何かだろう。
つうか、イカレ扱いはひどくない?
「我々は魔王親衛龍族隊である。我が名はゼルドア=ノラビアン、親衛隊隊長だ。魔王様を襲った罪で、貴様らを処罰する」
あ、トメキアが言ってた親衛隊ってコイツらか。
もう追いつかれたのかよ。
まったく、面倒事が増えていく。
いかにもヤバそうな集団を前に、俺やリュシエンヌは戦闘態勢に移行した。
だが単純バカは、やはり単純バカであった。
「俺は異世界者、村上将樹! 最強の男だ! コイツも異世界者で、名前は相坂守、クソ野郎だ!」
馬鹿正直に自分の正体と、なぜか俺の正体をバラしやがる村上。
それじゃ、どうぞ攻撃してくださいと言っているようなもんだ。
ここはどう考えても、スチアたち救助隊の到着まで時間稼ぎをすべきところだろ。
「アイサカ? あなたがか? 我らのジェルン様を殺した、アイサカなのか?」
どうしたのだろうか。
固い表情をしていたノラビアンが、突如として目を輝かせはじめた。
嫌な予感しかしない。
というか、ジェルンって誰だっけ?
「ジェルンは、以前にピサワンに現れた、魔界軍の将軍ですよ。彼を倒す時は、アイサカ様が全ての魔力を使い切って、私も消えちゃったのに、なんで忘れちゃうんですか?」
「ああ、アイツね。アイツは手強かった」
「もう……」
俺の考えを読み取り、ロミリアが教えてくれた。
ジェルンといえば、あの冷酷な現実主義者だ。
その名前が出てくるということは、やっぱり嫌な予感しかしない。
「このようなところで出会えるとは……。我々は、あなたに畏敬の念を抱いている者たちです」
「は?」
「この世の現実を具現化したようなジェルン様。それをあなたは、打ち破った。あなたは、現実を超越した存在だ。我々があなたを敬い、恐れるのも当然です」
このノラビアンってヤツ、中二病に冒された面倒な人であるのは一目瞭然だ。
嫌だな、そんなヤツに畏敬の念を抱かれるなんて。
一種の呪いみたいなもんだぞ。
なんとかならんものか。
「そ、そんなに畏敬の念があるなら、見逃してくれない?」
「見逃すだと? あり得ん! 我々はあなたを打ち倒すことで、現実を超越する。ジェルン様を超えるのだ! 親衛隊、異世界者を討ち取れ!」
ああ! 余計に事態を悪化させちまった!
親衛隊のヤツら全員が、剣先を俺たちに向け、突撃しようとしてやがる。
対してこっちは、リュシエンヌ以外は近接戦闘の素人。
大量の魔力でごり押しすればなんとかなるだろうが、切り抜けるのは厳しいだろうな。
正直、親衛隊の殺気を感じ取る限りでは、勝機は少ないと思う。
ちょっとヤバいか。
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