第85話 王位継承者決定会議2

 ミードンのおかげで静かになる議場。

 この隙を逃さず、アダモフが会議を進める。


「どちらが後継者にふさわしいかを決めるため、双方の主張を推薦人から聞く。ユーリ様の推薦人代表は私だ。私から主張しよう」


 おっと、ユーリ派閥代表はアダモフか。

 良かった、あの口の悪いじいさんばあさんが代表じゃなくて。

 しかし同時に、手強そうなのを相手取ることにもなるぞ。


「グラジェロフ憲章には、原則として長子が王になる権利を持つとされているが、ニコライ様長子のヤコフ様、その長子であるリナ様は女性。女性が王になるのは、憲章で禁じられている。ならばヤコフ様の第2子で、長男のユーリ様が王になるのは当然のことだ」


 まあ、その通りだ。

 憲章に従えば、ユーリを王様にするのが妥当だろう。

 〝普通〟だったらな。

 

「加えて、ニコライ様の息子たちは全員が王位継承権を破棄しており、さらにヤコフ様の男児はユーリ様ただお1人。姫様方も当然、王位継承権の主張を行っていない。リナ様以外に王位継承権を主張する者は、すでに誰1人として存在しないのである」

 

 なぜ全員が王位継承権を破棄したのか。

 そこをアダモフが説明することはないだろう。

 王族がこぞって欲に目が眩み、リシャールに飼いならされたなんて、口が裂けても言えない。

 本当は問題視しなきゃいけない話だと思うけど。


「ユーリ様が王になれば、我が国の伝統と憲章を守ることにもなる。伝統と憲章に則り、真の正当性を持つ王位継承権を持つのは、ユーリ様をおいて他にいないであろう」


 はっきりと言い切るアダモフを、議員たちの拍手の音が包み込む。

 正直なところ、アダモフの言っていることは完璧だ。

 これを言われては、誰もがユーリを王にすることに賛成するだろう。

 やはりリナを王にするのは、厳しいかもしれない。

 

「では続いて、リナお嬢様を推薦する私から、お嬢様の王位継承権の正当性を主張しましょう」


 ルイシコフの出番だ。

 議員たちは、悪魔でも見ているような表情をしている。

 このアウェー、切り抜けられるかどうか。

 

「お嬢様に懐くこのぬいぐるみ。見た目こそぬいぐるみですが、中身はまさしく猫様であらせられます。フライングスピリットとして彷徨っていた猫様が、このぬいぐるみに憑依したのです」


 ミードンに関する説明に、議場がどよめいた。

 議員たちにとっても、ミードンの存在は神様そのものなのだ。

 絶対に逆らってはならない存在。

 グラジェロフの大切な〝伝統〟を前にして、議員たちの勢いが薄れる。


「そんな神様に懐かれるお嬢様。これは、ピシカ教に伝わる聖者サラリナを彷彿とさせます。図らずもお嬢様は、サラリナと同じリナの名を持つ人物。まさしくお嬢様は、グラジェロフの伝統にふさわしい方と言えるでしょう」


 ここで初耳の単語が出てきた。

 聖者サラリナってどんな聖者なんだろう。

 ネコが憑依したぬいぐるみを連れて歩く聖者なのかな?

 ……それってロミリアじゃないか。

 グロジェロフの聖者様になれるよ、ロミリア。


 まあともかく、うまいことリナを〝伝統的な人物〟にしたもんだ。

 実際、少数ではあるが、議員の中には頷く人もいる。

 何よりアダモフが熱心に話を聞いている。

 ルイシコフの敏腕は健在のようだ。


「我が国の憲章には、神に選ばれた人物が王にならなければならないと書かれております。この点に関して、お嬢様には正当な王位継承権が存在し、グラジェロフはお嬢様を王にする義務が生じたと言って良いのではないでしょうか」


 終止落ち着いた様子で、朗読のように自らの主張を口にしたルイシコフ。

 拍手はないが、議員たちの反応は様々だ。

 納得する者、答えを決めかねる者、納得はせずとも考える者。

 アダモフは答えを決めかねる者だろう。

 だが結局、声の大きな反応が目立ってしまう。

 

「憲章では、女性が王になることは禁じられているだろう!」

「リナが聖者? 憲章の破壊者の間違いでしょ? ピシカ教への冒涜よ!」


 そろそろこの強烈なヤジにイラットしてきたぞ。

 久保田も怒りを抑えてるはず。

 なんでここまで言われて、リナとルイシコフは平気なんだろう。

 今まで、どんな人生を送ってきたのやら。


 反論、というよりも糾弾してくる議員と学者たち。

 しかしルイシコフは、それらにも冷静に反論しようとする。


「確かに、憲章では女性が王になることは禁じられています。これについては――」

「憲章の改正は許さん! お前は本当に憲章を壊すつもりか!」

「破壊者め! 悪魔め!」


 ルイシコフの話を遮って、議員と学者たちが怒りの声を上げた。

 彼は憲章の改正なんて、一言も言っていないんだがな。

 正直この調子じゃ、憲章改正なんて夢のまた夢かもしれん。


「私も憲章の改正については承知できない。それは我が国の伝統を破壊しかねん。憲章こそが我が祖国だ」


 どうやらアダモフも、憲章を改正したくないらしい。

 これじゃ、改正に必要な3分の2の同意は、絶対に得られないだろう。

 さて、ルイシコフはどう説得する。


「話は最後まで聞いていただきたい。私は、憲章を改正せずとも、お嬢様は王位に就けると考えております」

「それは、どういうことだ?」


 予想外の言葉だったのだろうか、首を大きく傾げるアダモフ。

 というか、ルイシコフの言葉は俺にとっても予想外だった。

 ルイシコフの考えることは何か。

 俺もアダモフもそれを知るため、熱心に耳を傾ける。


「我が国の憲章は、ピシカ教の教えに従い作られています。ということは、ピシカ教の神の決定を優先するのが道理かと」

「まさか……神に選ばれたリナ様は、女性が王になってはならないという条文の適用外だと言いたいのか?」

「その通りでございます」


 なるほど、神であるミードンを憲章よりも上の存在とするのか。

 しかしそれって、無理矢理な解釈にも感じる。

 それを言い出したら何でもありになっちまうからな。

 国が危機に陥っても憲章を改正できない現状、仕方ないんだろうけど。


 いやはや、こんな強引な解釈をするなんて、ルイシコフはそこまでしてリナを王にしたいのか。

 まあ、彼はリナを10年も見守ってきたんだ。

 自分の娘のような存在を王にしたいという気持ちは、分からなくもない。

 

「女性が王になるのを禁じるのも、ピシカ教の教えに従っているのだぞ!」

「そうよ! ピシカ教を利用するだなんて、許せませんわ!」

「やはりリナは下賎の身。憲章を破壊しなければ王にもなれぬのだな」


 ここぞとばかりに、議員と学者たちが声を荒げはじめた。

 やっぱり苦し紛れの無理矢理な解釈。

 これを押し通すのは難しいだろう。

 苦しい局面だ。


 その後、リナが王になる正当性を、ルイシコフは必死に訴え続けた。

 だが勢いを取り戻した議員と学者たちによって、押され気味に。

 ユーリ派閥にも熱心に話を聞いてくれる人はいるが、声の大きさで負けてしまう。

 最終的に話し合いは進まず、今日の会議は終わってしまった。

 会議自体は明日も続くらしいが、こりゃきつい。

 何よりあの罵詈雑言、俺の精神も限界寸前だ。


 会議が終わった後。

 俺と久保田は昨日の鬱憤を晴らしていた。


「あのジジババ共、なんなんだよ。何が伝統と憲章を壊すなだ。あいつらの罵詈雑言が伝統と憲章を汚して、国を滅ぼそうとしてんだぞ」

「リナさんはよくあんなのに耐えられますよね。僕も怒りを抑えるのに必死でした」

「ルイシコフもルイシコフだ。リナの王位継承権の正当性じゃなく、必要性を訴えれば良いのに」

「そうですけど、相手はリナさんの正当性を要求しています。今は相手の要求を満たさないと」

「あの口汚いジジババの要求なんて、満たしたところで意味はないでしょ」

「手続きは大事です」

「まあな。でも、国の危機なんだぞ?」

「ええ、だからこそリナさんが王になる正当性と必要性を認めないあの人たちを、僕は信用しません」


 こうして話していると、俺も久保田も随分とストレスが溜まっているのに気づく。

 相手の罵詈雑言について、罵詈雑言交えながら声を荒げてるもんな。

 それに比べて、リナとルイシコフが声を荒げているところは見たことがない。

 あの2人こそが、一番正しい態度を示していると言えるだろう。


「相坂さん、気をつけましょう。リナさんを嫌う人たちは異常です。もしかすると、いきなり襲ってくる可能性もあります。リナさんを守るためにも、護衛の仕事はきちんとしないと」

「ああ、そうだな」


 久保田の言うこと、何も間違っていない。

 憲章を守ろうとする人々の中には、明らかに狂信者が存在する。

 狂信者ほど危険なものはない。

 神経を研ぎすまして、リナを護衛するべきだろう。

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