第84話 王位継承者決定会議1

 しばらく行方不明であったリナ王女が、神(ミードン)を連れて父の葬儀に現れる。

 この情報は瞬く間にグラジェロフ中に広がり、国民の知るところとなった。

 意外だったのは、リナの人気が決して低くないことだ。

 国民には概ね好意的に受け取られ、歓迎の声も届いている。

 よく考えりゃ、リナは暗殺計画が企てられた人物だ。

 それだけ影響力があるのだろう。


 ルイシコフについては、様々な〝ウワサ〟を呼び込んでいる。

 というのも、ルイシコフが異世界者の使い魔になったというのは、学者や知識人、政府では常識。

 そのため、久保田がリナを支援しているという情報が、葬儀の数時間後に世間に広まる。

 久保田は元老院によって『魔族の手下』とされているため、これは明らかなネガティブキャンペーンだ。

 おそらくはリシャールが、裏で手を引いている。


「リナさんはすごい方だったんですね。国民の反応を見て、改めてそう思いました。こうなると、僕も張り切って彼女を守らないと」


 そう言ったのは、紛れもない久保田である。

 どうも彼は、リナを守ることに執着しているようにも思える。

 正直言ってしまうと、張り切り過ぎなのだ。

 これ以上に張り切られると困る。


 そんな友達に対する愚痴を、俺はロミリアとフォーベックについ漏らしてしまった。

 すると驚くことに、2人の回答が一致する。


「アイサカ様、気づいてないんですか?」

《おいおいアイサカ司令、鈍感すぎやしねえか? ありゃどう見ても、アレだろ》


 どうやら俺が気づいていないアレがあるらしい。

 なんだろうか、アレって。

 まあいいや、任務に集中しよう。

  

 葬儀の翌日、グラジェロフ城にて会議が行われることとなった。

 憲章では王位継承権を主張する者が2人以上いる場合、1人が王の長子だとしても、会議で王の継承者を決定しなければならないと規定されている。

 今回はリナが自らの王位継承権を主張したため、会議が開かれるのである。


 ニコライはどうやら、脳卒中っぽい症状で突然、植物状態になってしまったらしい。

 おかげで遺言書が残っておらず、後継者に関するニコライ本人の意思も不明。

 そのためニコライが死亡するまでの間、数人の人間が王位継承権を主張し、何度も会議が開かれたとか。

 

 しかし王位継承権を主張した人間のほとんどは、権力を欲する人々。

 国のために王になる、という人物は少なかったとか。

 リシャールはそんな彼らを利用した。

 ユーリを王にするため協力すれば、ある程度の地位を与えると約束したのである。

 するとどうだろう。

 王位継承権を主張する人間は、一気に消えていった。


 そんな中、王位継承権を持つ人間としてはリナただ1人が、リシャールの野望に気づく。

 彼女はグラジェロフを守るため、ルイシコフと共に王位継承権を主張しようとした。

 だがその直前、ルイシコフが異世界者召還の生け贄に選ばれ、王位継承権主張は頓挫。

 リシャールからも目を付けられ、命を狙われる羽目になる。

 はじめてリナと出会ったとき、彼女が異常に機嫌が悪かったのは、ここに要因があったのだ。


 ついでに、リナがなぜグラジェロフ政府内で疎まれていたのか。

 それについては、ルイシコフが教えてくれた。

 

 リナのお母さんは、ヤコフの最初の奥さんである庶民出身の女性だ。

 伝統主義的なグラジェロフでは、王子と庶民の結婚など異例中の異例。

 学者や知識人が一斉に抗議し、伝統の破壊であるとして、学生を中心としたデモが発生する騒ぎに発展した。

 それでもヤコフは構わず、リナが生まれる。


 とても庶民的なリナのお母さんは、最初は拒否されながらも、グラジェロフで徐々に親しまれる存在となった。

 国民に受け入れられ、愛され、王族内でも影響力を増していくリナのお母さん。

 それを学者や知識人は気に入らず、それは学界の影響が強い政府も同じであった。

 この辺りから、毎日のようにリナとリナのお母さんに嫌がらせが横行するようになる。

 リナの人を疑う癖ができたのも、この頃なんだろう。


 リナのお母さんは精神的に追いつめられ、10年前に衰弱死。

 さらにヤコフが再婚、相手は貴族出身の女性で、長男であるユーリが生まれた。

 それ以降のリナは、政府内で下賎の身として遠ざけられるようになる。

 これを憂い、ニコライはルイシコフをリナのお目付役に任命したそうだ。

 

 ルイシコフは当時から、現実より伝統と権威を優先する政府に疑問を抱いていたらしい。

 そのためリナがそうならぬよう、徹底的に教育したという。

 結果、リナは伝統と権威にとらわれない優秀な政治能力を得て、さらなる嫌がらせを招いた。

 

 要は下賎の身が生意気だ、というだけでリナは政府内で嫌われているのである。

 ルイシコフからこの話を聞いて、俺ですらさすがに憤った。

 俺がそうなるぐらいなんだから、久保田の怒りは凄まじい。

 アイツは今にも政府に乗り込みそうな勢いで、その怒りを爆発させていた。

 リナが止めてくれたから良かったものの、久保田のこういうところ、危ないな。


 ともかく、ここまでの経緯とリナへの視線は、以上の通りだ。

 国民から愛されるリナも、政府や学界には嫌われている。

 そして後継者決定のための会議は、政府や学界の人間たちによって執り行われる。

 なんとも波乱の予感。


 鎧で顔を隠した俺と久保田は、護衛として会議に参加できた。

 ロミリアとスチアは、ガルーダと共同で怪しい人物がいないかの監視だ。

 リシャールや共和国騎士団団長のパトリスが近くにいる現在、油断はできない。


 会議を行うグラジェロフ城議場は、石壁に包まれた重苦しい部屋。

 装飾はなく、唯一の飾りは国旗と王族の紋章ぐらいか。

 この小学校の教室程度の広さの部屋に、50人近くの議員と学者が集まっている。

 幼いユーリと若々しいリナは、どことなく浮いた存在だな。


「無粋な騎士を連れ込むなんて、やはり伝統が理解できていないわね」


 議場にリナとミードン、ルイシコフ、俺たちが入るなり、1人のおばさんがそう言った。

 分かりやすい嫌みだ。

 だがそれを諌める者は一切おらず、それどころか多数の人間が後に続きやがる。


「あの敏腕ルイシコフも、落ちたもんだ」

「こんな下賎な輩のために会議を開くなんて、それ自体が伝統の破壊だろう」

「私たちが守ってきた憲章と伝統、リナなんかに壊させはしません!」


 なんだコイツら。

 良い大人が19歳の目上の少女に対して、罵詈雑言を浴びせかける。

 コイツらホントに議員や学者なのか?

 これがグラジェロフの伝統を守る人間の姿なのか?

 大丈夫なのかよ、おい。


 ただし、ミードンに罵声を浴びせる人はいない。

 さすがに神様には遠慮をするようだ。

 できれば人間にも遠慮してもらいたいところである。


 一方で、リナは嫌みに対し気にするそぶりを見せない。

 相手をしても意味がないと判断したか、ただ単に慣れているだけなのか。

 その両方かもしれないな。


「静粛に。汝らの気持ちも理解するが、会議は行わなければならぬ」


 リナとルイシコフが席に座ったのを見て、ユーリの隣に座る男がそう放つ。

 否定まではしていないが、はじめて罵詈雑言を鎮めようとする言葉。

 さすがに全員が全員、おかしい奴って訳じゃないようだ。


「彼はグラジェロフ議会議長のレオニード=アダモフです。ユーリの支持者筆頭ですが、話の通じる人物。彼さえ納得させられれば良いのですが……」


 人物紹介をしてくれたルイシコフ。

 罵詈雑言を平気で口にする老人たちとは違って、アダモフはクールな印象だ。

 歳は分からないが、しわの数が少ないため若く見える。

 議会議長なんだからそれなりの年齢なんだろうけどさ。

 まあ、話の通じる人がいて良かったよ。


「では、王位継承者決定会議をはじめる。ユーリ=シュリギン、汝はピシカ教と憲章に従い、自らがグラジェロフの王となる覚悟を、誓いますか?」

「はい! 誓います!」


 子供らしい、元気の良い挨拶。

 これに議員や学者たちが、一斉に笑顔を振りまいて拍手をした。

 まるで運動会の宣誓を聞いた、おじいさんおばあさんのような反応だ。

 ユーリはご満悦のようだが、俺は危機感満載である。


「リナ=シュリギン、汝はピシカ教と憲章に従い、自らがグラジェロフの王となる覚悟を、誓いますか?」 

「誓います」

「憲章を破壊する存在の誓いなんて、信じられないね」

「もうよい。こんな会議は時間の無駄だ!」


 いつもより透き通った、美しいリナの声。

 しかしそれに返されるのは、相も変わらず議員と学者たちの罵詈雑言。

 さっきまでのユーリに対する笑顔はなんだったんだろう。

 もう滅茶苦茶だ。


「ニャァァア!」


 たまらずミードンが叫ぶ。

 すると、なんということでしょう。

 真っ赤な顔で罵り言葉を口にしていた老人たちが、一瞬で黙ったではないですか。

 さすが神様だ。


 にしても、思った以上にグラジェロフ政府は腐ってる。

 もはや面倒を通り越して、関わりたくないレベルだ。

 この会議を切り抜けるのは、至難の業だろう。

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