第83話 葬儀
グラジェロフ北方のヴァリンスク山脈。
サルローナの砂漠地帯南方にあるこの山脈は、平均標高が約5000メートルという険しい山脈だ。
そのため砂漠の近くでありながら、冬になると厳しい雪原地帯となる。
そんな場所に、スザクは超高速移動を使ってやってきた。
2月2日の今日は、雪が降りしきる非常に寒い日。
しかしそれは、巨大な戦艦を隠すには最適な気候である。
山と山の隙間に着陸したスザク。
そこから小型輸送機で、俺たちはグラジェロフ王都に向かった。
王都に向かうのは、俺とロミリア、ミードン、リナ、ルイシコフ、久保田、スチアの7人。
オドネルらはスザクの留守番、フォーベックら俺の艦隊は、人間界惑星上空でこちらを監視だ。
ついでに、スザクには6万MP分の魔力カプセルを渡しておいた。
これによりいざとなったら、スザクが超高速移動でこちらまで移動し、そのまま逃げることもできる。
まあ、それは最悪の状況だろうから、使うことはないだろうけど。
スザクを出発して2時間もかからぬうちに、グロジェロフ王都が見えてきた。
青白い屋根が一般的で、どことなく冷たい街並。
狭い盆地に多くの建物がぎっしりと詰め込まれ、空から見ると窮屈な印象。
中心部、特に城の周辺は、おそらく歴史の古い建物なのだろう。
石壁は茶色く濁り、雨垂れに汚され、廃墟のような建物が軒を連ねる。
だが、獅子を模した美麗なグラジェロフの国旗がそこに掲げられ、建物が今もなお使われていることを証明していた。
現役と廃墟の間に存在する、なんとも荘厳な街だ。
グラジェロフ王都は標高4300メートルの盆地に位置する。
なんと富士山よりも高い場所だ。
当然、その厳しい環境が街の発展を阻害している。
しかしこの場所は、グラジェロフ憲章が王都として定めた場所。
どんなに不便だろうと、遷都することは許されないらしい。
さて、俺たちの乗った小型輸送機は王都近郊に着陸する。
小型輸送機を降りて外に出ると、そこには、黒い鎧を青のマントで覆い隠した騎士が数十人ほど立っていた。
俺とスチアは咄嗟に戦闘態勢に入る。
「お持ちを。彼らは共和国騎士団の中で、我らに賛同する騎士たちです」
剣を抜こうとしていた俺の肩を掴み、そう言ったルイシコフ。
その隣にはリナの姿が。
彼女の姿を見て、騎士たちは全員がその場に跪き、頭を下げる。
そして先頭にいる隊長のような男が、兜を脱いで口を開いた。
「我々は祖国をヴィルモンの手から守るため、リナ王女のもとに馳せ参じました」
「ご苦労様。貴殿らの忠誠に感謝する」
「ありがたきお言葉」
口ひげを生やした、紳士のような見た目の初老の隊長。
リナは彼に対し、威厳と気品に溢れた雰囲気で歓迎の言葉を口にする。
すごい、いかにも王族と騎士って感じの光景だ。
もしかして異世界に来てはじめてじゃないか、こういうのを間近で見るの。
その後、俺たちは簡単な挨拶を済ませ、騎士たちが用意してくれた馬車にすぐに乗り込んだ。
リナが乗るのは、4頭の馬に引かれる、黒に金の模様があしらわれた豪華な馬車。
愛称はキャデラックで良いだろう。
護衛である俺たちは、ただの四角い黒い馬車に乗った。
こちらの愛称はシボレーで良いかな。
1台のキャデラックと2台のシボレー、そして馬にまたがった18人の騎士たち。
これで一応、『次期女王様候補』の馬車列が整った。
見た目的には立派だし、そこにリナが乗っているとなれば、グラジェロフ中が大騒ぎすること間違いなしだな。
さっさと葬儀の場に向かおう。
ところで、2月の王都はかなり寒い。
そこで俺たちは、軍服のコートを着用中だ。
膝下までの長い丈を持った、真っ黒なトレンチコート。
対してロミリアの着る女性ものは、ベージュ色でオシャレな見た目だ。
なんだか軍人感がさらに増し、ファンタジー感がさらに後退した気がする。
暖かいので別に良いけど。
馬車列は王都に入り、王の葬儀が行われている城へと向かう。
道中、街を見渡しても人の姿は見当たらない。
店も全てが閉まっており、至る所に半旗が掲げられている。
いつもはもっと街にも活気があるのかもしれない。
しかし今は、王様が死んだことで、全ての国民が喪に服しているのだろう。
城に近づけば近づく程、人が多くなってきた。
喪服に身を包んだ人々により、城の周りは黒く染められている。
そのせいか、ただでさえ古く暗い雰囲気のする建物が、余計にそう見えるぐらいだ。
一方で、グラジェロフの守衛がリナの存在に気づき、焦りはじめている。
暗殺計画が噂され、1ヶ月もの間行方不明だった第1王女の帰還。
これからユーリが王になるという時の、リナの帰還。
焦って当然だろう。
「ミードン、大丈夫かな……」
そう呟いて、膝を抱えるロミリア。
ミードンはリナと一緒にキャデラックに乗っているため、シボレーに乗る俺たちとは離ればなれなのだ。
いつも肩に垂れ下がっていた小動物がいないため、ロミリアは寂しそうである。
ここは俺が、彼女の寂しさと不安を取り除くべきだな。
「心配する必要はないと思うよ。アイツ足が速いから、危機が迫ったら一目散に逃げると思う」
「いえ、そういうことじゃなくて、リナ殿下に迷惑かけてないかなって……」
「ああ、そっちね。そりゃ……うん……大丈夫だと思う」
「そんな疑念たっぷりに大丈夫って言われても、安心できませんよ」
はいはい、いつもの展開ですね。
最終的にロミリアをさらに不安にさせる、俺の謎のスキル発動です。
ただし今回は、寂しさだけは取り除けたらしい。
お約束の展開に、ロミリアは小さな笑みをこぼしている。
《こちらガルーダのフォーベック。そっちの馬車の位置を確認した》
いきなり届いたフォーベックからの魔力通信。
彼は人間界惑星上空で、監視衛星のような役割を担ってもらっている。
近くに怪しい影が近づけば、ガルーダからすぐに連絡が来るようにしているのだ。
「こちら相坂、そのまま監視を続けてください」
《了解。人が多いんで大変だが、まあ任せろ》
《スザクのオドネルだ。アルノルト、我々にも情報をくれないか?》
《はいはい》
今回、スザクにはなんの任務も与えられていない。
オドネルらは、リナが無事に王または後見人に就任し、久保田が魔界惑星に帰るまで、スザクを守るだけだ。
正直なところ、暇だろうな。
民衆をかき分け、守衛の指示に従い、葬儀場に向かう馬車列。
そろそろ共和国のお偉いが集まる場所だな。
お尋ね者の俺たちは、身分を偽らないとならない。
そこで俺たちは、シボレーの中で共和国騎士団グラジェロフ騎士の服装に着替えた。
はじめて着る鎧は、なんとも重く苦しい。
着替えて1分、すでに脱ぎ去ってしまいたいところである。
だがここは我慢だ。
任務のため、仕方ないんだ。
しばらくして、馬車列が止まった。
葬儀場に到着したらしい。
俺は外の様子を、鎧兜によって視界が狭くなったのに苦しみながら、必死に眺める。
場所は城の正門を入った大広場。
ガルーダ1隻ぐらいなら着陸できそうなこの場所に、何千人もの騎士団が整列している。
そして広場の一角には、共和国のお偉いが集まっていた。
遠望魔法を使って詳しく見てみると、ノルベルン王イヴァンの姿が見える。
それだけじゃない。
ユーリやリシャール、レイモン、パトリス、パーシングなどなど、豪華な面子だ。
セルジュ陛下の姿もあり、その隣にはヤンもいた。
各国政府の重鎮が、ニコライの葬儀に参加しているのである。
広場の真ん中には、騎士に囲まれ、白い花の中に佇む、国旗に包まれた巨大な棺が1つだけ。
あそこでリナのお父さん、グラジェロフ王ニコライ=シュリギンが、永遠の眠りについているのだろう。
どうやらニコライは、俺がこの世界に来た時にはすでに植物状態だったそうだ。
だから公務にも参加できず、俺はニコライの顔を見たことがない。
彼はどんな人で、どんな王様だったのだろうか。
これだけの国民が涙しているのだから、決して悪い王様じゃなかったんだろうな。
《お嬢様が馬車を降ります。周囲を警戒してください》
ルイシコフからの魔力通信による通達。
俺は彼に言われた通り、辺りを注意した。
ただし、なるべく存在が気づかれぬよう、俺と久保田、ロミリア、スチアはシボレーから降りない。
車外の警護は騎士たちに任せている。
警備は万全。
リナはゆっくりと、キャデラックを降りた。
喪服に身を包んだ彼女は、肩にミードンを乗せ、ルイシコフを連れて棺の前に向かう。
棺までは100メートルほどあり、そこまでは歩いていかなければならない。
当然、多くの人間がリナの姿を目にすることになる。
棺に向かって堂々と、しかし物悲しく歩くリナに、広場がざわついた。
広場のざわつきをものともせず、棺の前に立ったリナ。
彼女は自分の亡き父に向かって何かを呟いていた。
さすがにこの距離では、呟きの内容までは聞こえなかったが、リナの頬を涙が伝う。
きっと別れの挨拶なんだろう。
涙は流さずとも、ルイシコフも悲痛な面持ち。
長らく仕えてきた主の死だ。
彼の悲しみは計り知れないものである。
突如現れたリナとルイシコフの姿に、大広場のざわつきは収まらない。
ただこうして見てみると、あまり否定的なざわつきではなさそうだ。
むしろ父親を亡くしたリナ、主をなくしたルイシコフに対する同情を感じる。
ここにいる全員が敵ではないということか。
しかし俺は見逃さない。
ユーリの周りに陣取る集団。
あの集団だけは、リナに対して苦虫を噛み潰したような表情をしていたのを。
もちろんそこには、リシャールとレイモン、パトリスの姿もあった。
……レイモン大臣、マジで生きてんだな。
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