第62話 妥協点

 追放寸前の俺に、パーシングという救世主が現れた。

 俺の中でのイメージでは、ただの酒飲みで、しかも女好き、さらには口調の荒い王様であったパーシング。

 今はすごく格好良く見える。


「反対意見も聞かずに異世界者を追放は、どうかと思うが」

「まさしくその通りだ。反対意見を聞かせてみよ」

「では――」


 なんとなくだが、リシャールの小さな笑みが怪しい。

 あれはたぶん、こうなることを予想していたのかもしれない。

 反対意見を聞かなかったのはそのせいか?  

 パーシングが口を開くのを待っていたのか?

 分からん。

 

「マモル殿は、あんたらの言う通り確かに人間界惑星に侵入した。それは間違いないんだろ? 認めるんだよな?」

「あ、ああ」


 いきなり俺に質問を投げかけるパーシング。

 俺はすかさず頷いた。

 彼の言っていることは間違っていない。


「だとすると、元老院との取り決めには違反する。そこまでは俺も理解した。ただ、あんたらはマモル殿の大きな功績を見逃してる。まさかとは思うが、それはわざとか?」


 パーシングの視線は、今度はサルローナ王たちに向けられた。

 おじいさんばかりのこの議場で、セルジュの次に若い男。

 そして最も精悍な顔立ちの男。

 そんな彼に睨まれ、完全に黙り込むサルローナ王たち。


「何も言わないってことは、図星か。そう、あんたらはマモル殿を追い出したい一心で、大事なことを見落としているんだ。マモル殿による、俺たち元老院との取り決めを破ってでも、魔界軍の将軍を撃破したという、これ以上にない大きな功績をな」


 わお! 言いたいことを完璧に言ってくれた!

 事実を事実として口にする。

 すばらしいね。

 ただの酔っぱらいじゃないみたいだな、パーシングは。

 いや、ちょっと酔ってなきゃ、この場であんな堂々とサルローナ王に反論できないか。

 荒い口調に変わりはないし。


「そ、それがどうした! 魔界軍の将軍を倒したから何だというのだ!」


 サルローナ王による必死の反論。

 だが、ほとんど反論としての意味を成していない。

 こりゃ苦し紛れか。


「魔界軍の将軍が死ねば、向こうの動きは鈍くなる。そして俺たち人間界の戦勝が、一歩近づく。そのくらいは分かるだろ、頭を使え」

「な、なんだと!」


 やっぱり酔ってるのかな。

 最後にパーシングが放った一言が、サルローナ王を真っ赤にさせちまった。

 なんか前にも見たぞ、この展開。


「人間界の勝利のため、マモル殿は活躍した。これは大きな功績だ。それこそ、追放を許せるぐらいにな」

「ならん! 異世界者をここで許しては、絶対にならん!」

「うるせえな。いい加減にしろよご老体。宗教は大切だが、俺たちは戦争中だぞ? 異世界者は俺たち人間界にとって最強の武器だ。現実を見ろよ現実を」

「斬れすぎる刃は、必ず己が身をも斬りつけるぞ!」

「ったく、いくら説得しても無駄か……。リシャール陛下、ご意見を」


 不毛な言い争いにピリオドを打つため、リシャールに頼るパーシング。

 これ以上に審議を紛糾させないためにも、悪くない手だ。

 さて、リシャールはどのようなことを口にするか。

 さっきから口角を上げるヴィルモン王は、パーシングの意見になんと言うのか。

 

「パーシング君の意見はもっともだ。アイサカ君の活躍は、我ら人間界惑星にとって歓迎すべきものであり、感謝すべきものでもある。どうやらわしの目が曇っておったようだな」


 よし来た!

 やっぱりリシャールは理解してくれた。

 この人は怖いけど、能力は高いから信頼できて良い。

 

 にしても、目が曇っていたわりには、簡単にパーシングの意見に納得したな。

 しかも未だに微笑を浮かべている。

 もしや最初からこうなるのを分かってたんじゃないか、この人は。

 またしても、茶番劇を見せられてるのかもしれん。


「さすがはリシャール陛下! やはり陛下は素晴らしい!」


 あらら、さっきまで格好良かったパーシングが、いつも通りリシャールの太鼓持ちに戻っちまった。

 まあもしかすると、さっきのパーシングの言葉は、リシャールの書いた台本なのかもしれない。

 単にパーシングは、操り人形に徹していただけなのかもしれん。


「最後に、皆の意見を聞いた上でのわしの意見を述べよう」


 これでリシャールが俺を許せば、ヴィルモン派閥は全員が俺を許してくれる。

 そうすりゃ、俺を追放したい派閥は多数決で負ける。

 わりと緊張する瞬間だな。

 裁判ってこんな感じなんだろうか。


「アイサカ君の人間界惑星侵入は事実であり、これは罰さねばなるまい。しかし、アイサカ君は魔界軍の将軍を撃破するという、多大な功績を残した。そこでその功績を讃え、アイサカ=マモルへの罰を免除とする。どうかね?」


 決まった。

 俺は元老院に許されたんだ。

 一時はどうなるかと思ったが、なんとかなった。


「意義はありません」

「リシャール陛下に賛成」

「我々もリシャール陛下に賛成」

「良いでしょう。ヴィルモンの決定に従います」


 ヴィルモン派閥、ノルベルンら続々とリシャールの意見に従う元老院たち。

 先ほどまでは意気揚々としていたサルローナ王たちは、眠ってしまったかのように沈黙に包まれている。

 最後に残ったのは、グラジェロフだ。


「ユーリ王子、わしとサルローナ王、どちらの意見が良いかな」


 あの子はユーリという名の王子だったのか。

 それならグラジェロフの代表も納得だ。

 しかしなあ、子供相手だからか、いつもの姿からは想像できないような笑みを浮かべるリシャール。

 まるで好々爺だ。

 いつも怖い人が突如として優しくなったら、もう恐怖しか感じない。

 なんか気持ち悪いぞ。

 

「リシャールおじさんの意見の方が、怖くない!」

「そうか、それは良かった。おじいさんは嬉しいよ」


 そうだよな、顔を真っ赤にして、追放だの火あぶりだの言ってたサルローナ王たちは、子供の目から見たら怖いよな。

 責められる俺も怖かったもん。

 ある意味では当然の結果か。


 でも、子供は知らない。

 一番怖いのは、笑顔で優しくしながらも、実は腹に一物抱えてるヤツなんだ。

 お前だよ、リシャール。

 相手が子供だからって、人の国の王子を自分の意見に誘導しやがって。

 俺は助かったけど。


 ヴィルモン派閥、ノルベルン、グラジェロフまでもが俺を許す。

 こうなってしまっては、サルローナ王たちは口を挟めない。

 多数決という公正なジャッジに、勝てやしないからな。

 

 リシャールはユーリ王子に向けていた笑みを、一瞬で消した。

 そして元老院たちを見渡し、ゆっくりと口を開く。


「ではアイサカ=マモルの扱いについて、我々元老院は、魔界軍将軍の撃破を讃え、取り決め違反の罰を免除することとする」


 リシャールの宣言と同時に、小気味好い木槌の音が響く。

 俺の罰の免除が決定した、喜ぶべき音だ。

 一気に肩の力が抜ける俺。

 ロミリアなんかは安心しきったのか、今にも倒れてしまいそうだ。

 ずっと爪を噛み続けていたヤンも、いつしかいつもの軽い表情に戻っている。

 

「やはりリシャール陛下は素晴らしい。いや~素晴らしい!」


 尋常じゃないまでに太鼓持ちを続けるパーシング。

 だが今回は彼に感謝しなければ。

 彼があそこで反論してくれなきゃ、俺は危なかったのだから。

 まあ、リシャールの茶番劇の可能性が高いけどね。

 それでも、あそこでアレを言えるのは、酔っぱらったパーシング以外にいないだろう。

 うん? じゃあ感謝すべきは、パーシングを酔わせた酒なんじゃ……。


 審議が終わり、俺たちはさっさと帰ることにした。

 人間界惑星への進入禁止は解けてないから、早く出て行った方が良いだろうし。


「今回ばかりは、ボクもヒヤヒヤしたなぁ」

「でも良かったです。アイサカ様が元老院に許されて」


 ロミリアとヤンの会話。

 2人はよく喋るようになったな。

 いくら人見知りのロミリアでも、押しの強いヤンには心を開いたようだ。

 ただし気をつけろ、ヤンは邪な感情のかたまりだ。


 というような感じで、元老院ビルの廊下を歩いていた時である。

 俺たちの目の前に、なんと大臣を引き連れたリシャールが現れた。


「おお、ちょうど良いところにいた。実はアイサカ君、君たちに感謝しようと思っていたところだ。元老院では、君も分かるだろうが、いろいろと事情があってな」


 決して優しいとは表現できない微笑みを浮かべ、そう言うリシャール。

 俺の背筋は勝手に伸びる。


「魔界軍の将軍の撃破、我が人間界にとって多大な功績であった。これで我が人間界の勝利も近づく。よくやってくれた」


 俺の思った通り、元老院でのリシャールとパーシングは茶番劇だったんだろう。

 リシャールは最初から、俺のことを許す気だったんだ。

 茶番劇はたぶん、政治が絡んだ結果かな。


 にしてもまさか、リシャールに感謝される日が来ようとは。

 この人はやっぱり有能な人だ。

 さすが最大の国家ヴィルモンの王、そして共和国元老院議長である。


「わしが全てを一任できれば、君をもっと重用できるのだが……」


 怪しい笑みを浮かべ、そんなことを口にしながら、リシャールはその場を去っていく。

 どんな意図がある言葉なのかは分からない。

 しかし彼のおかげで、俺が元老院に許されたのも事実だ。

 これで俺たちも一安心である。

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