第63話 艦長の昔話

 11月初旬、艦隊の旗艦をダルヴァノに移し、俺たちは艦隊訓練を続ける。

 さすがに2度も実戦を経験したからか、ダリオとモニカの指揮は日に日に的確になっていった。

 夫婦だから息も合ってるし、とてもじゃないが元輸送機乗りには見えないぞ。

 2人は非常に頼れる存在である。

 というか、俺の艦隊はこの2人がいないと艦隊として機能しない。

 ダリオとモニカには、もっともっと優秀になってくれることを願いたいね。


 訓練を終え、マグレーディに帰還する俺たち。

 マグレーディの第1ドームは修理が進み、なんとか穴を埋めるところまでは完成している。

 国民が皆で力を合わせ、早期修復を目指しているのだ。

 一方で港には共和国艦隊の軍艦がさらに2隻増え、常時4隻が停泊するようになった。

 残念ながらマグレーディの傀儡化は進んでいるようだな。

 それでも国民は、エリーザらペナーリオ家を支え続けている。

 いやはや、ホントに良い人が多い国だな。


 港に着陸し、すぐさま城へと向かう俺。

 城に帰ってまずすることは、訓練の様子をフォーベックに伝えることだ。

 ところがである。

 肝心のフォーベックがどこにもいない。

 仕方がないので、片っ端からフォーベックの居場所を聞いてみた。

 

 しかし、なかなか見つからない。

 城で授業中のロミリアは、フォーベックの居場所を知らなかった。

 エリーザらとの定例会議に参加するヤンも、知らないそうだ。

 大臣たちも、メイドたちも、国民も彼の居場所を知らない。

 おいおい、フォーベックはどこに消えたんだ?

 

 最後に、スチアに聞いてみた。

 彼女は現在、マリアらに剣術を教えている。

 

「こうやって態勢を低くすれば、防御にも突進にも有利になるの。やってみて」

「分かりましたマスター!」

「やってみますマスター!」


 へえ、マリアとチッチョはスチアのことをマスターと呼んでいるのか。

 2人とも、スチアのことを本当に尊敬してるんだな。

 確かに、あの強さは尊敬に値する。


「ねえ、あれ持ってきてよコラ」

「はい! スチア様のためならば!」


 たった今、スチアの命令に満面の笑みを浮かべて従う男。

 あいつは人間界惑星を追い出された際、ガルーダ内部で魔力通信を妨害した男だ。

 どうやらスチアの恐怖の尋問を受けるうちに、彼女の狂信者になったらしい。

 ある意味では、マリアらと同じくスチアを尊敬する人間の1人だな。

 ああ怖い怖い。


「なあスチア、フォーベックの居場所を知らない?」

「艦長? さあ、知らない」


 そうか、彼女までも知らないのか。

 これじゃどうしようもないな。


「でも、もしかしたら湖にいるかも。艦長の趣味って釣りだし」


 おっと、ようやく有力な情報が出てきた。

 フォーベックが湖にいるかどうかは分からないが、行ってみる価値はある。

 俺はすぐに湖へと向かった。


 マグレーディには1つだけ、クレーターを利用した人口の湖がある。

 そんなに広い湖ではないのだが、不毛地帯の数少ない憩いの場だ。

 周りに建物は少なく、林に囲まれ、落ち着ける場所。

 ここにフォーベックはいるのか。


 少し歩くと、湖に釣り糸を垂らす男の背中が見えてきた。

 背筋が伸び、微動だにせず、釣り糸が反応するのを待ち続ける1人の中年男。

 あの背中には見覚えがある。

 自分の船が修理改造中のため、暇を持て余す艦長の背中だ。

 ちょっと、他人のフリをして後ろから話しかけてみよう。

 

「どうです、調子の方は?」

「ヘッ、1匹たりとも釣れやしねえ。アイサカ司令が来て、運が良くなりゃいいが」


 フォーベックは俺の存在に気づいていたのか、普通に返答してきた。

 なんだよ、背中に目でもあるのかよ。

 さすがは歴戦の艦長は違うな。


「で? 艦隊訓練の話か?」


 何度も言うが、フォーベックはいつも話が早い。

 俺の言いたいことを先に言ってくれて、スムーズに話が進む。

 だから彼との会話は楽で良い。


 俺は艦隊訓練でのダリオやモニカの様子を、事細かく伝えた。

 それをフォーベックは熱心に聞き、訓練のアドバイスまでしてくれる。

 やっぱりフォーベックは、俺なんかよりよっぽど司令っぽい。

 何も分からない異世界で彼と出会えたのは、ホントに幸運だった。


 そういや、俺をガルーダの司令に選んだのはフォーベック自身なんだよな。

 理由は俺のオーラが気に入ったとか言ってたが、実際の所どうなんだろうか。

 それだけじゃ、人間界惑星逃亡や数々の危険な任務に従ってくれた理由にはならない。

 良い機会だし、ちょっと聞いてみるか。


「あの、フォーベック艦長。なんで、俺なんかを司令に選んだんです?」

「なんだ急に。どうした?」

「いえ、異世界者の俺にそこまで親切にしてくれるのは、なぜかなと思って」

「理由がなきゃ親切にしちゃいけねえのか?」

「……じゃあ、やっぱり司令に選んだ理由はオーラが云々と」

「まあそれは間違っちゃいねえ。そうだなあ、ちょっと昔話をしよう」


 どうやら教えてくれるようだ。

 てっきり飄々とはぐらかされると思ってたんで、意外だぞ。

 フォーベックの昔話を聞くのはこれがはじめてだから、楽しみだな。


「俺がガルーダの艦長になったのは6年前だ」

「え! ガルーダの艦長って最初からフォーベック艦長じゃないんですか!?」

「ああ。昔の共和国艦隊は、2~3年で艦長が変わってたんだ。今みてえに艦長固定になったのは、エリノルさんが参謀総長に就任してからだな」


 新しい情報だ。

 そうか、フォーベックがガルーダの艦長になったのはここ数年の話なのか。

 よく考えたら当然だな。

 ガルーダ就役の15年前は、フォーベックはまだ20代だ。


「話を戻すぞ。俺が艦長に抜擢されたのは、まだ35歳の時だ。普通この歳じゃ、ガルーダの艦長なんて任せられるはずもねえ。にもかかわらず俺が艦長になったのは、ひとえに俺がすげえ能力を持ってたからだな」


 自分で自分を大いに褒める。

 半分冗談なのか、本気なのか。

 フォーベックの浮かべる笑みからは判断がつかない。


「で、俺がそんなすげえ能力を得たのには理由がある。それを話すと、俺が祖国の海軍で海賊退治をしていた頃にまで話が遡るな」


 彼の祖国はノルベルンだ。

 確かあの国は漁業が盛んな国で、精強な海軍が有名だったはず。

 海賊退治の話もロミリアから聞いた記憶がある。

 そうか、フォーベックはそれに関係しているのか。


「当時の俺は、ライナーと一緒にボルン艦隊旗艦の一水兵だった。軍艦での戦闘担当。軍艦っつても、海の上に浮かぶ軍艦だ」


 当時を懐かしみながらも、しかし淡々と話すフォーベック。

 俺は彼の話に釘付けだ。


「ノルベルン海域で漁船を襲う海賊を、ライナーと一緒にボコボコにしてやるのが日課。そんな俺たちには師匠と呼べる存在がいた。それが、ボルン艦隊の司令だ。司令ってのは総じて威張り腐ったヤツが多いんだが、あの人は違った」


 フォーベックの口調に尊敬の意が込められはじめている。

 それほどボルン艦隊司令は、彼にとっての大事な人なんだろう。


「あの人は、俺たちみてえな不良水兵にも積極的に接してくれて、軍艦の構造から戦略、なんでも教えてくれた。おかげで俺たちはめきめきと成長し、共和国艦隊に移った後も、その教えは大いに役立った。あの時の教えが、今の俺の艦長という地位を作り上げたと言っても過言じゃねえ」


 それはすごい。

 どうにもフォーベックが珍しく人を敬うわけだ。

 

「それで、今年の5月だ。アイサカ司令とはじめて会ったとき、俺は直感した。コイツにはあの人と同じオーラを感じるとな。コイツが司令なら、俺は従いたいと本気で思った。だからこそ、アイサカさんを司令に選んだわけだ」


 え、ちょっと待って。

 それはいくらなんでも持ち上げ過ぎじゃないか?

 俺なんて、司令なのにずっと教えられる立場じゃないか。


「その顔じゃ、どうやら困惑してるみてえだなあ」

「そりゃそうですよ。そんなすごい方と一緒のオーラなんて……」

「じゃあこう言えば納得するか? あの人は決断が早く、人に優しく、しかし愚痴っぽい。アイサカ司令との違いと言ったら、人間が好きか嫌いかだけ」


 あら、愚痴っぽかったんだ。

 ちょっと親近感が湧くな。

 それでもだ。


「人間が好きか嫌いかは大きいと思いますが」

「まあそうだな」


 この違いはあまりに大きい。

 俺じゃ、不良水兵なんてただ粋がるバカとしか思わないもん。

 部下だから仕方なく付き合ってやってるって感じでな。


 でもそうか、フォーベックが俺に従ってくれるのはそういう理由があったのか。

 ようやく納得できた。

 それに、ちょっとおこがましい気もするが、そんなすごい人と一緒のオーラなんて言われると、嬉しいもんだ。

 会ってみたいな、その人と。

 

「その方は今どうしてるんです?」


 俺の何気ない質問に、フォーベックの表情が変わる。 


「11年前、海賊の本隊にノルベルン海軍が総攻撃をしたことがあってな。だがその本隊は囮で、海賊はノルベルンの街を襲いやがった。あの人は街を救うため、1隻で海賊の船団に突撃、自分を犠牲に多くの国民を救った」

「それって……」

「今は海の奥底で眠ってるんだろうよ」


 つまり、死んだと。

 ……なんだか悪いこと聞いちゃったかな。


「あの、すみません……」

「なあに気にするな。軍人はいつでも死と隣り合わせだ。アイサカ司令も気をつけろよ。まあ、人間が嫌いな分、あの人よりもアイサカ司令の方がしぶといだろうなあ」


 そう言って、いつものようにヘッヘッヘと笑うフォーベック。

 するとその瞬間である。

 フォーベックの持つ釣り竿に反応があった。


「お、ようやく来やがったぜ」


 今までの話がなかったかのように、暇な艦長の意識は釣りに戻っていった。

 こう見ると、この人がガルーダの艦長だなんて信じられない。

 そこらにいるおっさんを渋くしただけだもん。

 

 でもまあ、今日は良い話を聞けた。

 これからも俺は、気を引き締めてこの世界を生き抜き、自分の決意に従おう。

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