第58話 夢

 1977年に公開された大ヒットSF映画、そのテーマ曲が耳元で鳴り響く。

 これはスマートフォンのアラームだな。

 目を開けた俺は、慣れた手つきでアラームを切る。

 時間は午前6時45分か。


 うん? スマートフォン?

 なんかすごく懐かしい電子機器というものを触ったぞ。

 というかそれ以前に、この部屋って俺の部屋じゃないか。

 俺が使い倒してるパソコン、1回だけ読んだきりの本、腰が痛くなるベッド。

 おい、まさか元の世界に戻ってきたのか?


 ともかく冷静になろう。

 ベッドから出て、すぐに自室を出る。

 リビングに行くと、そこには会いたかったあの人が寝ぼけていた。

 俺の母親だ。


「あ、久々に自分で起きてきた」


 何事もないように、いつも通りの表情で、大したことも言わない母親。

 5ヶ月近く行方不明になっていた息子に、随分と素っ気ない態度だな、おい。

 もう少し再会を喜んでくれて良いんじゃないか?


 なんて思っていたが、ふとテレビを見て俺は驚いた。

 ちょうど天気予報をやっているのだが、日付は俺が異世界に召還された翌日だ。

 いよいよ俺の頭が混乱してきた。

 状況が理解できない。


 ついでに、久々に見たテレビはなんとも懐かしい。

 異世界には映像技術が皆無だったからな。


「大丈夫?」

「え? あ、ああ、大丈夫。ちょっとまだ完全に起きてないだけ」


 母親に心配されてしまった。

 どうやら俺は行方不明になっていた訳ではなさそうだな。

 あんなに異世界で頑張っていたのに、元の世界ではなんでもないことになってるのか。

 いや、もしかするとあの異世界の出来事が、全て夢だった可能性もある。

 よく分からん。


 父親はすでに出勤したようで、我が家はいつも通りの光景だ。

 しょうがないので、俺もいつも通りに過ごそう。

 時間的には大学に行く頃合いだな。

 準備は終わってるし、イヤだけど行こう。


 家を出て駅に向かう。

 超高層ビルはヴィルモンにもあったが、やっぱり東京は近代的だ。

 地上のほぼ全てがコンクリートで覆われ、所狭しと家が並び、超高層ビルが空を狭める。

 人は多く、道には数多くの車が行き交い、交流なき集団が同じように歩く。

 ずっと排気ガスとは無縁の世界にいたせいか、空気の汚さが分かるな。

 いや~懐かしい。

 環境は悪いし人も無愛想だけど、居心地が良いぞ。

 やっぱり慣れ親しんでいるんだな、元の世界は。

 なんつうか、何もかもが皆懐かしい。


 電車で大学近くの駅に到着。

 駅から外に出ると、見慣れた都心の姿。

 早くも俺は、元の世界の勘を取り戻してきた。


 しかし直後、目の前に強い光がフラッシュし、俺は咄嗟に目を瞑る。

 何が起きたのか分からない。

 数秒してから再び目を開くと、信じられない光景が広がっていた。


 街に人は少なく、代わりにレスキューや、『災害派遣』の文字を掲げた自衛隊の車両が行き交う。

 よく見ると、いくつかの建物は崩れ、さらには火事で焼けこげた区画もある。

 さっきの一瞬の光で何があったのか。

 ますます俺の頭は混乱していった。


 ふと足元を見ると、新聞が落ちている。

 俺はそれを拾い、情報収集のために読んでみる。


『首都直下型地震M7・3 死者2万人を超える 2023年6月18日』


 何もかもが意味不明だ。

 さっきまで俺は、2015年にいたはず。

 それが突然の光で8年後になり、しかも東京は地震で壊滅状態。

 なんだこりゃ!


 と思うと、再び光がフラッシュ。

 再度目を瞑る俺。

 なんかもう、イヤな予感しかしない。


 おそるおそる目を開けると、先ほどとは違い街の様子は落ち着いていた。

 人の数も増えている。

 どうやら震災からの復興も進んでいるようで、崩れた建物は新たに建て替えをしている最中だ。

 なのにどうしてだろう。

 自衛隊の車両がまだいる。


 俺は売店を探し、新聞を手に取って情報収集。

 どうやらさらに2年が経って、日付が2025年になっている。

 あの光、確実に俺をタイムスリップさせてやがるな。

 さてさて、新聞には何が書かれているか。


『C国によるV国への侵攻に対し、A国はC国への武力行使を決定、日本政府はこれに支援を表明した』


 おいおい、なんか大変なことになっていないか?

 異世界での戦争はまだしも、こっちでも戦争が起きてるぞ。

 震災から2年で戦争とは、大変だな。


 再び光がフラッシュ。

 さすがに慣れてきたぞ。

 次はいつの時代だ?


 光が消え、俺の前に広がったのは、知らないファッションに身を包んだ人々。

 街並は大きく変わり、近代的が近未来的に変わってる。

 ただ、建物や車の大まかな形は変わっていないな。

 これは、一体何年先なんだ?


 ともかく新聞だ新聞。

 駅の売店は位置が変わって探すのに一苦労。

 どうやら新聞も紙ではなくダウンロード方式になったようだ。

 時代が進みすぎると困るな。

 一面だけは表示してくれてたんで、情報収集はできそうだけど。


『2096年3月20日、ついに反重力装置の開発に成功。宇宙開発にはずみ』


 だいぶ時間が経ってる。

 よく見りゃ戦勝70周年とかも書いてあった。

 つうか反重力装置開発って、マジかよ。

 記事の内容読むと、核融合装置とかも開発されてるらしいな。

 人類の科学技術がヤバい。


 お、また光がフラッシュ。

 次はどの時代に連れて行ってくれるんだ?


 いつも通り光が消えると、俺は腰を抜かしそうになった。

 街並は大きく変わり、駅はなくなっている。

 乗り物は全て宙に浮き、建物はおそらく新素材で作られ、人々のファッションが理解できなくなっているぞ。

 しかも情報はホログラムで表示され、新聞的なものはもはやない。


『2208年8月10日、東アジア共同体宇宙偵察艦隊、ついに冥王星に到着。太陽系全惑星を制覇』


 は? 2208年? 冥王星に到着? 宇宙偵察艦隊?

 ええ!? 人類遂に太陽系の全ての惑星に行っちゃったの!?

 ウソだろおい。

 こっちの世界でも共和国艦隊的なもんがあるのかよ。


 というか今更だが、俺は何でタイムスリップしてる?

 そもそもなんで元の世界に戻ってきた。

 確か俺は……そうだ、ジェルンを倒した後、魔力が切れて意識を失ったんだ。

 なんだこれ、何が起きているんだ、俺に。


『アイサカ様、帰ってきてください。お願いです』


 ふと、俺の後ろから聞き慣れた声がする。

 振り返るとそこには、泣きそうな顔をする、セミロングの西洋風な1人の女の子。

 この娘は間違いなくロミリアだ。

 なんで彼女がここにいる?


『アイサカ様、私を置いていかないでください……』


 ロミリアの言葉に、俺の心が強く締め付けられる。

 そして俺は再び意識を失った。


 目が覚めると、俺は知らない部屋のベッドに横たわっていた。

 これが彼の有名な知らない天井か。

 体は動きそうだな。

 起き上がり、窓の外を見ると、そこにはマグレーディの街並が広がる。


「アイサカ様!? 良かった、目を覚ましてくれた!」

「ニャー!」

「うお!」


 いきなり誰かと何かに抱きつかれた。

 何事かと俺は焦ったが、抱きついてきたのがロミリアとミードンだと知って安心する。

 というかさ、女の子に抱きつかれるなんてはじめてなんだけど。

 ちょっと照れるんだけど。

 ロミリアも我に返ったようで、焦って俺から離れ、モジモジしている。

 何この空気。


「ちょうどボクがお見舞い中に目を覚ますなんて、タイミングがいいですねぇ」


 変な空気を払拭するように、ヤンが話しかけてきた。

 彼もすぐ側にいたのか。

 気づかなかったぞ。


「なあ、ここどこ?」

「マグレーディ城の病室です」

「俺、なんか怪我でもしたのか?」

「いいえ、健康ですよぉ。魔力が完全回復するまで絶対安静が必要だったので、ここに連れて来ただけです」

「今日は何日?」

「10月11日ですねぇ」

「そうか」


 なんてことなさそうだな。

 俺は健康だし、ロミリアも無事。

 ヤンだっていつも通りの軽い調子だ。

 日にちも意識を失ってから2日しか経ってないし。

 そうだ、ジェルンはどうしたんだ?


「ジェルンは? 撃破できたのか?」

「任務は――」


 なかなか答えてくれないヤン。

 やめてくれ、そのファイナルアンサーあとの間みたいなやつ。

 不安になってくる。


「――さすがはアイサカさんですよぉ。ジェルンは無事に撃破しました」


 屈託のない笑顔。

 男なのに俺をキュンとさせるこの笑顔。

 そうか、ジェルンは無事に撃破したのか。


「これでしばらくは、魔界軍も軍事的行動を起こせませんねぇ。戦争の終結がまた早まりました。講和派勢力は、そりゃもう大喜びですよ」


 無理した甲斐があったな。

 あの状況で、よくもまあジェルンを撃破できたよ。

 仲間の助けは大きかった。

 こりゃ、いろんな人に感謝して回らないといけないぞ。


 ところで、ロミリアは大丈夫なのか。

 こう見ると元気そうだが、彼女だって一時は存在が消えていたはずだ。

 調子が悪いとかはないのかな。


「ロミリア、変なとこない?」

「え? 私は大丈夫です。アイサカ様こそ、調子が悪いところはありませんか?」

「俺も大丈夫だよ」


 2人とも無事ってことか。

 いやはや、良かった良かった。


 にしても何だったんだろう、あの元の世界は。

 意識を失っている間の、ちょっとした夢だったのかな?

 まあタイムスリップしてる時点で、夢なんだろう。

 でも妙にリアルだった。

 それに、なんやかんやと居心地が良かった。

 もしかすると、俺のホームシックから生まれた夢だったのかもしれない。


 ともかく、俺たちはなんとか講和派勢力から与えられた任務を完遂したようだ。

 あんな激戦は2度と御免だね。

 ついでに、ジェルンみたいなヤツも2度と現れてほしくない。

 面倒なのは嫌いだ。


 ジェルンは死に、魔界軍が再び軍事的行動を起こす可能性は少ない。

 となると、これからは講和派勢力の本格的な行動がはじまる。

 しかし、戦争を終わらせるため、悲しむ人を減らすため、俺たちの戦いは続くだろう。

 もしかしたら、ジェルン撃破によって戦争は、新しい局面に入ったのかもしれない。

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