第4章 マグレーディ編

第34話 家探し

 講和派専属艦隊の司令になった俺だが、すぐに任務というわけではなかった。

 命令はあのフード(名前は分からないが、みんなそう呼んでいる)が届けてくれるらしいんだが、アイツが全然姿を現さないんだ。

 そもそも、講和派のリーダーが誰かも分からない。

 俺たちを完全に信用できるようになるまで、正体は明かしたくないんだと。

 ついでに、エリノルは講和派リーダーに最も近い人だそうで。


 さて、結局は暇になった俺たちだが、1つだけやることができた。

 ロミリアのお母さんの住居探しである。

 城の客室はいっぱいだし、俺やロミリアはガルーダに住めば良いが、お母さんはそうはいかない。

 ということで、お母さんの住居探しをロミリアが手伝うのだが、ちょっとした成り行きで俺も参加することになった。

 ちょっとした成り行きとは、内容的にはちょっとで済まされないかもしれないな。


「ねえお母さん、どんな家が良い?」

「そうね、私は料理ができればどんな家でも良いわ」

「え~それじゃ選べないよ」

「あらそう? なら、欲を出して畑のある家が良いわね」

「え? それだと……これしかないよ……。いいや! こっち!」


 ロミリアは、お母さんの家を探すため何軒も空き家を回って、いい物件を探してたからな。

 候補は20近くあったようだけど、そうか、畑がある家は1軒だけか。

 にしても、あんな元気で無邪気なロミリアははじめて見たぞ。

 いつもは真面目で献身的だけど、あれが本来のロミリアの姿か。

 こっちの方が良いな。


「ロミーちゃんのお母さんって、綺麗ですよねぇ」

「おいヤン、お前はロミリアさんのお母さんまで狙うのか?」

「友達にはなりたいなぁ」


 服装も含めてヤンの見た目が女の子全開だ。

 心は完全に男だがな。

 こいつ、ここ数日でとんでもない野郎であることが判明した。

 その女らしい見た目を利用して、友達になった女性にスキンシップをしまくる女好きだったのだ。

 性同一性障害というわけでもないから、悪質である。

 そうと気づかせないだけで、やってることはセクハラだぞ、それ。

 年齢は俺より1つ下なのに……。


 ところで、なんでロミリアのお母さんの家探しに、俺だけでなくヤンもついてきたのか。

 それは、ヤンの後ろにいるローブに身を包んだヤツのせいである。

 コイツの名前はマリア=ペナーリオ。

 そう、王女様の妹の方だ。


 セルジュがヴィルモンに幽閉されている今、マグレーディの最高指導者はセルジュの娘2人だ。

 姉のエリーゼはまだ14歳だが、こっちの世界の男性は16歳、女性は14歳で成人。

 だから一応、エリーゼは大人の扱いである。

 エリーゼには責任感もあり、王女様としての問題はない。

 一方、11歳のマリアは絵に描いたようなお転婆で、完全にガキだ。

 だから王女様としての問題もありありである。


 マリアが俺の側にいるのは、城を抜け出そうとしたのを俺が取っ捕まえたからだ。

 そこにちょうどロミリアと彼女のお母さんが現れ、さらにヤンが走ってきた。

 ヤン曰く、スチアら護衛を街に回したからマリアを城の外に出しても良いとのこと。

 でもロミリアが心配して、マリアを家探しに連れて行くことになる。

 ヤンは、ロミリアのお母さんを見て俺らについてきた。

 なんと邪な心の持ち主なんだろう。

 これが、現状の説明だ。


「ヤン、あれ何?」

「あれはですねぇ、商人がよく食べるものです。野菜をパンに挟んでるんですよ」

「ふ~ん。ちょっと貧乏臭いわね。あっちは?」

「農民が使う道具ですねぇ。鍬っていうんですよ」

「あっそ。なんか汚い」


 なんなんだよ。

 なんでさっきからマリア、庶民をバカにするようなことを言うの?

 マグレーディって、城もそんなに豪華絢爛じゃないだろう。

 仮にも東京やヴィルモンにいた俺からすりゃ、マグレーディ城って決してオシャレじゃないからな。


 まあともかく、こんな感じでロミリアのお母さんの家探しは賑やかになった。

 お母さんの手を引っ張り、おすすめの物件に向かって小走りのロミリア。

 娘に引っ張られながらも、久々の親子の時間に笑顔のお母さん。

 ヤンに対する質問攻めと、答えを聞いてからの余計な一言をやめないマリア。

 マリアの質問に適当に答えながら、視線はお母さんに向けているヤン。

 どこかで俺らを護衛する、怖い怖いスチア。

 そして、それらを見てこうやって感想を頭に浮かべる俺。

 町の人もちょくちょく、そんな賑やかに俺たちに視線を向けてくる。


 周りからはどう見えてんだろうな。

 ロミリアとお母さんは親子であることが一目瞭然だ。

 でも、俺とヤンはアジア系の顔つきである。

 ロミリア親子との関係はないと判断されるだろう。

 しかも俺たちは顔も似てないから、兄妹とも思われないだろうし。

 挙げ句の果てに、ローブに身を包んだ失礼な女の子まで連れている。

 ちょっと、怪しい集団だよな。

 城の人間だなんてバレてないだろうか……。


 しばらく歩き、町の建物が途切れ途切れになってくる。

 代わりに畑の方が多くなってきた。

 畑1つ1つは広く、日本の田んぼよりも広そうだ。

 マグレーディの食料自給率はほぼ100%らしいが、それも納得できる。


 おや、ロミリアのお母さんが不安そうな顔をしている。

 もしや畑の広さを心配してるんだろうか?

 確かに、お母さんはこれから1人暮らしの予定だ。

 こんな広大な畑付きの家なんて紹介されても、困るよな。

 だからって断るわけにもいかないし。


「お母さん、この家!」


 ああ、あんなに満面の笑みを浮かべ、あんなに楽しそうな声を出すロミリアなんてはじめて見た。

 彼女人見知りだけど、親密な人とは明るく接するんだな。

 つまり、俺とはまだ親密じゃないということか。

 まあ仕方ない。

 一応、使い魔とその主人なんだし。


 そんなことはどうでもいい。

 今はロミリアの紹介する家だ。

 どれどれ、どんな家かな?


 少しこじんまりした2階建て。

 壁は土壁だろうが、白く塗られている。

 屋根は藁でできた三角屋根で、2階が三角形になっている。

 装飾は一切ないが、落ち着いた雰囲気だ。

 良い家を見つけるな、ロミリア。


「フォークマスの家に似てるわね」

「そうでしょ! こっちこっち、中も案内するね」


 ロミリアに引っ張られ、家に入っていくお母さん。

 彼女の言う通り、確かにフォークマスの建物と似ている。

 というか、マグレーディの建物はみんなフォークマスに似ている。

 2人にとっては住みやすそうだな。


 ロミリアたちを追って家の中に入る俺。

 ヤンは、マリアのせいで外に待機だ。

 マリアはどうやら、この家よりも畑に興味を持ったようである。

 

 家の中は、思った以上に明るかった。

 というのも、玄関を入ってすぐの扉を開けるとリビングなんだが、そこには大きな窓があるのだ。

 それこそ、壁一面を覆うほどの大きな窓。

 これのおかげで、明かりがほとんどない部屋でも問題ない。


「ここがリビングで、そこがキッチン。そっちはお風呂だよ」

「あら、浴槽があるなんて珍しいわね」

「ガルーダで入ったことあるけど、お湯につかると気持ち良いよ」

「そう、それは楽しみ」


 こっちは風呂の文化ないのに、なぜかガルーダには浴槽があったんだよな。

 先代勇者の設計だからだろうか。

 でもそうか、ロミリアはあの浴槽、使ってみたんだ。

 俺はまだ使ってないのに。


「あ! キッチン広いじゃない! 良いわね~」

「お母さん料理好きだから」


 お母さん想いの良い娘だな。

 俺なんかただのすねかじりだったもん。

 さすがロミリア、ハイスペック。


「次は2階」


 最初にロミリアが階段を上がり、次にお母さん、最後に俺だ。

 2階は2つの部屋で構成され、斜め天井が特徴。

 ちょっと狭いが雰囲気はいい。


「どうかな。少し狭いかもだけど……」

「十分よロミー。それにこの部屋、お父さんの部屋にそっくり」

「……うん。お父さんも喜ぶと思って」


 ほう、ロミリアはすごいな。

 お父さんのことまで考えて家を選ぶとは。

 素晴らしい。

 素晴らしい親子愛!


「ねえ、ここから畑が見えるよ」


 そうだったな。

 畑の方はどうなっているんだろう。

 窓に寄りかかるロミリアとお母さんの隙間から、ちょっと外を拝見。

 見たところ、茂みに囲われた部分がこの家の畑だろう。

 だとすると、広さはコンビニの駐車場ぐらいか。

 そこまで広くない畑だな。

 これなら1人でも管理できそうだ。


「良いじゃない! ロミー、お母さんここに住むわ」

「本当? やった!」


 畑の広さだけが心配だったんだろう。

 お母さんは畑を見て数秒でそう答えていた。

 それに対し、ロミリアがはね飛びそうな勢いで喜ぶ。

 微笑ましい光景だ。


「良い家をありがとうね、ロミー」

「ううん。これはお母さんのためだもん」


 ロミリアを撫でながら、ふとお母さんが俺に視線を向ける。

 なんだろう。


「アイサカ様、娘をよろしくお願いします」


 おっと、ここで挨拶か。

 ガーディナの時は急いでたし、家探しに参加したのも成り行きだったから、きちんと挨拶するのははじめてだな。

 ここは、きちんと答えておこう。


「わかりました。使い魔の主人、そして司令として、ロミリアさんを守ります」

「お願いします」


 まるで俺とロミリアが結婚するみたいだな。

 俺は司令だし主人だから、ロミリアを守るのは当然なんだけど。

 う~ん、でもロミリアって部下とかそういう感じじゃないんだよな。

 だからって友達とは違うし、ましてや恋人でもない。

 俺にとって、ロミリアってなんなんだろう?


「良かったわね、アイサカさんが優しそうな人で」

「うん。でも、ちょっと愚痴が多いの」


 またそれか。

 俺、どんだけ毎日が愚痴まみれだと思われてんだろう。

 結構なもんだけどさ。


 まあ、お母さんの家は決まった。

 これで仕事が1つ片付いたな。

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