第33話 新たなる艦隊

 会議を終えたヤンが戻ってくると、俺たちは真夜中にマグレーディへと戻った。

 人間界惑星への進入を禁止されたもんだから、早いうちに出た方が良いとのことらしい。

 ヴィルモン王都の超高層ビル群も、これで見納めか。

 俺たちはしばらく、SFファンタジー世界に住むんだな。


 あと、ヤンが意外な人物を連れていた。

 なんと、ロミリアのお母さんである。

 人質としてヴィルモン王都に捕らえられていたそうなのだが、交渉で解放したとか。

 なんてこった! ヤンがすごすぎて頭が上がらない!


 さて、そんなこんなでマグレーディに帰ってきた俺たち。

 マグレーディはすでに朝を迎えていた。

 睡眠は輸送船の中で済ませている。

 久々の地上での睡眠を期待していたんだが、お預けのようだな。


 その日の午前中は、ずっと城の客室で過ごしていた。

 ゲームやテレビ、ネットもなく、何もしない時間。

 たまに本を読むことがあっても、疲れのせいか長続きしない。

 でもそれで十分だった。

 魔界惑星はあまりにも未知の世界だったため落ち着けなかったし、ガルーダは常に宇宙にいた。

 それに比べると、人間の作った建物、そして宇宙空間でないというだけで、底知れぬ安心感がある。

 まあ、ここは月なんだけどさ。


 窓から外を眺めると、空と呼べるものはドームだけで、その先は宇宙だ。

 それでも、地上は人間界惑星と変わらない。

 いやむしろ、こっちの方がファンタジー世界っぽい。

 ずらりと隙間なく並ぶ、白や茶色の土壁、藁や木で作られた三角屋根の建物。

 通りには馬車が行き交い、その間を縫うように歩く商人や農民。

 城のすぐ側にある石造りの教会は、荘厳な雰囲気で人々を見守る。

 銀色の薄い鎧に身を包み、長い槍を持った衛兵たちは、撤退する共和国艦隊を眺めている。

 ここまではっきりとしたファンタジー世界は、異世界に来てはじめてだ。

 異世界に来て1ヶ月なのにはじめてだ。


 さっきチラッと言ったが、共和国艦隊が撤退をはじめている。

 クレーターを完全包囲していた軍艦が、針路を変えて人間界惑星に向かって動き出したのだ。

 昼までには全艦がマグレーディを離れていた。

 これ、俺らとヤンのおかげだからな。


「アイサカさん、お食事の時間ですよぉ」


 ノックと共に聞こえてくるヤンの言葉。

 ソファの上に深く腰掛け、ほとんど寝ているような姿勢の俺は、焦って上着を着ながら部屋を出た。

 城での食事なんて、上品さが必要なもんだからな。

 もしかしたら祝賀パーティーかもしれん。

 めんどくさい。


 部屋を出ると、ドアの前にはそこそこ美人のメイドと楽しげに話すヤンの姿が。

 ヤンの服装はちょっと女の子っぽく、見た目のせいで女性にしか見えない。


「私、最近太っちゃいまして。ほっそりとしたロンレン様がうらやましいです」

「そう? そんなに太ってる感じじゃないですけどねぇ」

「でもほら、腰の辺りとか」

「どれどれ……」


 あ、ヤンがメイドの腰をベタベタと触ってやがる。

 話の内容と、見た目だけ女の子同士なおかげで、変な風には見えない。

 でもさ、アイツは男だ。

 話の内容と見た目を大義名分に、女性をベタベタと触るとはな。

 とんでもない〝野郎〟だよ。


「おーい」

「あ、アイサカさん、食事はこちらですよぉ」


 何事もなかったかのように俺を案内するヤン。

 俺は見てたぞ、お前の奥底にある欲望を。

 お前、実は心は完全に男だろ。


 階段を下り、1階の廊下を進む俺たち。

 しばらく歩くと、ヤンは大きな扉の前で足を止め、ノックしながら自分の名を口にする。

 扉は木製で、やはり装飾はほとんどされていない。

 祝賀パーティー的なものに参加するのかと思ったが、この部屋でやるのか?


 部屋の中から入室の許可が出ると、ヤンはゆっくりと扉を開けた。

 中の様子は、俺の想像していたものとはだいぶ違った。

 窓のない部屋で、明かりはろうそくの火だけ。

 珍しく装飾品が置いてあるが、そのほとんどが、鎧や武器を模したものばかり。

 当然いるだろうと思っていた王女様の姿はなく、部屋にいたのは、ロミリアとフォーベック、スチア、ダリオ、そして知らない中年女性にフードを被ったヤツが1人。

 全員、部屋の真ん中に置かれた四角いテーブルを囲むように座っている。

 秘密会議みたいな雰囲気だな。


「あんたが、魔族や共和国艦隊を一騎当千の活躍で蹴散らした最強の異世界者、アイサカさんかい?」


 知らない中年女性が、目を輝かせている。

 彼女の言っていることは間違ってないが、ちょっと大げさじゃあ……。

 あ、フォーベックが笑って、ロミリアが溜め息をついてる。

 分かったぞ、フォーベックが俺のことを大げさに語ったんだろう。

 そういうのは困ります。


「どうも、司令の相坂です」

「あたいはモニカ=ガルヴァノ、よろしく頼むよ」

「こちらこそよろしくお願いします。ガルヴァノさんって……」

「彼女は私の妻でして」


 微笑み顔のダリオがそう言った。

 なんと、このちょっと気の強そうな中年女性がダリオの妻とは。

 結構、対照的な夫婦だな。


 で、すごく気になるのは、フードを被った人だ。

 顔は見えないし、自己紹介もしない。

 何より、スチアがこのフード人間をずっと警戒している。

 怖いぞどっちも。


「あ、あの……その方は……」

「その人については、あとでボクが教えますねぇ」

「そうか……」


 ますます怪しいぞ。

 ヤンが知っている人だから、信用できなくはなさそうだが。


「じゃあ主役も到着したことですのでぇ、説明をはじめます」


 俺が席に座った途端、ヤンがそんなことを言い出した。

 食事しにきたんだがなあ俺は。

 訳が分からんぞ、おい。


「今、人間界と魔界は戦争状態です。だから共和国も魔王も、戦争に勝つためにはどうやって敵を殲滅させるか、ということばかり考えています。当然ですねぇ。でもその結果、多くの人間と魔族が死に、膨大な数の生物に不幸が降り掛かるのは目に見えています」


 まあ、戦争ってそういうもんだからな。

 そんな嫌なことを、生きるためにやらなきゃいけない状況。

 だからみんな戦争が嫌いなんだ。


「果たして、この戦争にそれだけのことをする価値があるんでしょうかねぇ? そもそも、なぜこの戦争ははじまったんでしょうかねぇ?」


 それは気になっていた。

 俺がこの世界に来たときにはもう、戦争ははじまってた。

 1度はじまった戦争からは逃げられないけど、戦争を抑止することはできたはずなのに。


「第1次人魔戦争は、魔族が豊かな人間界の土地を狙って起きた戦争。でも今回の戦争の主な要因は、魔王と魔族による人間への復讐らしいんです」

「復讐? そんな理由で戦争がはじまったのか?」

「魔族って、ボクら人間よりも寿命が長いじゃないですか。だから、第6次人魔戦争どころか、第3次の頃を覚えている魔族までいるんですねぇ。長生きで、しかも情を大切にする魔族にとって、復讐も戦争の立派な理由になるんです」

「はあ? じゃあ、魔族の情のためにフォークマスの人々は殺されたのかよ!」

「あれ、珍しいですねぇ、アイサカさんが感情的になるの」


 指摘されてしまったので、冷静さを取り戻そうとする俺。

 でもしょうがないだろ。

 歴史好きかつミリオタかじった俺にとって、感情による戦争ほど嫌いなものはない。

 そういうのは総じて、クソほどの価値もない。

 ロミリアはそんな無価値な戦争で悲しんだんだ。

 俺だって怒るさ。


「安心してくださいよぉ。魔界にだって、復讐のための戦争に賛成しない魔族はたくさんいるんです。実はすでに、戦争を終わらせるため、人間と魔族の間で秘密裏の交渉が行われていたりするんですから」


 そうなのか。

 魔族だってそこまでバカじゃないと。

 確かにそれなら安心できる。

 ちょっと冷静になってきたぞ、俺。

 冷静になったせいで、新しい疑問も頭に浮かんできたが。


「ヤン、なんでお前、そんなこと知ってる。俺ら、なんの関係がある」

「戦争の要因に関しては、フォークマスで捕らえた魔族の情報ですねぇ。秘密裏の交渉については、人間界と魔界で作られた講和派勢力による情報です。というかボクとそこのフードさん、その勢力の一員なんですよ」

「講和派勢力?」

「ええ。魔族殲滅による終戦を狙うリシャール陛下らと違って、講和による終戦を目指す勢力。魔族の有力な種族、ボクやエリノルさんのような人間の有志が中心です。元老院にもいますよ。ボクらは、講和のための交渉をすでにはじめています」


 おお、壮大な話が飛び出てきたな。

 まさかこんなところで、エリノルが何をやっているかも知ることができた。

 というか、ヤンは一体どこまですごいことしてんだ。

 ホントに何者だよ、コイツ。


「単刀直入に言いますねぇ。アイサカさん、ダリオさんとモニカさんの輸送船と艦隊を組んで、ボクら講和派勢力に協力してくれませんか?」


 それが今回の話の本命か。

 なんとなく、そんなことを言われるような気はしていた。

 じゃなきゃヤンは、こんなことを俺たちに説明しないだろう。


「講和派といっても、非武装ではなんの力にもなりませんからねぇ。だからといって、共和国艦隊や魔界艦隊から戦力を引き抜くと潰される。ボクたち講和派にとって、人間界と魔界どちらの味方でもないアイサカさんたちとガルーダは、願ってもない存在なんです」


 戦争を早く終わらせるためというのは悪くない話だ。

 俺の決意にも反さないし、むしろ合致する。

 講和派勢力だって、ヤンやエリノルがいるなら信用できるかもしれない。


「本当に、戦争を早く終わらせられるんだな?」

「はい。アイサカさんが協力してくれれば、確実性も高まります」

「悲しむ人たちを、増やさずに済むんだな?」

「人だけじゃなく、魔族もです」


 そこまで言うなら、良いだろう。

 どうせ、このままじゃ俺たちにやることはないし。


「ロミリアさん、良いか?」

「はい。アイサカ様の決意に、私は従いたいです」

「艦長とスチアは?」

「司令の決めた通りでいいぜ」

「あたしも艦長とおんなじ」

「ダリオさんとモニカさんは?」

「当然協力するさ。これであたいらも英雄になれるよ!」

「こうなった妻を私は止められないね。協力しよう」

「ヤン、そういうことだ。俺たちはお前ら講和派に手を貸す」

「ありがとうございます!」


 ここ一番の笑みを浮かべるヤン。

 これで男じゃなかったら、すげえ可愛かったんだがな。


 6月28日、俺が異世界に召還されて1ヶ月、マグレーディに新たな艦隊が編成された。

 その目的は、人間界と魔界の早期講和の実現。

 艦隊を構成するのは、わずか1隻の軍艦と2隻の武装輸送艦。

 ガルーダと、ガルヴァノ夫妻の輸送艦2隻だ。

 目的のためならば、人間界と魔界どちらにも味方し、敵対する。

 味方と呼べる艦隊はどこにも存在しない。

 講和派専属の孤独な艦隊、その司令に、俺はなったのだ。

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