第25話 魔王に謁見

 大気の密度が非常に濃いのか、魔界惑星への進入の際は船体がかなり揺れた。

 空中分解するんじゃないかと不安になったぐらいだ。

 フォーベックは平気そうな顔だったがな。

 たぶん、ガルーダに対する信頼度が俺とは段違いなんだろう。


 分厚い灰色の雲を抜けると、魔界惑星の地上がようやく詳細に見えるようになった。

 地上のほとんどは険しい山脈で構成され、数少ない平野は街で埋め尽くされている。

 ただでさえ弱い日光が分厚い雲に遮られ、昼間だというのにかなり暗い。

 住みにくそうな星だ。


 ヘル艦隊に先導され、しばらく魔界惑星上空を飛行する。

 遠望魔法で街の様子を探ってみたが、想像通りの光景であった。

 赤や黒のレンガ作りが基本の街並で、重厚な雰囲気。

 行き交うのは魔族のみであり、当然だが人間の姿はない。


 ここまでは、『魔界』と聞いて思い浮かべる世界がそのまま広がっていた。

 問題は、俺たちが向かう先である。

 俺たちは魔界惑星首都の中心にそびえる魔王城に向かってるわけだが、その姿が見えてきて、愕然とした。

 魔界惑星の首都には、なんと摩天楼があったのだ。

 コンクリート製、ガラス張りの、近代的な超高層ビルが建ち並ぶ摩天楼。

 なんという既視感。


 魔王城だけはファンタジーだった。

 黒いレンガ作りの、横に巨大な建物。

 城というよりは要塞のようだ。

 中央には塔がそびえ、蛇の装飾が禍々しさをこれでもかと醸し出す。

 これで超高層ビル群に埋もれてなかったら、かっこよかったな。


 なんでなんだろう。

 なんでこう、元の世界の面影がこっちの世界にちょくちょく混じるんだろう。

 まるで自己主張するように、ファンタジー世界を打ち消すように、存在するんだろう。


 気にしてもしょうがない。

 そもそもこういうのにはとっくに慣れた。

 ヴィルモン王都のせいで俺の妄想なんてとうに崩壊してるんだ。


 魔界惑星首都の郊外に、輸送船が集められた港があった。

 人間界でも空飛ぶ船が輸送船として働いていたが、こっちは数が多い。

 魔族の方が魔力が強いって話だが、そのためだろうか。

 そんな港に、ガルーダとスザクは停泊した。


 ただ、港にいる時間はほとんどなかった。

 俺らはこれから、魔王に謁見しないとならない。

 そのために、小型輸送機に乗って魔王城に向かったからだ。


 魔王城は、体が潰されるんじゃないかと思う程、禍々しい空気が重い。

 魔王との謁見を許されたのは、俺とロミリア、フォーベック、久保田、ルイシコフ、オドネルだけだ。

 ササキの案内で玉座の間に通される。


 ところでササキは、黒いローブにすっぽりと身を包んだ老人だった。

 ヒゲはないが、深く何本も刻まれたしわに、人生の重みを感じる。

 顔つきは、かなり鋭かった。


 玉座の間は、まるで大聖堂のようだ。

 4階建てぐらいの建物が収まりそうな高い天井に、大きな磨りガラス。

 8本の柱はその全てに蛇の装飾が巻き付き、紫の光がそれを照らし出す。

 パイプオルガンが似合いそうだな。

 そして、玉座の間の一番奥に、巨大な人影があった。

 玉座に座る、身長6メートルはありそうな、真っ黒なローブに身を包んだ人影。

 魔王だ。


「魔王様、異世界者とその仲間にございます」

「ササキ、ゴ苦労デアッタ」


 ローブに隠れているが、魔王の顔は灰色で生気がない。

 しかしその強い存在感は、はっきり言って怖い。

 それに、元の言語と翻訳された言葉が混ざり合って、魔王の言葉は片言のように聞こえる。

 あまりに強大な魔力が、俺の魔力に自然と干渉でもしてるんだろうか。


「話ハ聞イテイル。コノ魔王ハ、主ラヲ歓迎シヨウ」

「ありがたきお言葉です」

「ありがとうございます」


 こういうときは久保田の方がきちんとしてるな。

 俺じゃあちょっと失礼になるかもしれない。


「ユルリト体ヲ休メヨ。主ラノ願イヲ叶エ、食料ヲ寄越ス。他ニ何カ願イガアラバ、コノ魔王ニ言エ」

「我々のようなよそ者に、もったいなきお言葉でございます」

「ククク、良イ返事ダ」


 久保田が褒められているが、あんまり嬉しくないぞ。

 なんか、下僕にされているような感じだ。

 こいつらの狙いはヘッドハンティングだろうし、あんまり褒められると魔界軍への参加を断れなくなる。

 もしかしたら、先に断った方が良いのかもしれない。


「主ラハ、帰ル場所ガナカロウ。補給モ良イガ、我ガ国ニ骨ヲウズメルノモ悪クナイノデハナイカ」


 あ、先手を取られた。

 クソ、さっさと断りを入れておくべきだったな。

 まずいぞ、このままだと本当にヘッドハンティングされかねない。


 魔界軍にお世話になることはあっても、その傘下に加わる気はないからな、俺。

 魔界軍は人間界への侵略者だ。

 どんなに元老院がクソでも、人間自体に罪はない。

 なのに戦争を仕掛けてきた魔界軍に、おいそれと鞍替えするわけにはいかないだろ。

 そもそもロミリアのことを考えれば、魔界軍に加わるなんてできやしない。


「選択肢ハナイノデアロウ。サア、コノ魔王ノ仲間トナレ」


 おいおい、話が早すぎるぞ。

 早いとこ断らないと、成り行きで仲間にされそうだ。

 でもなあ、怖いんだよ。

 断ったら何をされるか分からない。


 俺は後ろを振り向く。

 そこにいるのは、俺と同じく魔王に怯え、下を向くロミリアの姿。

 その表情は、お父さんの死を知った時の表情とよく似てるな。

 俺は、このロミリアの表情を見て、これ以上悲しむ人を増やさないと決意したはずだ。

 魔王と手を組んで、その決意が果たされるか?

 答えは否だ。

 魔界軍は戦争を仕掛けてきたようなヤツらだ。

 そんなヤツらと手を結ぶのは、俺の決意に反する。

 そう考え、自分を勇気づける。


「魔王様、お言葉はありがたいのですが、俺たちは魔王様の仲間になるつもりはありません」

「クク、何故?」

「俺の決意に反します」


 正直なことを言った。

 言ってしまった。


「ククク……ククハハハハ! ソウカ、ナラバ主ノ決意ニ従エ」


 あれ? あっさりと許された。

 てっきり『ナラバコノ魔王ヲ倒シテミセヨ』とか言われると思ったんだが、意外だな。

 まあ、ただ泳がされただけかもしれないが。


「主ハ? ドウスルノダ?」


 ちょっとだけ上機嫌になった魔王が、今度は久保田に視線を向けている。

 久保田はしばらく黙り込んだ。

 そのまま数分の時が流れる。

 どうしたんだ? やたら長く考えるな。


「僕は、しばらくこの惑星で暮らそうと思います」


 俺は一瞬、久保田の言葉の意味を理解できなかった。

 久保田は何を言い出したのか。

 まさか本気で、魔界惑星に住むつもりなのか?


「僕はもう、元老院を許すことができない。魔族も人間と変わらないのなら、僕はこの惑星に住むことを選びます。ルイシコフさん、オドネル艦長、良いですね?」

「我が主の選択ならば、どこまでも」

「良いでしょう。これで騎士団の連中を見なくて済むようになる」

「では、魔王様。これからもよろしくお願いします」

「クク。デハ、主ラハ今カラ魔族ノ一員ダ」


 久保田のところは、全員が魔界惑星に住むことに賛成なのかよ。

 そんな話、聞いてないぞ。

 一体なぜ、そんな選択をしたのだろう。


「謁見の時間は終わりだ」


 ササキの言葉と同時に、ドラゴンみたい翼と尻尾を持った魔族が出てくる。

 俺らはその魔族に押されるように、玉座の間を後にした。

 魔王の存在感はまだ感じるが、姿が見えないだけで、少しだけ恐怖感が減ったような気がする。

 だがそれより、俺が気がかりなのは久保田だ。


「どういことだ? 本気で魔界惑星に住む気か?」

「ええ、本気です。僕はもう、共和国のために戦いたくはありませんから」

「戦争をはじめた魔族とは一緒に戦うと?」

「そういうわけではありませんよ。僕は、共和国がかかわる戦争にはもう参加したくないんです」

「ならなんで魔界惑星に住む必要があるんだ」

「他に選択肢はないじゃないですか。人間界惑星に、僕らの居場所はありません。宇宙を放浪するのも限界があります。他にどうすれば良いんですか?」


 俺は言い返せなかった。


「おいおいカミラ、正気か?」

「アルノルトこそ正気とは思えない。これからどうする気なんだ?」

「ヘッヘ、昔はもう少し可愛げのある返事してくれたんだがなあ」


 ふざけたことを言うフォーベックだが、さすがはオドネル艦長、正論だ。

 久保田とオドネルの言う通り、俺たちはこれからどうすれば良いのか。

 魔界惑星に住まなければ、俺らの居場所は完全になくなる。

 このままガルーダ1隻で宇宙を放浪するしかなくなる。

 あの時の選択肢は1つだったはずだ。

 なのに俺は、さも当たり前のように魔界惑星に住むのを断った。

 正気じゃないのは俺だ。


 なぜ俺は魔界惑星に住む気になれなかったのか、もう一度考える。

 第7次人魔戦争は魔界軍のフォークマス攻撃ではじまった。

 理由は知らないが、あれは明らかな魔界軍の侵略行為だろう。

 正義は人間にあり、魔族は戦犯。

 だから魔界惑星に住まない。


 いや、そんな難しい話じゃなかったはずだ。

 俺はロミリアを見て、今の考えの答えを見つけた。

 魔族にお父さんを殺されたロミリアのために、俺は魔界惑星に住むのを断ったんだ。

 あの時の決意に反したくなかったんだ。

 この世界で最も長く一緒にいる人を裏切りたくなかったし、裏切られたくなかったんだ。

 ただそれだけの理由だったんだ。


 ロミリアは黙っている。

 何を言うでもなく、俺の後ろに付いてきている。

 彼女が何を思っているのかなんて知らないが、ずっと黙っている。

 今回の俺の選択が、彼女のためになっているのかなんて分からない。

 はっきり言って、ロミリア1人のためにガルーダの船員全員を巻き込んだだけな気がする。

 俺、司令失格だな。

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