第5話 悪魔殺しの道

グレムリンという名前は知っていた。

私が中学生の頃よく遊んでいたカードゲームやテレビゲームの中にもたびたび名前が出ていたのだが、サタンが言っているように、人間が想像しているグレムリンはたしかにとても弱いキャラとして扱われていた。

ボスキャラの手下にいる咬ませ犬的な――いや、咬ませ犬にもなれていないかもしれない。

サタンのように人間が想像しているような見た目ではないにしても、悪魔の世界でも弱いと言われているグレムリンには少し同情してしまいそうだ。

人間にも悪魔にも雑魚扱いされているとか、当の本人は知っているのだろうか。

なんにせよ、サタンが大丈夫と言ってくれてる手前、私も少し安心はしているので、馬鹿にしているだろうと言われたら、はいそうですと言わざるをえないのだけれども。



周りが真っ黒でよく見えないので、ひたすら仰向けになって寝ているしかできないことに加えて、思っているより移動速度が遅かったので、私はそんな事を移動している時に考えていた。人間が徒歩でゆっくり歩いてるようなスピードしか出ていない気がする。サタンによると、実際は速過ぎて普通の状態なら乗っているのもままならないのだが、私たちの周りに結界を張っているから遅く感じるだけらしいけど。

すると、あぐらをかいてどっしりと座っていたサタンが私に警告をしてきた。

「おいおい、いくらうちのような悪魔がいるからって、そんなふうに寝転がってたらやばいで」

「やばいって、何がやばいの?どうせ景色なんて楽しめそうにもないし、それにサタンはこの移動に慣れてるんでしょ?何にも心配する事なんていらないじゃん」

「え?なんやあんた、周りの景色が見えてへんのか??」

「え?そうだけど・・・・・・。一面真っ黒だよ。ダークマターだよ」

「そうか~。まだ完全に悪魔になりきってないんやな。目がまだ人間仕様のままなんや」

まだ人間の要素が残ってるのか・・・・・・。そんな状態で大丈夫なのか。

不安にさせるような事言わないでよ。

いくら弱いと言われているグレムリンでも悪魔は悪魔だし、未完全な私が戦えるのかな。

考えることが多すぎて頭が痛くなってきた。

「そんじゃあ、景色が見えてへんあんたの代わりにうちが端的に説明したるわ。まぁ、あんたの言ってる事は間違ってない。間違ってないけど、ただ真っ黒ってだけじゃない。もうひとつ聞いときたいんやけど、真っ黒で何も見えへんて言うてたな。何かがいるってのもわからへんのか?」

「何かがいるって、何がいるの!?」

「そうか、やっぱそれも見えてへんのか。確かにあんたが言っとる通り、うちが見てる景色も真っ黒や。真っ暗闇や。だから景色なんてもんは、人間世界を散歩してる時みたいに楽しめへん。うちだってあんたがええへんかったら寝てるわ」

えぇ・・・・・・。サタンさん、何か言ってる事おかしくないですか・・・・・・。

寝転がってたらやばいってさっき言ってませんでしたっけ。

「ええねん」

うちはあんたみたいな生まれたての悪魔とちゃうんやでと怒られた。

あれ?言葉に出して言ってないのに。

心の声のはずなのに。

もしかして私、心の中で思っている不満が無意識に口にしているのか??

厄介な病気だなそれは。

いや、病気じゃないか。

だから虐められてたのかな、私。

「何さっきから意味わからん事言うとんねん。そんな病気ないわ」と一喝された。

あれ??また??

声に出してないよね私。うん、絶対に出していない。

「そう、あんたは声を出してへん。それで正解や」

「ちょっえぇぇぇぇ・・・・・・。口に出してないんですけどー。何で無言の私と会話してるのよー気持ち悪い。あぁ寒気がしてきた。怖い。あなたが怖いよ」

「酷い事言うんやな~。もううちとあんたの仲やろ?あんたの思ってる事なんてわかるって」

どうしてもこの不可思議な現象を理解したい私は、ニヤニヤ笑っているサタンに「正直な話、どうしてわかるの?心が読めるとか?それがサタンの能力の一つなの?」と真剣に聞いた。

「んな訳あるかいな」

速攻否定された。

真顔で。

さっきまでニヤニヤ笑ってたくせに。

「相手の心が読めてたらうちが戦いで負けてる訳ないやろ。単純に、悪魔の契約をした者は契約主とシンクロしてるってだけや。シンクロしてる言うても心だけで、しかも一方通行やけどな。うちはあんたがどこにいても、あんたが思ってる事はわかるようになってるんやけど、あんたはうちの心を一切読めへん仕組みになっとる。だから、これからはあまり好からぬ事を考えん方が身のためやで」

「なんか理不尽だね。誰がそんな仕組みにしたのかしらないけど」

「別にええやんか~。それに、これはあんたの身を守るためでもあるんやからな」

「というと?」

「これからはあんたとうちが別々に行動する事になる事もあるやろうし、もしあんたが『本当に』危ない時に助けに行けるし。心境がまるわかりやからな」

「本当に危ない時って、普通は助けに来てくれないの?」

「そりゃそやろ。まずは何でも一人で頑張ってみるんや。親にも言われへんかったか?まずは宿題でわからないところがあっても自分で考えなさいって言われたやろ?そういう事やで」

「それはそうだけど、宿題と生きるか死ぬかの戦いを一緒にされたくないよ」

「まぁ細かいことは気にせんでええねん。簡単に死ぬ事はないから。おっと、だいぶ話がそれてしもたな。それで何でやばいって話なんやけど、今うちらが移動しているこの空間はな、決して安全じゃないんや。

この移動している空間は悪魔達の間で、悪魔殺しの道って言われててな。うちはまだ遭遇した事はないんやけど、悪魔達でもわからないがおるらしいんや。襲われたが運よく生き残った悪魔達によると、空間を移動している時、誰とも出会っていないはずなのにどこからか『僕の話を聞いてくれませんか?』と声が聞こえてくるらしい。そして声が聞こえた後、その声を聞いて無視してしまうと、いきなり目の前にそれが現れるんやて。大きな赤い布を頭から被っていて正体がわからないうえ、大きくて細長いレイピアを持っとるらしくて、見事な剣さばきで瞬く間に切られるらしいで。ちなみにそのレイピアに切られて負傷した箇所は、うちら悪魔の回復能力をもってしても治らんらしいで。切られた腕は切られたまんま生えてこないいうて困っとるわ。ていう事はやで、この正体不明のやつにかかれば、うちら悪魔を殺すことは容易いんや」

「やばいじゃん!想像の斜め上を行ってたよ!めちゃくちゃ怖いねそれ!!でも、正体不明って言ってもここは悪魔達の通り道なんでしょ?だったら、その正体は悪魔なんじゃないのかな?それに、僕の話を聞いてくれませんかって聞いてくるんでしょ?無視しなかったら襲われないんじゃないの?」

「うーん。まぁうちもそう思ってるんやけどな。ここは悪魔しか通れへん道やし。けど、いくら悪魔でも意味もなく同じ種族を襲うって事は今までなかったしなぁ。それと、無視しなかったら大丈夫って事なんやけど、あんたの言う事は正しいんかもしれん。ただ、全員がその声に驚いて逃げてしまうらしいんや。だから結局わからないんやけどな。ほな、うちらが出会ったらそれ、試してみるか」

「いいねーサタン!そうこなくっちゃ!まぁでも気を付けないとね。そのためにも、頑張って強くならないとダメだし」

「いやいやメサイアさん?あんた、戦う事を前提にしてたらあかんで?うちらはあくまで平和的に解決するのが目的やで?うちだってそんな正体不明の化物と戦って勝てるかわからんしな」

「そっかぁ。でも、強くなる事は問題ないよね?これからのためにも!」

「そりゃそうやな。まぁ、極力出会いたくないもんやけど」

珍しく不安そうな表情を浮かべている。

大魔神だったサタンにそこまで言わせるなんて、よっぽど強いのかな?

まぁなんにせよ、これからは私も用心しておこう。

もう寝転がるなんて事はしない。

まだ私たちは目的へ一歩踏み出したばかりなのに、そんな正体不明の存在に殺されるなんて事があってたまるか。

私は約束は守る女だからね。

一通り話し終えた後、移動していたフェニックスが移動をやめた。

どうやら到着したらしい。

見ると、そこにはドアがあった。見たところ、ごく一般的なドアというか、人間界でもあるような木材で出来ていそうな雰囲気の茶色のドア。一応鍵付きで、呼び鈴も付いてる。

グレムリンの部屋と書いてあるネームプレートがドアの上に付いている。

子供部屋みたいにしてるんじゃないよ。

それにしてもこのドアから入っていくのか・・・・・・。

某国民的アニメに出てくるひみつ道具みたいに、ここからどこかに繋がって行ける的なあれかな。

いや、あれは自分の行きたい場所に行くためのものだし、厳密に言うと違うのだれけども。

色もピンク色じゃないし。

しかし、宙にドアが浮いていている光景はシュールなものだな。

「よし、ほな入るか。一応入った時は警戒しときーや。うちも中がどんな風になってるかわからんからな。七大魔王の持つそれぞれの空間は魔王によって様々だと聞いとるし」

入ってからのお楽しみってことらしい。

それはそれで少し楽しみにしている自分は可笑しいのかもしれないけど。

すっかり悪魔の世界に馴染んできている気がする。

というか、蝕まれてる気がする。

まるでRPGの主人公にでもなった気分。

もうここは人間世界とは違うんだよね、うん。

仲良かった親友や家族ぐらいは最後の挨拶をしておきたかったなぁ。

サタンが私の事を知っている人の記憶は消したって言ったけど、大丈夫なのかなぁ。

またこの事については落ち着いてから聞こう。

「その事については追い追い話したるから、今はこっちに集中してや~」

「えっ!あ、ああうん。ごめん」

そういえばサタンは私の心の声がわかるんだった。

もうそのことを忘れていたよ。困った困った。

「もうしっかりしてな~メサイア。うちのパートナーがそんなんじゃ困るわ」とサタンは苦笑いしながら言った。

「ごめんごめん。よし、それじゃあ行きますか!!」

「よっしゃあ!!ほな行くで!」とサタンは気合を入れたと思ったら、わざわざドアノブが付いているのにそれを無視してサタンはドアを蹴破った。

まったくこの悪魔ってやつは。

始まって早々、楽しい予感がしてきた。

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