第1話 禁断の出会い

世界が灰色に見える。

毎日が同じような日々で、何をしていても楽しくない。

そう思いながら、私、妃熊ひくま かがりという人間は生きていた。

そんな私は、今日も重い足取りで通っている高校にやっとの思いで着いた。

今日は靴箱を開けると、靴が無かった。今までは、靴がトイレに捨てられていたり、鋏で裂け目を入れられていただけだったが、もはや学校中どこを探しても、私の靴はなかった。

仕方なく素足のまま教室へ向かう。教室の中へ入った途端、クラス全員が黙る。

そして、私の方をちらちらと横目で見て何かを話している。気持ち悪い奴らばかりで吐き気がする。

自分の机に座ろうとすると、椅子の上に隙間がないほど画鋲が置かれていた。

これも何回目だろう。もう飽きてきた。

どうせやるなら、もっと手の込んだ嫌がらせでもしてくれたら少しは面白いのに。

これだからいじめをする奴らは馬鹿で屑だって言われるんだよ。

何で私がいじめられているのかというと、それは私にもわからない。

人に嫌な事をしているとか、顔がキモイとか、生意気だとか。

いじめを受ける原因がわからない。

はっきりわかっているのは、このクラスを仕切ってる女が私を嫌っているという事だ。

私はその女に危害を加えたわけではないし、なんなら会話だってしたこともあった。

それなのに嫌われているので、私にはもう何がなんだかわからなかった。

授業が終わると、私はいつもと同じく人目のつかない校舎裏に連れていかれて、クラスを仕切っている女一人と、その取り巻きの女三人の”おもちゃ”にされる。

単純に私の腹を一人ずつ順番に殴っていき、私がゲロを吐いた時に殴った人が、仲間にジュースをおごるという実に屑らしい遊びだ。殴った後がわからないよう腹だけを殴るのも、また屑らしい。

何回もやられていると、最近は自分でゲロを吐けるようになってきたので、こいつらの遊びを早く終わらせる事ができた。

「ちっ、こいつ最近すぐ吐くな。つまんねーの。さ、帰るぞ」

リーダーの女がそう言うと、全員すぐに帰っていった。

こいつらの名前は知らない。クラスメートだけど、自分の記憶に必要のない情報は記憶しておきたくないからね。

全員の姿が見えなくなってから、私は少し休憩してから家に帰る。

何で黙って殴られているのかというと、それは単純に私が非力だからだ。

反抗したくても出来ない。なんていうか、虚弱体質なのかもしれない。

慎重だけは百七十あるのに、体重が三十五キロしかない。

そのため、筋肉が全然ないので力が弱い。

だから私は仕方なくやられているのだ。

先生も見て見ぬふりをしている屑なので、この学校には私の味方は一人もいなかった。

なら学校を休んでしまえばいいと考えたこともあったが、それは絶対に嫌だった。

なんで普通に過ごしているだけの私が虐げられて、悪いこいつらが楽しく過ごしているのかがわからなかった。私が休んでしまったら、その時点で負けを認めているようなものだ。世の中理不尽だらけだ。

いつか復讐してやる。虎視眈々と、その時を待つ。

現時点で希望はなかったが、神様は見てくれているだろうと思っていた。

いつか真面目な私が救われると信じ、今日も祈って待っている。





そんな事を思いながら、何故か私は校舎の屋上にいた。

何故ここにきているかはわからないけど、体が勝手に動いていた。

生きたいと思っているのに、自殺には最適な屋上にいる。

あぁ、わかった。もう体がこのままじゃ耐えられないと思ったんだ。

頭では考えていても、もう体が限界だと叫んでいる。

時間は夜の九時を過ぎていた。

救いはあると心で思いながらも、本心は諦めの方が強かった。

なら、もういっそ消えてしまいたいと思っていた。

だから、死んでしまうか。

決意をして飛び降りようとした瞬間、ふと視線を感じた。

「誰っ!!」

振り向くと、そこには誰もいなかった。が、確かに視線を感じた。

見られた瞬間ものすごい悪寒を感じた私は、何だか怖くなってきた。

だけど先生とか見回りの警備員じゃなくて良かった。ここで声をかけられて決心が揺らいでしまうのが怖かった。ふぅーっと深呼吸をして、私は今度こそと目を瞑って飛び降りた。

しかし、奇妙な事が起こった。

私は確かに飛び降りたのに、飛び降りた瞬間にぶつかった。

しかも柔らかくて、感触的には人間のような感じだった。だけど、人間のように温かくなくて、私が触れているものは、とても冷たかった。

その次に思ったのが、私の顔に何か柔らかいものが当たっている事に気付いた。

ふと目を開けると、そこには大きな谷間が見えた。

一瞬考えたが、すぐに答えは見つかった。

「おっぱいだ」

そうつぶやいた瞬間、私はものすごい力でその上にに弾き飛ばされ、再び屋上へと戻された。

コンクリートの床に着地しようと思ったが、案の定着地に失敗して体を強打した。

「あぃたたた・・・」

痛みに耐えながらも何が起こったかを確認するために、顔を上げようとしたその時

「どうや?うちの心地よい体で受け止められた気分は?」と問いかけられた。

顔を上げた先、私の目の前に、人ではないが仁王立ちしていた。

それも空中に浮いている。全身が漆黒の色で、巨大な翼は見たところ三メートルはありそう。

顔は人間と大差がなく、学校にいればモテる事間違いなしの容姿だった。美人というより可愛い系。決定的に違っていたのは、暗闇でも存在感を放つ金眼と、するどく尖った耳をしていた。見られているだけなのに、体が動かない。逃げたくても逃げれない。

疑問が溢れんばかりに出てくる私は、勇気を出して目の前にいる人ではないものに質問した。

「えっ、どうなってるのこれ・・・?あなたは何なの?」

「あぁ、そやな。先に自己紹介するのが人間の礼儀っちゅうもんやったな。申し遅れたけど、うちの名前はサタン。悪魔や。どうや、聞いた事ぐらいあるやろ?」

「サタン!?サタンって言ったら、大魔神っていう内容で本とかに乗ってるあのサタン!?ていうか、見た目が女の子なのサタンって!?ていうか何で関西弁??」

「あぁーもうサタンサタンうるさいやっちゃなー。あんたら人間が想像してる悪魔の姿ってのは、全然違うんや。あんなん誰かが適当に描いた絵ちゃうの?うちなんか、大魔神とか悪魔の王なんて言われてものすごい怖い顔とかで描かれてるけど違うんやで~。けどな」

あんたら人間が言ってる事全部が違うって事でもないんや。

と、サタンは続けた。

「確かにうちは悪魔の中でリーダー的な存在やったんやけど、人間の世界と同様に悪魔の世界にも色々あってやな。まぁ簡単に言うと、派閥とかがあるんや。誰と仲が良くて誰と仲が悪いとかな。それでやな、元々リーダーっちゅうもんは慕われること多いんやけど、なかにはうちの事が嫌いなやつとかもいたんや。そんでな、そいつらに勝負を挑まれて、うちは負けたんや。その瞬間、うちはもう悪魔の王じゃなく、ただの悪魔になったってわけや。力がなかったわけやないけど、相手もかなり優秀なやつらやってな。人間の世界で言うと、下剋上って言葉が当てはまるな」

ご丁寧に説明してくれたおかげで、少し落ち着きを取り戻したが、それでも私はまだこの不可解な現象に驚きを隠せない。もう少し踏み込んで聞いてみよう。

「あの、事情はだいたいわかったんですけど、そもそもどうして私が死ぬのを止めたんですか?」

「理由は簡単や。最近この街に来てぶらぶらしとった時、たまたまあんたを見つけたんやけど、他のやつらから殴られてるのを見たんや。そんで、気になって何日か観察させてもらってたってわけやけど。全然あんた悪い事してないやん!一方的にやられてるし、どう考えても悪いのはあいつらやろ?やのに、誰一人あんたを助けようともせず、全員見て見ぬふりと来た。この光景を見て、うちは酷く悲しんだ。なんて愚かで醜いやつらなんだろうと。こんなやつらのせいで、あんたみたいな正しい命が失われる訳にはいかん!!と思って、あんたを助けたんや」

なんて心優しい悪魔なんだろう。聞いてるだけど泣けてきた。

もう悪魔って名称も撤回してあげたい気分だ。

私が泣いているのを見て、サタンはある提案を私に投げかけた。

「そこでや、ひとつあんたに提案があるんやけど・・・。どや、あんたを虐めてたやつを殺したいと思わへんか?」

「そりゃあ、殺したいほど憎いよ。だけど、私にはそんな力も勇気もないし。しかも、人間の世界だと、人を殺しちゃったら法律で罰を課せられるから。だから殺しちゃいけない」

「殺しちゃいけない?そんなの誰が決めたんや?うちも少しこの国の法律について調べたけど、殺人罪っていうのがあって、確かに人を殺すと何かしらの罰を受けるらしいな。けどな~何度調べても、何で人を殺してはいけないのかって事が詳しく書いてなかった。ていう事は、罰さえ受ければ人を殺すのは悪い事じゃあないって事ちゃうんか?」

「まぁ、そうかもしれないけど・・・」

返答に困っていた私に、サタンはなおも私に話しかける。

「ほんっっまに相手の事を殺したいと思ってる奴なら、罰なんて気にせぇへんと思うけどな。逆に、自分の意志を貫いとるし、うちは感心するけどな~。しかも今回の場合、あんたは全然悪くないのに、本来罰を受けなあかん人間がのうのうと生きて、真面目に生きてる人間が虐げられるのはおかしいやろ。あんただけじゃない。他にもたくさんいるはずや。もうこの世界は腐っとる」

はー、すごいな。

悪魔なのに、言ってることは間違ってないように感じる。

でも、何かまだ言いたい事を隠してるような感じにも思えた。

遠回しに何かを伝えたいのかな。

「なら、一つ提案があるんやけどな。あんた、人間をやめて悪魔にならへんか?いい提案やと思うんやけど、どうや?」

サタンは淡々と切り出した。

どうや?って言われても困るんだけど・・・・・

人間やめるって何だよ。困っている私を無視して、サタンは話を続けた。

「人間でいるから罰を受けるんやろ?せやったら、うちの力で悪魔にしたるさかいに、お前を虐めてるやつらを消し去ったらええねん。心配はせんでええ。お前が悪魔になったら、それだけで凄い力が手に入るさかい、絶対に負けることはないわ。しかも、悪魔は普通には見えへんから、あんたは悪魔になったその瞬間から、『普通』のやつには見えへん。あんたの事を知ってる人間の記憶はうちが書き換えとくから、あんたを覚えてる人間もいなくなる。必要なら記憶をまた戻す事も出来る。これで完璧や」

もう何を言ってるのかよくわからなくなっていたが、私は理性がなくなってきていた。

あまりに現実離れしている出来事に遭っているせいか、正しい判断が出来なくなっているのかもしれない。

だから、私は決めた。

「わかった。私、悪魔になる。人間なんてクソくらえだ」

「おぉーー!!!悪魔になるか!そうかそうか!やっぱあんたを救って良かったわ!なら、早速あんたに悪魔にするためと、悪魔の力を与える代わりに一つだけ約束してもらわなあかんねんけどな」

「うん、何かな?」

もう私はなるようになると思い、その約束とやらが何かを聞いた。

すると、サタンは不吉な笑みを浮かべて言った。

「この世界をうちと一緒に壊そう。それで、うちらが生きとし生けるものの頂点に立つ。神も、天使をも超える存在になる。うちらがこの世界を支配するんや。どや?協力してくれるか?」

これこそという物だったのかもしれなかった。

だけど、もう私は迷わない。

「うん。任せてよ」


私はこの瞬間、人間をやめた。


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