第361話: 玉座に座る者

 見えて来た先には、グロテスクなまでの死体だった。

 また、あまりの激臭に口元を手で覆い、顔をしかめる。


「アリサ!」

「はい、大丈夫です。毒などの反応はありません。あるのは、腐敗臭と若干の⋯鉄分と油成分? でしょうか」

「皆、上だ」


 アルザスが小声でや指差す先には、洞窟の天井一面に見える赤い光だった。その赤い光が揺ら揺らと不規則に動いていた。


「あれは⋯肉食の鬼蝙蝠ですね。単一個体では脅威とは成り得ません。死体の肉を貪るだけの存在で、あちらから攻撃してくることはないでしょう」

「フラン様は物知りですね。相手が動かないなら、こちらから仕掛けますか? このまま無視も出来ないでしょう」


 セイリュウが槍に手を添える。


「どちらにしてもあの数は抵抗されれば厄介です。ここは僕に任せて下さい。あっ、頭の上にご注意を」


 アルザスが意味深な動きをし、何やら唱え始める。

 すると、天井にへばり付いていた蝙蝠たちが、1匹、また1匹と地面へ落下する。

 そうして1分も経たぬうちに天井にいた全ての蝙蝠は下へと落下した。まるで痺れて動くことが出来ないのか、ピクピクと痙攣していた。


 《紅蓮波》


 セイリュウが使った魔術が地面一帯をまるで、波が押し寄せるかの如く、炎の波が地面を走る。

 炎が退くと、地面には跡形も無く蝙蝠はいなくなっていた。被害者たちの亡骸があった箇所だけはきれいに除外されていた。


「これで進めますね。亡骸は戻った際に回収しましょう。一応先に身元特定の為にアルザス、遺留品だけ回収をお願いできますか」

「異空間収納で私が亡骸毎回収しておくわ」


 セイリュウは魔族でも珍しい異空間収納持ちだ。


「じゃあセイリュウ、よろしくお願いするわ」


 それから小一時間程度進軍を進め、何も起こることはなく、一行は洞窟の最奥へと到達した。

 ここまで、捜索隊を亡き者にした原因は分かっておらず、口には出さずとも皆が一様に不安を感じていたのは言うまでもない。


「この先に生命反応が一つだけあります」

「ノース様か?」

「ごめんなさい、分かりません。洞窟内に充満していたノース様の魔力の影響か、正確な判断が尽きません」

「アリサ、気にしなくていい。この先を曲がれば分かるはずだから」


 オーグを先頭に最奥の間へと足を踏み入れる。


 玉座の間と呼べなくもないその場所は、何もない広々とした空間にあるのは石で造られた椅子だけだった。

 それに腰掛けていたのは、もはや生きているとは思えない程に腐敗の進んだ1人の人物だった。


 それを目にした瞬間、全員から血の気が引く。


 この場に集いしは、魔族の中でも最高戦力と呼べるに相応しいメンツだった。しかし、その皆がまるで赤子のように、怯え身体の震えが止まらなかった。


「⋯か、身体が動かないっ」


 まるで金縛りにでもあったかのように身体が硬直し、その場から動くことが出来ないでいた。

 この感覚、魔族なら誰もが知っていた。

 そう、魔族の頂点に君臨する者の威圧。魔王の威圧だ。直接魂へと働き掛けるその威圧は同族である魔族を魔王の威圧に抗う事は出来ないのだ。絶対に。


「ノース様⋯なのですか?」


 フランが恐る恐る口を開く。


 しかし、玉座に座る者に反応はなく、硬直状態のまま数分が経過する。魔王の威圧により、魂の精神をすり減らしているこの状態で耐えることは、彼らを持ってしても容易ではなく、この状態が続けば、抵抗出来ず死んでしまう。


 誰もが諦めかけたその時だった。


 フランの胸のあたりが光り輝いたかと思えば、その光は魔法陣となり、足元へと展開していった。

 すると、どうだろうか。先程まで動かなかった身体が自由に動かせるようになっていた。

 フランはすぐにその光の正体を確認する。

 七色に光り輝く星の形をしたその石は、フランが身につけていたネックレスだった。


「こ、これは⋯ナターシャ様から頂いた物」


 あの時、ナターシャが人柱になるまさにその時にフランへと託されたネックレス。フランはその時から常に肌身離さず身につけていた。


「貴女は、死して尚私たちを見守って下さっているのですね⋯」


 魔法陣は他のメンバーの足元へも達し、フラン以外も魔王の威圧から解放された。

 堪え切れず膝をついたアリサをセイリュウが支える。


「⋯⋯コ、コノ魔力ハ⋯⋯ナ⋯ナターシャ⋯」


 ネックレスに残されていた魔力に反応し、玉座に座る者が、始めて反応を示した。

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