第362話: 試練の洞窟(戒)
「仮にあれがノース様であろうと、また動きを封じられれば手も足も出んぞ。皆よ、密命を受けていることを忘れるでないぞ」
密命とは、現魔王代理であるスザクから出されたもので、仮にノースが生きていてこちらに敵意を向けてきた場合は、交戦し、捕縛。抵抗が激しい場合は始末する許可を出していた。
オーグが歩み出そうと前へ出るのをフランが静止する。
「駄目。この魔法陣から出ないで下さい」
ナターシャのネックレスによって、魔王の威圧は封じれた。しかしそれは魔法陣の中と言う限定的なものだった。
「なら、遠距離から叩くまでだ」
セイリュウが取り出したのは、燃え盛る業火に焼かれた一振りの槍だった。それを手に取り、そのまま投擲する。正確に狙い定められた槍は、まるで吸い込まれるように玉座に座る者の頭部を捉えた。
しかし、触れた途端に槍が掻き消えてしまった。
「チッ、魔術が無効化されたか」
セイリュウが放ったのは、本物の槍ではなく魔術によって形取られた槍だ。
「ナタ⋯シャ⋯ハ⋯ドコダ⋯」
玉座から立ち上がり、禍々しいまでの闇色の光が発せられる。
「ノース様なのでしょう! お気を確かに、正気に戻って下さい!」
フランが必死に呼び掛けるも、ノースは何ら反応を示さない。
腐敗が進んだ肌色に死臭を撒き散らす存在が生者であるはずがなかった。
しかし、フランには最後まで諦めることが出来なかった。
「⋯チガウ⋯我ノ前⋯カラ⋯キ⋯エロ⋯」
《障壁》
フランが前方方向へと障壁を展開し、皆を衝撃波から守る。
セイリュウがフランへと鋭い視線を送った。
「フランさん、このままでは遅かれ早かれ全滅は必至です。密命の遂行許可を」
フランは目を瞑り、何やら自身に問い掛けを行う。
本当ならば、連れ帰りたいと思っていたフランにとって、この決断は酷なものだっただろう。しかし、ここで判断を誤り全滅するなんてことになれば、目も当てられない。ましてやそれが自分の判断が招いた結果だとすれば⋯
「⋯キキラン様、すみません」
フランは誰にも聞こえない声でボソリと呟く。
「分かりました。これより、密命を遂行します」
フランは皆に的確に指示を飛ばして行く。
それは最低限のものだったが、予めこの状況を想定してそれぞれの動きを確認していた。その場から動けないと言うのは想定外であったが、魔界でもトップの実力を誇る彼等に焦る様子は微塵もなかった。
元魔王であるノースは、この洞窟で孤独にも生き絶えたはずだった。しかし、ナターシャへの強すぎる愛がこの世へと未練となり、枷となり、怨念と言う形で後に残った。半ばアンデットとなり、微かに自我を残し今日へと至る。
「トドメは私にやらせてくれないか」
もはや、アンデットとしても生きているのか分からない酷い有様だったが、皆が小さく頷くと、フランは懐から取り出した黄金色の短剣でノースの頭部を突き刺した。
金色の短剣、通称浄土への誘いは、この武器によって死をもたらされた者は、未練や想いを全て浄化され安らかなる死を迎えるとされる宝具だった。
今回の任務を魔王代理であるスザクから言い渡された際に渡された物だった。
ノースの死が確認されたことで、スザクは正式に魔王となることを周りの皆が勧めたが、結局スザクは仮の魔王のままい続け、それはナターシャの娘であるキキランが次代の魔王となるまで続いた。
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「以降もこの洞窟を訪れた者は、原因不明の幻覚や幻聴に苛まれることから、いつしか試練の洞窟と命名し、実力のある者以外入れない決まりとしたんじゃ。また精神を鍛える名目で魔族たちの修練に利用しておる。お前が最後じゃな、ユウ。行って来い。死ぬなよ」
「こんなとこじゃ死ねないですよ」
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