第349話: アビス大牢獄2

 時は来た。


 全ての準備を終え、入念な調査を行い、ついにこの日を迎えた。

 誰もが脱獄不可能と囁くアビス大牢獄はやはり伊達ではなかった。前もって下準備をして乗り込んだにも関わらず、今日この日を迎えるのに十年もの歳月を要してしまった。

 一番厄介だったのは、看守が完全にいなくなるタイミングだ。脱獄の準備が整ってもある意味無敵に近い看守がいたのでは決行に移せない。アビス大牢獄の看守は皆が相当の実力者であり、対してこちらは魔術も使えず行動制限が掛かっている。察知された瞬間、脱獄は不可能になる。


 一年が経過し、二年が経過した。毎日来る日も来る日も看守の動きに目を向け、三年に一度だけ看守が交代するタイミングが僅か五分だけあることを私は発見した。


「⋯⋯そろそろだな」


 一族の長であるオディールの指示の元、脱獄作戦の開始を待つ。その瞬間を皆が固唾を飲んで見守っていた。


 看守がソワソワし出し、目配せし何やら手で合図を送っている。いつものルートの巡回を終え、二人の看守が階段を上がり、その姿が見えなくなった。


 オディールが右手を挙げる。

 それを見た皆が一斉に動き出し、重力をもろともしない動作でそれぞれが役割をこなしていく。


 解錠担当のシェミルが右拳を突き上げる。これは事前に決めていた解錠が成功した時の合図だった。

 オディールが頷き、物音を立てないよう牢の外へと出ると、周りの様子を確認し、壁まで向かう。

 懐から闇色の拳台サイズの煌びやかに輝く宝石を一つ取り出すと、そのまま壁に埋め込む。続いて白色の石を地面へと置く。

 オディールが牢の中へと戻って来る。


 皆に視線を送り、静かに頷く。それを見た皆も同じように頷いた。

 数秒の後、闇色の宝石から煙が発せられたかと思いきや、直径二メートル程の横穴を開けそのまま奥へ奥へと進んで行き、やがて見えなくなった。


 あの闇色の翡翠の正体は最高級の魔石だ。勿論私が持ち込んだ物。魔石は魔力を込めることが出来る器。今回はそれを少し改造し、ある魔術を一緒に込めていた。

 それは『穴掘り』。

 しかし、ただの穴掘りではなく、貫通能力を極限まで上げた究極の穴掘り。それを可能にしたのは、込められている魔力量。私は大凡二十年もの間、その魔石に魔力を込め続けた。魔石には魔力を封じておける許容量があり、通常の魔石では大した量は入らない。しかし、長年かけてやっと見つけた最高級の魔石は、まさに無限の魔力蓄積量を可能にした。

 恐らくこの広い魔界と言えど数個しか存在していない貴重な代物だろう。私の場合は、どこぞの金持ち貴族が保管していたものを頂戴しただけ。


 白い魔石の方には防音の魔術が封じ込められていた。アビス大牢獄に使用されている壁や鉄柵は凄まじく強固な素材で構築されていた。そんな壁に穴を開けると言うことは、凄まじい音が鳴ってしまうと考え事前に準備をしていた。


 オディールが横穴を確認し、手招きし皆に合図を送る。

 オディールを先頭に一人、また一人と穴の中へと入っていく。私は一番最後尾を努める運びとなった。

 私は一瞥の不安を抱えていた。まさに、運を天に任せていたと言っても過言ではない。


 穴を開ける方向までは事前に計画を立てていた。しかし、どれだけ掘れば外へ出られるのかは分からなかったからだ。実際は外に出る必要はなく、アビス大牢獄の結界の範囲から出る事が出来れば魔術が使えるようになるはず。私はそれを信じて重力制限の掛かった身体に鞭打ち、進んで行く。


 先へ進むに連れ、入口の光が届かなくなると辺りは何も見えない闇の空間が広がっていた。不安に駆られる者もいただろう。一体どれだけ進めばいいのか分からず、無事に出口に辿り着けることが出来る保証もない。更には今にも後ろから追手が追いついて来るかもしれないと言う不安が疲弊している精神をすり減らして行く。必死に前だけ見て進む。


「お、おぉ魔術が⋯魔術が使えるぞ!」


 先頭の誰かが叫ぶ。

 それを聞いた瞬間、皆が一様に安堵の笑みを浮かべた。同時にそれは脱出が成功した瞬間だったのだ。


 当然のことながら彼等が脱獄した事はすぐに発覚し、看守による捜索隊が彼等の足取りを追った。

 横穴の先、やがて光が差し込みそれを抜けるも既にそこには脱獄囚たちの姿はなかった。

 タッチの差でリシルス達は脱獄に成功したのだ。

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