第332話: ノース

「サナよ。いい加減諦めたらどうだ」


 サナと呼ばれた少女は、先程から魔王目掛けその拳を振るっていたが、その全てが見えない防壁へと阻まれ、ただの一度も身体に届くことはなかった。

「手を貸そうか」と言うユージの助力を拒んでいたサナだったが、一向に突破出来ないこの状況に苛立ちを覚えていた。


「あーあムカつくわね、もう! いいわよ。あんまり時間も掛けれないし、これ解除してよ」


 《魔術強制解除ディスペル


 無情にも魔王の展開していた障壁が掻き消える。


 魔界広しと言えどこれが使える術者は一人しか知らぬな。やはり、身体は動かぬか。加えて魔力も練れぬ。指先でも動かせればまだやりようはあるのだが。

 流石に今回ばかりは私も年貢の納め時かもしれんな。


 ユージが使用している魂縛りは、発動さえしてしまえば抗う術はない。しかし、対象との距離が常に一定範囲内である必要があり、継続して魔力を放出していなければならない。放出量は対象者の魔力量に比例する。魔王程の実力がある者ならば拘束しておくにはそれこそ膨大な魔力が必要になってくる。


「なにさ、目瞑っちゃって。キャハハハッもしかして走馬灯でも走っちゃってるの?」


 魔王は閉じていた目をタイミングを見計らい開けると、レーザービームがサナ目掛けて放たれる。


 サナは油断していたこともあり、腹部に命中してしまった。


「ぐはっ⋯て、テメェなんて事しやがる!」


 口から血を吐き、蹲る。


「サナよ。油断は禁物です。身体の自由は奪っていますが、目までは無理です。まだ他にも奥の手を隠している可能性もあります。私は魂縛りをしているので動けません。早く仕留めて下さい」


 サナはポーチからポーションを取り出すと蓋を親指で破壊するとそのまま勢いよく飲み干した。


「はぁ、はぁ、わ、分かってるわよ⋯」


 一矢は報いてやった。だが、これでもうネタ切れだな。


 回復したサナは、身体の調子を確かめると、再び拳に力を込め始めた。


「一撃よ。一撃であの世に送ってやるわ」


 サナはその拳を振り上げるとニヤリと笑い、渾身の力を込めた一撃を魔王の顔目掛けお見舞いする。


 本来ならば衝撃で遥か彼方へと飛ばされていたはずだったが、魔王は元の位置から一歩たりとも動くことはなかった。


「おかしいでしょ! 何で無傷なのよ」


 それは魔王自身も同様の疑問だった。

 魔術強制解除ディスペルによって魔王を守るものは何もかもなくなったはずだった。


 この懐かしい魔力、私は知っている。これは、ノースなの?


「アンタともあろう者がそのような低俗な輩にやられてもらっては困るな。アンタを倒すのは俺なんだからな」


 魔王の目の前に立っていたのは、ノースと呼ばれた大柄の青年だった。

 忌み子のノース。

 幼少の頃、魔王が直々に育てた人物でもあった。


 ノースが手をかざすと、突然サナが首を押さえて苦しみだした。


「かぁっ⋯な、何を⋯⋯あぁ⋯」


踠き喘いでいたがやがてその動きは止まった。

 その姿を見たユージは魂縛りを解除し、後方へと大きく距離を取った。


「強者は全て出払っていると思っていましたが、どうやら誤算があったようですね」


 ユージのことなど気にも留めず、拘束から解放されふらつく魔王を支えるノース。


「見違えました。立派になりましたね」

「俺はアンタを泣かせる為に何百年も特訓していたからな」

「相変わらずですね。でも、お陰で助かりました」

「アンタに死なれたら困るだけだ」


 踵を返すと、ノースはユージの元へと歩み出す。


「爆ぜて消えなさい!」


 《誘爆炎上フラッシュボムズ


 ノースと魔王諸共周辺一帯が爆ぜる。

 それは誘爆の如く周りを巻き込みながら何度も何度も爆発していく。


 爆発が収まり、爆炎が晴れた先に二人の姿はなかった。


「跡形もなく消えましたか。少々魔力を使いすぎましたね。暫くは身を潜めた方が────」


 自身の杖を手にした右手が宙を舞っている不可思議な光景が目に映る。

 遅れて痛みが込み上げてくる。


 ユージの背後には剣を手にしたノースが立っていた。

 再び神速の剣が振り下ろされるも、既にその場にユージの姿はなかった。


「逃げられたか」

「そのようね。だけど、あの傷ではもう戦力にはならないでしょう」


 ノースは血を振り払うと剣を鞘へと仕舞う。

 魔王はフランの元へと駆け寄り、その無事を確認する。その後、まだ息のある者を順に回復させていく。


「おい、まだ戦いは終わってないんだ。無闇に魔力を消費するなよ」

「案ずるな。これは魔王の称号を持つ者のみが使用出来る治癒だ。魔力の消費はない」


 ノースは少しだけ不愉快そうな顔をすると、魔王城の様変わりを目にし、ため息を漏らした。

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