第302話: 破壊神トリアーデフ編10

 アリオトが通って来た時空の穴から何者かが這い出てくる。


 長い髪を乱雑に搔き上げると、酷く汚れていた自身と衣服を洗浄クリーンウォッシュで整える。

 その姿は、何処か妖艶でいて近付きにくい雰囲気を醸し出していた。


「ふむ。やっと出られたか。ここは一体どこじゃ? 何やら不穏な気配を感じるしの。それに、この匂いは⋯魔女供の結界か?」


 辺りの気配を探っている最中、精霊によって飛ばされてきたアニ達が視界に入る。


「おわっ、なんじゃ!」


 思わず攻撃しそうになる手を止めると、風の勢いを殺し、自らの元へと導いた。


 その者の姿をみたサーシャとアニは、途端に震え出す。

 先程のアリオトとまではいかないが、目の前の人物から漏れる威圧に委縮させられてしまった。


「おお、すまぬな。意識せずとも勝手に漏れ出してくるんじゃ。それ、遮断したぞ」


 この場所に自分達以外の第三者が居るはずがないのは2人とも分かっていた。居るとすれば、すなわちそれは敵であると。

 先程の威圧から、策を巡らせた程度で勝てる相手でないのは、明白だった。

 ましてや、この場にはサーシャとアニと冷たくなりかけているジラしかいないのだ。

 アニが口を開こうとした時だった。それを遮るように言葉を挟む。


「待て、話は後じゃ。まずはコヤツを手当てするのが先じゃな」


 ジラの胸に開いた傷口に手を乗せると、身体全体が眩い光に包まれる。その状態のまま30秒程経過しただろうか。血の気の引いていたジラの顔がほんのりと朱色にそまったのが確認出来る。

 2人はただ黙ってそれを見ている事しか出来なかった。


「これでもう大丈夫じゃ」


 手を退けると、先程まで開いていた穴が綺麗さっぱり塞がれていた。


「うそ、あり得ないわ⋯⋯だって、だって心臓は止まってていたのに⋯」

「うむ。ギリギリだったな。もう少し遅ければ流石に妾でも治せなかっただろうな」


サーシャは尊敬とも畏怖とも取れる眼差しでその者を眺める。


「あ、貴女は一体⋯それにその魔のオーラは⋯」

「聖なる者か。妾とは本来双璧を成す存在同士じゃて。名乗らずとも分かるであろう?」


サーシャは最初に一目見た時から薄々と感じていた。

彼女曰く、双璧を成す聖女は嫌でもその存在を感じとってしまう。


「まさか⋯魔、魔王様ですか?」

「様は不要じゃ。同族でもあるまいしな。そんな事より、この状況を説明してくれんか?」


その正体が分かり、驚いていたのはサーシャではなくむしろアニの方だった。


「魔王様! 助けて下さい! 私達の仲間が、今もあっちで戦っているんです」


 アニは懇願する。自分達ではどうする事も出来ない力を持った存在。そんな相手と対等に渡り合う事が出来る存在が目の前にいるのだから。それは、藁をも縋る思いだった。


「見たところ、お前達はユウの仲間であろう」

「どうしてそれを?」

「其方らから微かにじゃがユウの匂いがしたのが決め手じゃな」


 アニとサーシャが互いに顔を見合す。

それもそのはず。最後にユウと会ってから2日が経過していたのだ。度重なる戦闘で何度も洗浄(クリーンウォッシュ)しているにも関わらず、なんて鼻がいいのだろうと2人は思った。

 しかし、それは魔王の冗談だった。ジラがいる所。すなわちそれがユウ達の居場所だと魔王は認識していたからだ。

 2人が正面へ向き直ると、既にそこに魔王の姿はなかった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「クロよ、こんな所で倒れる程、ヤワに育てた覚えはないんじゃがな」


 ユイ達の窮地に現れたのは、魔王バルサだった。

 クロは薄れ行く意識の中、本来この場所に居もしないはずの人物の声が聞こえ、僅かながら反応を示す。


「育て⋯られた⋯覚え、ない⋯」

「はははっ、それだけ元気ならば何の心配もないな」


 魔王は、クロの隣に歩み寄ると、あろうことか右腕を掴み強引に立ち上がらせる。

 傷口にもう片方の手を当てると、ジラの時同様にクロの体全体が薄緑色に光が輝いた。

 その様を終始ポカンと口を開けて見ていたユイ。

 傷を負わした張本人であるアリオトもまた動きを止めていた。と言うよりも、魔王の動きを食い入るように観察している感じだった。


「さて、これでもう大丈夫じゃ」


 手を離されたクロは、蹌踉めきながらも腹部に開いた穴が綺麗さっぱり塞がっている事を確認する。


「ありがと?」


 魔王はクロの頭をワサワサと撫でる。


「失った血までは回復せんからな。そのまま安静にしておれ。後は妾がやる」


 ユイが駆け寄り、クロの身体をペタペタと触っている。


「クロ、本当に大丈夫なの?」

「うん、もう大丈夫」


 ユイはクロを抱きしめ、涙をボロボロと零す。

何とも愛らしい光景に魔王らしからぬ顔でその様を眺めていた。


「お前も下がっておれ。どうやら彼奴は妾に興味があるようじゃしな」


 魔王は鋭い眼光をアリオトへと向け、その前へと歩み寄った。


「初対面なのは確かのはずだが、何やら懐かしさを感じるのは何故であろうな」

「妾も同感じゃ。まさか、こんな形で相見える事になろうとは、さしもの妾⋯いや、神ですら思ってもなかっただろう。のぉ、父様よ」


 終始クールだったアリオトは、口を歪ませ笑みをこぼした。

 初代魔王アリオトの後を継いだサキュバスのナターシャは、アリオトとの間に子をもうけていたのだ。生まれたのは、アリオトの死後450年後と言うこともあり、父親であるアリオトはその姿を拝むことは叶わなかった。ナターシャはその身に宿った新たな生命をすぐに産み落とす事はせずにその時を止めてしまう延産を選択をした。

 それはサキュバス族のみが行う事が出来る身技だった。自分の産みたいタイミングで産む事が出来るそれをナターシャは夫であるアリオトから託された魔王と言う責務に専念する為に行使したのだ。バルサが生まれたのは、ナターシャが魔王を引退する時だった。


「やはりそういうことか。お前はアイツの、ナターシャの娘か」

「其方の娘でもあるがな」


 アリオトは何処か遠くを眺めるようにその表情は晴れ晴れとしていた。


 アリオトは突如としてその力を全解放する。

 赤くドス黒いオーラを放出し、それが衝撃波のように周りの物全てを吹き飛ばさんと襲い掛かる。先程までユイ達と戦っていた時とは比べ物にならない程の重圧だった。


「まさか、転生してまで自らの娘をこの手で殺めなければならんとはな、これも因果の巡り合わせか」

「転生? まぁ事情はよく分からんが、妾の前に立ち塞がると言うならば、例えそれが父様であろうと消し去るだけじゃ」


 魔王もまたその口を歪め、力を解放した。


「何日もあんな不快な場所に閉じ込められ少々機嫌が悪い。悪いが加減などしてやれんぞ」


 2人の姿がその場から消える。正確には消えたように錯覚する程の速さで移動していた。

 目で追う事も出来ないその領域に、ユイは誓う。


「いつか私もあの舞台に立てるように強くなる」

「私も」


 ユイの隣のクロもまた硬く誓った。

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