第227話: 絶体絶命?

最後に駄目元でリュイにディスペルを使用する。


しかし、結果は変わらない。

依然として、親の仇のような眼差しでこちらを睨みつけていた。


やはり、操られているようには見えない。

そこには、明確な意思があるからだ。

今まで洗脳されていた奴等は、少なくとも自分の意思で動いていない。


脳内で警告信号が鳴り響く。


ハッと、前を向くと、クロが今まさに短剣を俺目掛けて突き立てようとしていた。


それをギリギリ転移で、背後に躱す。


「あっぶね!」


一体何が起こった?


「魔王様に仇なす者、全員排除する」

「おいおい、悪い夢なら覚めてくれ・・」


突然どうしたって言うんだ・・


その時、マジマジとクロの顔を見て分かった事がある。


目だ。


さっきまでとまるで目が違う。

それは獲物と対峙している時の臨戦態勢の目だった。


どうする?


この状況でクロと戦う?

無理だな。

考えが追いつかない、一時退却しかない。


吸血島の外れにある灯台まで転移で逃げた。


ヤバい、ヤバいぞ・・・冗談抜きでヤバい。一体どうなってやがる・・・

クロの突然の変異、あの目は俺の事が分からなくなっている目だった。


確か、クロの発言は、「魔王様に仇なす者は排除する」だったか。


混乱しているのか?

俺が別の人物に見えているのか?

操られている?

いや、違う。

認識が狂わされている?

まるでクロ自体の記憶が捻じ曲げられているみたいだ。


そう考えると辻褄は合うが、今はそんな事はどうでもいい。


いつ、クロはそんな状態にさせられたんだ?

クロがなったのなら、時間差で俺もなるのか?

これは感染するのか?

だとしたらヤバい。


状態回復リフレッシュとディスペルは効力を発揮しないのは確認済みだし、感染を止める手立てがない。


これは詰んだかもな。


ははっ、笑えないな・・



少しでもその徴候が現れたら、すぐに転移でエスナ先生の元へ飛ぼう。

あそこなら、絶界の魔女であるノイズもいるし、きっと暴走した俺を止めれてくれるはずだ・・・

向こうからしたらいい迷惑だろうけどな。

でも、それしか手がない・・


いつでも転移が発動出来る状態で、待つ事・・


10分・・・・20分・・・・40分・・


「何も起きないか・・」


はぁ・・・・

生きた心地がしないというのは、こういう事なんだろうか。


はぁーっと、大きく息を吐く。


流石にこれだけ待って、発症しないんだから、どう言うわけか俺には、効力が無いと考えた方が良いだろう。


助かった・・・マジで助かったな・・・


深呼吸し、改めて辺りを見渡す。

幸いにもここは高所な為、外れでも都市部まで見渡す事が出来る。

遠視を使えば、行き交う人までバッチリだ。


情報が足らない。

何か、何かないのか?


引き続き辺りを隈なく探すが、これと言って変わったものは見当たらない。


あれ?

いや待てよ。


ははっ・・・今度は笑えるな・・

何故気付かなかったんだ・・

初めからあるじゃないか、おかしなものが・・・


ずっと見えていたのになんの疑問も感じなかった。

いやむしろ、見えていたからこそ、気が付かなかったのかもしれない。


そもそも今の時間帯は日中のくせに、なんでこんなに薄暗いんだ?


まさにこの暗さに原因があるんじゃないのか?


まずは何処までの範囲が薄ぼんやりとした暗闇に包まれているのか、天翔てんしょうを使い、確認する。


南東方面、海上側は陸から離れてだいたい数kmの部分までがこの薄暗い範囲に入っているようだ。


境界線には、特にこれと言って何も見当たらない。

ならば、次は上空から見るべく、上昇した。


正確な高度は高度計でもない限り確認は出来ないが、だいたい地上から500mくらいの高さまで広がっているようだ。

そのまま吸血島のちょうど中心部辺りまで進むと、何かの球体が浮いていた。

その表面は、ゴツゴツしていて、生物のようにも見て取れる。


「お前が正体か」


そいつが、この暗闇を作っている原因で間違いないようだ。どうやら単純に明るさが暗いのではなく、薄っすらと煙のようなものを吐き出している。

これが充満する事によって夜になるって事か。

そしてその煙を吸い込むと認識阻害が起こるのだろう。


鑑定アナライズを使用するが、何も表示されない。

情報が見えないあたり、7大魔王の所有物の可能性もやはり否定出来ない。

氷漬けして、煙を出さなくなった事を確認し、ストレージに保管しておく。

難なくストレージに入ったので、どうやら生物の類ではないようだ。


暗闇の原因を取り除くと、あれよあれよと言う間に元の日中の明るさに戻って行く。


これで、皆が元に戻ればいいんだけどな・・

勿論確信はない。寧ろ自信なんてない。


地上へと降り立ち、何食わぬ顔で歩いていると、


「あれ、もしかして人族のユウさんじゃないですか?」


正面を歩いていた吸血鬼族の青年に声を掛けられた。


その後も、今までが嘘のようにすれ違う皆々が会釈したり、挨拶してくる。

逆にこんなに知名度があったのか不思議だが、取り敢えず、元には戻ってくれたようだ。


前を見ると、クロが全速力でこちらに向かって走って来た。俺の気配を感じ取ったのだろう。

一瞬、敵と認識して排除されるのではないかという不安があったが、杞憂に終わった。

そのまま半ばタックルするような形で胸に飛び込んでくる。

その際、中々な衝撃が襲って来る。


「ごめんなさい」


駆けつけるや否や謝罪を告げるクロ。

丁度良い姿勢でもある為、せっかくなので、久しぶりにクロの柔らかな犬耳を蹂躙する。


時折、喘ぎ声を漏らし、相変わらずの気持ち良さそうな表情をしている姿を見ると病みつきになってしまう。



「もう大丈夫だよな?」

「大丈夫」

「ちなみに何処まで覚えてるんだ?」

「全部覚えてる」


どうやら、俺の事が分からなくなっている時も記憶自体はハッキリと残っているらしい。

クロの話によると、俺の存在がイキナリ魔王に仇なす敵に見えたのだと言う。


「分からない。ユウの事が突然無性に斬り刻みたくなった」

「怖!クロが言うと冗談に聞こえないんだけど!」

「冗談」

「・・・」

「もふられた仕返し」


ははっ、そうですか・・・


さて、整理すると、今回は吸血島の上空にいた煙を出す謎の物体によって、詳しくは分からないが、誤認による錯覚が原因みたいだな。

驚くべきは、その即効性と拡散力だろう。


一体何の為にこんな物を仕掛けたのかは知らないが、7大魔王繋がりなのは恐らく間違いないだろう。


その後、リュイ達に会い、ここへ来た本来の目的を果たす事になった。


「族長にも確認したけど、そのアーガスって言う人物は、何百年も前に死んだ人らしいぜ。でも、なんでそんな人物の事を兄ちゃんが調べてるんだよ」

「ちょっと訳ありでね」


地界と魔界とを繋ぐ転送門で逢った吸血鬼族について調べるつもりで来たが、まさか大昔に死んでるとは予想していなかった。

ならば、あの人物は何者だ?

死霊の術か何かで死者を操っているのだろうか?


この世界には、死者を復活させる手段はない。

唯一あるのが、エスナ先生から受け継いだあの術だけだ。

だけど、彼奴らはこの世界の住人ではない。

もしかしたら、奴等の一人に本当にそんな術を扱える輩がいるのかもしれない。


妖魔族にも会いに行くつもりでいたけど、この分なら結果は同じかもしれないな。


(ノア、セリア達に現在の状況を聞いてくれないか)

(はいはいーちょっと待ってね)


ノアからの返事を暫く待っている間に、リュイとステラとの別れを終える。


「なんだよ今来てもう帰るのかよ」

「ま、また来て下さいね・・・ユウお兄ちゃん」


もじもじと終始恥ずかしそうにしているステラだった。


吸血島を出ようとした所で、精霊通信が入った。


(セリアからの連絡がきたよ。あの後、近くのディテールという街に向かったみたいだね。尾行していた二人は、街へ入ると二手に分かれたから妖魔族の方を尾行中。市街地から北上して、人通りがまばらな区画まで進むと一棟の荒廃した建屋に入って行ったらしいよ)

(分かった。すぐに行くと伝えてくれ)


と言っても、ディテールという場所は言った事がないから近場の転送門まで転移する事にする。


「この場所だとレーダー圏外か。少し移動しようか」


ディテールは、確か南方だったな、だけど飛んで行くのは流石に目立つから、


「走って行くぞ」

「うん」


みま苦しく景色が変わっていく。

俺達の脚力が人並みはずれているのもあるんだろうけど、5分程でディテールの街明かりが見えて来た。


このまま徒歩で入って怪しまれても面倒なので、ストレージから馬車とグリムを召喚した。

懐かしのグリムである。

召喚されるやいなや、シャバの空気が恋しかったのか、元気一杯にはしゃいでいる。


グリムは、馬車の牽引をしてくれている頼もしい仲間だ。

元は、モンスターだったのをモンスターテイマーの捕縛テイミングによって半ば強引に仲間になった経緯がある。


馬車に乗り、正式な手続きを踏み、街の中へ入る。

普通の検問だったところを見るに、7大魔王の情報はまだ出回っていないのだろう。

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