第195話 :ラムール
皆と別行動を取っている俺は、宮廷作法会得に向け、絶賛ムー王女との特訓中だった。
そうして1日目の夜を迎えていた。
動き辛い貴族服を着せられ、朝から晩までお辞儀の練習に始まり、言葉遣いの練習、はたまた、テーブルマナーまで、国定勲章授与式に出るだけにも関わらず、テーブルマナーはいらないだろ?とムー王女に反論したが、覚えておいて損はないと一蹴されてしまった。
「明日も早いんじゃからもう寝るぞ」
そうして今に至るのだが、一体この修羅場は何なんだ?
ムー王女の寝室で、しかも同じベットで寝ている。
どうせ無駄だろうが、無意味な質問を投げかけてみる。
「なんで同じ部屋でしかも同じベットなんだよ」
「妾が了承しているからに決まっておろう」
「いや、そうじゃなくてだな。俺の意思的なものはだな・・・」
「そんなのあると思うのか?」
「・・・」
苦手だ。
主導権を握らせてくれない。
全くもって、俺の苦手なタイプだ。
「明日も厳しい訓練が待ってるんじゃから早う寝ろ」
「ならせめてもうちょっと離れてくれ!おい!手を握るな!」
こうして俺の睡眠は妨げられた。
結局一睡も出来ずまま、朝を迎える事になった。
考えすぎ?気にしなければいい?
無理だよ。
ベタベタと身体を触って来るだけならまだしも、半分抱き付いてくるムー王女をどうして気にせずいられるだろうか?
解いても解いても同じ姿勢に持ち込んで来る。
程よい胸の感触。
伝わってくる暖かな体温。
寝れるわけがないだろう。
「おはようユウ。昨日は眠れたのか?」
「・・・ああ、おかげさまでな」
ムー王女がワザとやっているのか、今一不明なのが俺が本気で怒れない理由だった。
本当に気があるのか、ただ単にからかってるだけなのか。
「さぁ、いつまでもボーッとせずに顔でも洗ったらどうじゃ」
こうして二日目の特訓がスタートした。
ユイたちは、エレナと楽しくやってるだろうか…
「ユウ。急なんじゃがな。今日妾は、隣国の挙式に行かねばならなくなったんじゃ」
「誰か結婚でもしたのか?」
「うむ。国王の娘の一人がな。昔はよく一緒に遊んだものじゃ。あやつがなぁ、時代が立つのは早いものじゃ」
何を年増みたいな事を言ってるのか。
実年齢的には俺よりも相当若いだろうに。
いや待てよ。
って事は、今日の訓練は休みって事だな。
急な出来事だからな仕方ないよな。うんうん。
そんな俺の心の声を感じとったのか、
「何か勘違いしておらんかユウ。バーン帝国の代表として妾と一緒に挙式に参列して貰うつもりじゃ」
「なんで俺が!」
「なに、実地訓練じゃと思えばいいんじゃ。もし誰にも怪しまれなければ、卒業試験の合格じゃ」
二日目にして初めての実地訓練で、それでもって卒業試験とは幾ら何でも滅茶苦茶だ。
だけど、全ては俺の事を思っての事なんだと思えば、一方的に拒絶する事は出来ない。
「参加するだけでただ立ってればいいんだよな?」
「うむ。概ねそうじゃ」
概ねという言葉が非常に気になるが、聞くのも怖い。
コンコンと誰かが部屋をノックする。
「お嬢様、馬車の準備の方が出来ました」
馬車って事は、隣国までの脚に使うのだろう。
飛んで行った方が速いんだけどな。
「うむ。分かった。身支度を整えたらすぐ行く」
その後、外行の服に着替えた俺は、ムー王女と二人馬車の中で揺られていた。
「隣国のラムールまでは、2時間程じゃ」
馬車は、流石王族仕様ともなれば、外側だけではなく、内装も煌びやかで無駄に輝いていた。
足元には、高級そうな真紅の絨毯が敷かれているし、銀製品の食器棚なんて物まであった。
長旅の場合は、専属でシェフが同行する事もあるのだとか。
馬車の中は、俺とムー王女の二人だけだが、御者と護衛の騎士隊6人が馬車の前後左右を囲む形で並走していた。
「こんなに護衛が必要なのか?へたな護衛よりムー王女の方が強いだろ」
「まぁ、そう言うな。お父様が護衛をつけないとうるさいんじゃ。それに妾は、か弱い女(おなご)なんじゃが?」
「か弱いかどうかは置いておくにしても、こんな馬車を襲ったりする輩なんているのか?」
「護衛が少ない場合は、意外と襲って来たりするぞ。妾も何度か経験がある。ま、その場合は妾自らが返討ちにしてくれるがの」
確かに俺たちも馬車旅の経験はあるが、かなりの頻度で野盗か賊に襲われている気がする。
まぁその時は、相手側に運がなかったと諦めて貰うんだけどね。
道中は、平和で野盗どころかモンスターすら襲ってくる事はなく、予定通り目的地であるラムールへと到着した。
外壁を堅牢な壁に覆われた国だった。
その高さは見上げる程に高く、一体どれだけの時間と人数を掛ければ築き上げる事が出来るのか想像出来ない程だった。
目の前の巨大な門に向かうのかと思いきや、馬車の進行方向は別の場所へと向かっていた。
正面の大型馬車でも2斜線対向有りで易々通行出来そうな門とは違い、大型馬車1台がギリギリ通過出来そうな門の前へとやってきた。
恐らく、身分の高い者専用の門なのだろう。
事前に俺たちがこの時間に到着する事が連絡されていたのか、警備隊が数人、門の前両サイドに整列していた。
「ようこそおいで下さいました!バーン帝国ムー王女様!」
先頭にいる騎士の中では一番位の高そうな人物の言葉を皮切りに一斉に他の人物が頭を下げる。
「降りるのか?」
「いや、窓の外に手を振るだけでいいじゃろ」
特に入国審査等はなく、顔パスで通過出来るのだから、流石は王女様だ。
並走していた騎士の何人かは、門の詰所らしき場所へと向かっていた。
馬車に乗車したまま、国の中央にある城へと向かうようだ。
車窓から景色を眺めようと思っていたのだが、門を抜けるとすぐに地下のトンネルへと入り、途中いくつかの分岐点があるのみで、面白みがある光景が全く見えなかったのは少しだけ残念だった。
「凄いな、これ地下道ってやつか」
「うむ。直接城内に通じておるから、王族や国賓しか通行する事が出来んようになっておる」
「他国なのにやけに詳しいな」
「以前はよく遊びに来たものじゃ。この地下道も走り回っておったからな、妾にとっては庭みたいなもんじゃ。そろそろ到着のはずじゃ」
ムー王女の言う通り、少しすると馬車が止まった。
目の前には、堅牢な扉が見える。
「馬車は、ここまでじゃ。ここからは歩いて行くぞ。あ、忘れておったが、今回のユウの立場は、妾の第一婿候補という事になっておるからの。そのつもりでおってくれ」
今しれっと凄い事言わなかったか?
しかし、聞き返そうと思った時には、既にムー王女は馬車から降り、付人に連れられ先へと行ってしまった。
ちょっと何?
婿?
候補?
は?
嫌な予感をヒシヒシと感じながらムー王女へと続く。
道中護衛をしてくれた騎士隊の皆さんは、ここまでだった。
こちらに向かい、違うな、ムー王女に向かって敬礼をしていた。
ムー王女は振り返るそぶりがない為、手を上げてへんじをしておく。
俺とムー王女は、豪華な部屋へと通され、暫し待つように言われた。
「さっきの話は一体どういう事なんだよ」
「ん?あぁ、其方の為に言ったんじゃよ。本来王族の挙式というのは、例外を除いて王族もしくは、その近しい者しか参列する事が出来んのじゃ。つまり、ただの貴族に扮しているユウでは、参列の資格はないんじゃ」
「勝手に連れてきておいて、資格もへったくれもないと思うけどな」
「まぁ、そう拗ねるでない。じゃから、今回は妾の婿候補つまり、将来のバーン帝国の国王なのじゃから、これ以上の資格はないぞ」
ニヤニヤと笑みをこぼすムー王女。
もう何でもいいよ・・
早くこんな茶番を終わらせてみんなの元に帰りたいと切に願う。
若干だが、俺がホームシックに項垂れていると、ドアがノックされた。
「フラム!お久しぶりね。会いたかったわ」
「うむ。ラティも元気そうで何よりじゃ」
久しぶりの再会なのだろう。
手を取り合いその喜びを分かち合っていた。
俺はまあ、完全な場違いな訳で・・
小道に転がっている石のように気配を殺して佇んでいると、ラティと呼ばれた彼女が、こちらの方に目配せする。
「ムー。こちらの素敵な殿方は?」
「妾の将来の伴侶候補じゃ」
信じられないとでも言うように、ムー王女と俺の顔を行ったり来たり見ていた。
「へ〜あのフラムがねえ〜」
ラティは、目を上下左右に展開し、俺の事をくまなく観察している。
正直恥ずかしい。
隣にいるムー王女が、チラチラと何やら言いたそうにしている。
分かってるよ。まずは自己紹介で、その後お礼だろ。
伊達に1日訓練していないさ。
「初めまして。ユウと申します。この度は、ご婚約誠におめでとうございます。また、お招き頂きありがとうございます」
「ご丁寧にありがとうございます。そして初めまして、私はラティエラ・フォンブランです。近しい者からは、ラティと呼ばれています。どうか貴方もそう呼んで下さると嬉しいわ」
「そんなことよりもラティ!さっきのはどういう意味じゃ?」
「えーだって、ムーは昔っから殿方には全く興味なさそうだったから、変わったね、ムー」
二人は昔話に花が咲いている。
このアウェイ感はなんだろうか。
俺どうみても、この場にいらないだろ。
しかし、このまま空気と化しているままの方がまだ良かった。
昔話の話題から、俺とムー王女の馴れ初めの話題になってしまった。
年頃の娘は、なぜこう色恋沙汰が好きなのだろうか。
「そうじゃな、ユウとの出会いは、実に刺激的じゃったな」
「ちょっと、刺激的ってどういう意味なの!」
詳しく詳しく!とラティはムー王女に詰め寄る。
確か、ムー王女との出会いは、各国の王女達が参加するパーティーで出会ったんだったな。
あの時は、まさか魔界に飛ばされるとは思っても見なかった。
確かにそれを考えれば、刺激的という言葉が当てはまるのだろうけど、普通に誤解されるだろそれ。
そうして盛り上がっている所にドアがノックされる。
「ラティエラ様、妃様がお呼びで御座います」
「分かったわすぐに行くと伝えて」
その時のラティの表情は何処か物悲しく、まるでまだ決め兼ねているような悩んでいるように俺には映った。
「ではお二人とも、また後でね」
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