第135話: 救出劇

アリスと合流した俺は、アリスに捕まりながら上空からドアーフの集落を見降ろしていた。


バレないようにかなり高度を上げているが遠視のおかげでバッチリ下にいるドアーフの顔の表情まで把握出来る。


「マスター、あの奥の一番大きな建物の中に妖魔族の反応があります」

「アリスには中の様子が見えるのか?」

「温度感知です。私が確認した所、妖魔族は他種族よりも体内温度が僅かながら高いようです。平均にして約2度です」


サーモグラフィ機能搭載とは、未来の世界もビックリだな。


リアの事前の情報通り、ドアーフたちの人数は約500人程だった。


取り敢えず、定石となりつつあるが、いつものように姿を消して近付いてみる。


「アリスは、近くで待機していてくれ、追って指示を出すから」

「了解マスター」


まだ夜明け前ということもあり、見張りをしていた数人以外は全員寝ているようだ。

このチャンスを狙う以外はない。


妖魔族が捉えられている建物の前には見張りが4人。

建物の中には、アリスの言葉通りならば、範囲探索エリアサーチの反応から22人を除いて見張りは4人のはず。


ドアーフの連中は、思った以上にレベルが高いようで、大体平均40前後といった感じだ。

全員が上級冒険者並みの実力ということになる。


ま、俺の敵ではないけど。


なるべく物音を立てないように、まずは入り口の4人を気絶させ中へと入る。

サイレントキラーとは違う。だって殺してないしね。

今回はあくまでもリアたちの境遇に同情しただけで、協力しているのであって、本来ならば種族間の揉め事には極力関わり合うつもりはないのだから。


奥の方に二人の見張りが視認出来た。

しかし、どうやら眠っているらしい。

見張りが寝てどうするよとツッコミを入れたいが余計な手間を省けたので、今はお礼を言っておく。

途中で目を覚まされても困る為、催眠を上書きしておくことを忘れない。


更に進むと、妖魔族達の姿が見えた。


これは酷いな…。


大半が何処かしこに包帯を巻いている。

肌には鬱血の跡があり、怪我をしているようだ。

恐らく血を採取するために痛めつけられたのだろう。


こっちも全員寝ているようだな・・・いや、前言撤回。

状態が睡眠になっていないので、寝ている振りをしているのだろうか?

それとも単に寝付けないだけ?


見張りは4人。

それぞれ四方に座っている。

流石にここは全員寝てましたなんて美味しいシュチュエーションはないようだ。

その手にはハンマーやらナイフやら槍に鎖鎌まで持っている。


同じ箇所にいれば、4人程度なら一瞬の内に行動不能にするのは簡単だけど、流石に部屋の四方となると、そうはいかない。多少なりとも移動に時間が掛かる。


どう攻めるべきか考えあぐねていると、妖魔族言語で何やら会話が聞こえてきた。


「・・・このままだと、俺らは明日にでも皆殺しにされちまう。どのみち死ぬなら・・行動を起こすなら寝静まってる今しかないんじゃないか?」

「でも、チャンスを伺ってるけどいつまで経っても見張りに監視されてるわ・・」


自分達の声が他の種族に聞こえないのを上手く利用しているようだ。

まさか、ちょうど脱出を企てているタイミングに居合わせるとは都合がいい。

是非に利用させてもらうとする。


暫く話し声に耳を傾けていた。


どうやら、この場にいない妖魔族が一人いるらしい。

元々聞いていた人数と合わなかったので、合致する。

一族の長であり、別の場所で拷問紛いなことをされているようだ。


(アリス、やはりこの場所以外に妖魔族が一人いるみたいだ。正確な場所を把握出来ないか?)

(・・再検索を実行しましたが、体温感知に該当0です)

(そうか、分かった。引き続き上空からの監視で何か変わった動きがあれば連絡してくれ)

(了解マスター)


最悪の場合も考えなければならないが、例えば地下深い場所に監禁されていた場合も感知出来ないかもしれない。


考えても拉致があかないので取り敢えず今は目の前の妖魔族の人達だけでも救うのが得策だろう。


先程から互いに連絡を取り合っていた妖魔族達がいよいよ行動を開始しようとしていたので、すかさず待ったを告げる。


「妖魔族の皆さん待って下さい」


「ん、誰の声だ?」「聞いたことがない声よ?」「普段無口のラースの野郎か?」


ラース?誰だよ。


「俺は人族のユウと言います。妖魔族のリアさんとヤクさんの依頼で皆さんの脱出のサポートに来ました。今は詳しい話をしている時間はありません」

「な!あの二人は生きているのか!」「良かった・・」「なんで俺達の言語が話せるんだ?」


えっと・・・

四方八方から聞こえてくる慣れない言語にチートスキルで翻訳は完璧でも流石に聞き取りづらいな。。


「すみません。俺自身この言語は覚えたてで、不慣れなので、代表の方とだけ会話を限定させて下さい」


少しの沈黙の後、


「分かりました。妖魔族の長の補佐をしております。リーゼと言います」

「ありがとうございます。リーゼさん早速ですが、脱出に向けての段取りを説明します」


まず、全員が起きていることを確認した上で、四方にいる見張りを3人ずつで昏倒させる。

俺は右上の一番レベルの高い奴が担当だ。

高いのはその一人だけで、他の見張りのレベルは大したことはないので、数人で取り押さえれば問題ない。


「見張りを全員倒した後は、皆さん全員が手を繋いで下さい。転移魔術を使ってこの場所から離脱します。必ず手を繋いで下さい。でなければ置いて行くことになりますので」


本当は魔導具の力なんだけど、説明が面倒なので魔術という事にした。


事前にポータルリングのメモ先をヤクと出逢った森の先で登録しておいた。

どういう訳か、元々メモ先として保存できるのは最大で4つだったけど、それが8つに増えていた。


俺の合図と共に静寂に包まれていた場が一転、見張りをしていた4人のドアーフを襲った。


不意を突かれたのもあるが、抵抗する事なく見張り達はアッサリと地に伏した。

外の連中に気付かれないように物音は最小限に抑えて。


全員が手を繋いだのを確認し、転移してこの場から離脱する。


転移先には二人の待ち人がいた。


同じ妖魔族のリアとヤクだ。

事前にこの場所に救出した皆を連れて戻って来ると伝えていたからだ。


俺達の姿を見るや否や駆けてくる。

そして抱き合い、こうして互いがまた生きて出逢えたことの喜びを分かち合っていた。


しかしまだこれで終わりではない。


「リア、後は頼んだ」


俺はまたすぐその場から離れた。


まだ妖魔族最後の一人、長役であるマムさんが残っているのだ。


すぐにドアーフの集落に戻り、アリスと合流した。

今度はアリスと一緒に透明化マントを羽織り、集落内をしらみつぶしに探して行く。


どうやらドアーフたちは、まだ妖魔族達が逃げ出した事に気が付いていないようだ。


「マスター」


アリスが何やら気が付いたようだ。


「体温が異様に低い人物を補足」


他に手掛かりはない。アリスの見つけたその人物の場所へ向かう事にした。


密集していた集落場所からは少しだけ離れている所にテントが一つだけ見える。

どうやらあの中のようだ。

範囲探索エリアサーチの反応は一人だけ。


透明化状態のままテントの中へと入った俺が見たものは、想像を絶する程の痛々しい姿をした妙齢の女性だった。

天井から鎖で右腕が吊り下げられている。


周りには拷問紛いの道具が散乱しており、彼女の右脚と左腕は切り落とされていた。


拷問の限りを尽くされたのであろうその姿に嗚咽を漏らしそうになる。

隣にいるアリスは、この光景を見ても顔色一つ変えていない。

そういう感情は持ち合わせていないのだろう。


酷すぎるにも程がある。

生きているのか死んでいるのかさえ分からない。

彼女はピクリとも動かないのだ。

だけど範囲探索エリアサーチに反応はあるのでまだ生きている。

今ならまだ救える。


すぐに俺は透明化を解除した。


「アリスは、入り口を見張っててくれ」

「了解マスター」


すぐに鎖を断切り、彼女を地面へとそっと寝かせ、治癒ヒールを施す。


これだけの損傷でも治癒ヒールで治ってしまうのだから改めてその効果の恐ろしさを感じる。


最初に入った時に妙な違和感を覚えていた。

それが今分かった。

これだけ拷問されたにも関わらず、この場にはなければならないものが一切なかったのだ。


一滴足りとも・・


そう、血だ。

血が一滴も落ちていない。

しかし拭き取った痕跡は見受けられた。


これは、ドアーフたちが綺麗好きだからでないのだろう。

彼女達妖魔族の血が希少だからだ。

一雫足りとも無駄にはしないという、ドアーフ達のがめつさが垣間見られる。


彼女は服を着ていない状態だ。

流石にこの状態のまま外に連れ出す訳にもいかない為、ストレージから服の代わりに白のシーツを取り出し、彼女に巻いた。


その彼女を抱き抱え、アリスと一緒にドアーフの集落を後にする。


皆が固唾を飲んで戻ってきた俺達を出迎えてくれた。


いつの間にやら朝日が昇り始めていた。

結局、マムさんの眼が覚める前にリア達とは別れ、俺とアリスは馬車へと戻っていた。


「おはようユイ」

「おひゃよーお兄ちゃん・・・ふあぁ・・」


何事もなかったようにユイとシュリが目を覚ます。

というか、昨晩から今朝にかけての事件を二人は知らない。

「あれ、リアの姿がないよ」

「ああ、リアは昨晩記憶を取り戻して、故郷へと帰っていったよ」

「えー、そんな!私まだお別れの挨拶してないよ!」


ユイがブーブーと文句を言い放っている。


いつものように朝の運動でユイとシュリが馬車から降りると、すぐに馬車の中に戻ってきた。


「何か人がいっぱいいるよ。リアの姿も見える」

「え?」


急いで馬車の外に出ると、リアや妖魔族の人々が全員膝をつき、こうべを垂れている。


えっと、ちょっと待ってね、話が全く読めない。

思考が混乱していると、皆より一歩前に出ている長のマムさんが状態を崩さないまま語り出した。


「此度は、我々妖魔族の窮地を救って頂き、感謝の言葉もありません。我々妖魔族が滅ぶかどうかの瀬戸際でした。こうして全員が生きているのはユウ様のおかげです」

「顔をあげて下さい。別にお礼を言われるような事はしていません。むしろ、窮地を伝えてくれたリアとヤクさんのおかげでもあります」


この状況が全く分からないユイとシュリは、頭に?を浮かべていた。


しかし、リアさん達はドアーフの魔の手から完全に解放された訳ではない。

妖魔族である以上、これからも隠れ住まなくてはならない。彼女達の今後のことを考えると、まだまだ同情してしまうのだが、俺がいつまでも守り続ける訳にもいかない。

別れの挨拶の後、すぐに山奥へと新たな住処を探すべく出発していった。


別れの際にマムさんから手渡された物がある。

見た目は綺麗な宝石のようだけど、鑑定アナライズすると、何かの鍵との記載があった。


そう言えば、マムさんも元気そうで良かった。

酷いことをされただろうに。

無理に明るく振舞っていた気はしないでもないけどね。

また何処かで会えたらいいな・・。


仲間外れは可哀想だから今回の出来事は後でちゃんとユイとシュリに説明しなくちゃね。

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