第126話: 停戦協定への道
「一通りの話は聖女より聞いたが、貴殿の口からも聞かせて欲しい。此度の件、魔族側の停戦協定が承認されたのは誠か?」
「はい、真実です。私が崇拝している神メルウェルに誓って」
皇帝陛下は考えに耽っている。
「そうか、分かった。皆の者、これより多数決を執り行う。停戦協定に賛成の者は挙手して欲しい」
衛兵や貴族の傍観者、書記などの事務スタッフを除いた今この場に集っている軍騎会のメンバーは15人。
戦時に対しての有事を決める際は軍騎会の多数決で決めるそうだ。
半数の8人以上ならば賛成と判断され、正式に議題として取り上げられる。
そして、賛成で挙手した人物は8人だった。
俺は見えないように小さくガッツポーズを取る。
しかし、皇帝陛下は手を挙げていない。
「多数決制により、これより魔族との停戦協定に向けての議論を行う」
「待って下さい!」
異を唱えたのは、勇者とおぼしき格好をした青年だった。
何より、称号が勇者にしてレベルが67となっている。
以前、港町ペリハーファで出会った勇者スライよりもレベルが高い。
ところで疑問に思っていたが、この世界に勇者は何人いるのだろうか?
てっきり、真の勇者と呼べる存在は一人だと思っていたのだが、ジラとの因縁の相手もまた勇者だったし、複数存在しているのも確かだ。
現に、この場には勇者の称号を持つ人物が3人もいる。
勇者の称号を貰うためのクエストのようなものがあり、それをクリアすると勇者の称号が手に入るのだろうか?
機会があったら、リンにでも聞いてみよう。
別に勇者になりたいわけではなく、むしろその逆。
出来れば、なりたくない。
称号が勇者なんて目立って仕方がないからね。
それに取得条件を予め知っておけば、回避する事も可能だろう。
少し脱線してしまったが、魔族との停戦協定に反対しているのは一部の王族と勇者達3人だった。
リンも言っていたが、勇者からすれば魔族は打ち滅ぼさねばならない敵だ。
その為、幼少期より血の滲むような鍛錬を毎日してきたんだ。
魔族と停戦協定など結べば、思念を晴らす相手が、いなくなってしまう、今までのように好き勝手魔族とやり合うことは出来なくなるだろう。
反対するのは頷けるのだが、そんなこと俺の知ったことじゃない。
「冒険者のユウと言ったな!お前の話は信じてやる。だが、魔族共がそんな話を守るはずがない!お前は騙されている。停戦協定を結んで油断しているところを狙ってくるに決まっている!必ず手痛い仕打ちを受けるだろう!」
「勇者アルフレッドよ、多数決制により、既に議論することに決まっておる。反対意見はあるとは思うがーー」
「停戦の道を話し合う事自体、我々勇者連合にとって屈辱極まりない。退席させてもらう」
勇者アルフレッドの言葉に、この場にいる他の勇者2人も席を立ち議場を後にする。
その際去り際に意味深な言葉を残して、
「これだけは忠告しておきますよ。必ず後悔する事になる。精々寝首をかかれないように気をつける事だ」
「アルフレッド!無礼であるぞ!」
勇者3人は議場を後にする。
その後、本格的に魔族との停戦協定についての議論が行われた。
「ではこういう事か、魔族の代表である魔王とは約束は交わしたが、魔族達はまだそれを知らないと」
「はい、今私の仲間達が魔界へ赴き伝えに行っています」
「その結果はいつ分かるのだ?場合によっては、魔王の意をくまず敵対行動をする者も現れるのではないか?」
「私は仲間達を信じています。ですが、全ての魔族達を縛るのは無理があります。中には決まりを守らない輩も出てくるかもしれません、しかし、それは同時に人族にも言える事だと思います」
その後も各々が活発に意見を言い合い、気が付けば深夜になっていた。
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ジラ視点
時は少し遡る。
ユウ様と別れて、私はイスと共に魔界へと戻ってきた。
「イス、まずは兄の元へ向かいます」
「分かりました!一緒に頑張って説得しましょうね」
ユウ様と魔王様の話し合いで決まった内容、堕とし子を贄とする事の阻止と、人族との停戦協定の締結を魔界全土へと知らしめる事。
それが今の私達の使命だ。
魔族を動かしているのは、元老院と呼ばれている4人の長老達だ。
魔界は広い。とてつもなく広いのだ。
その魔界を均等に4分割し、それぞれの場所に代表者を一人づつ設けている。
それが元老院と呼ばれている存在だ。
私はこの元老院を説得する必要がある。
昔の私ならば、少しは権限があり、多少は元老院達にも顔が効いていたのだけど、魔界を飛び出した私にはもはやそんな権限は微塵も残ってはいない。
ならば、その権限を持っている者に頼むしかない。
私が一番に目をつけたのは、私の兄だった。
父が亡くなり、兄が現バーミリオン家の当主となっている。
バーミリオン家は、魔界3大名門と呼ばれている。
その事もあり、元老院にも多少なりとも影響を与える事が出来る。
「お姉様!見えて来ましたよ!」
イスが下の方を指差している。
そこには、見慣れている巨大な屋敷が視界に入った。
我が家なので当たり前の事なんだけど、どこか懐かしさを感じる。
ここを飛び出した時はまさか魔界に戻ってくる事になるなんて思っていなかった。しかも今回で2度目だった。
「お姉様?」
感慨深そうに耽っていた私の顔をイスが覗き込む。
「あ、ごめんなさい。行きましょうか」
「考え事をしているお姉様も素敵です・・」
屋敷のドアを開ける。
どういうわけか、屋敷の中からは人の気配がない。
「誰かいないか!シア!カサルバミア!」
屋敷に仕えているメイド達だ。
やはり反応がない。
「みんなどっかに行ってるのかな?」
「無用心すぎるわ。鍵もかけずに屋敷を空けるなんて」
すると、屋敷の裏庭から気配を感じた。
「イス!一応警戒してて!裏庭に誰かいるわ」
「はい!お姉様」
二人で裏庭へと向かう。
そこに居たのは、見覚えのある人物だった。
「ユライハム兄さん!」
私の兄だった。
「なぜお前がここにいる」
兄さんはこんな所で何をしているのかと思ったが、今兄さんの立っている場所を見て私は納得した。
そこには、亡き父と母の墓標のある場所だった。
「ああ、父様に決意を述べていたのさ。必ずや魔王様を救い出し、必ずや人族どもを皆殺しにするとね」
タイミング的には最悪な時に来てしまったと、2人で顔を見合す。
イスもまた同様の思いだったのか気まずそうな顔だった。
「それより何故お前がここにいる。今のお前は我々魔族を裏切り、人族なんかを主人としていると聞いたが?」
「その件については、後でちゃんと説明します。それより今日は兄さんに伝えたい事があって来ました」
「悪いが私は忙しい。この後クオーツの集会があるんだ。お前も話だけは聞いているだろ。魔王様の封印されている場所が分かったと」
「はい、伝えたい事とはその件です」
「何?なら話せ」
「ありがとう兄さん、実は・・・」
私はユウ様と魔王様との会談の内容を兄さんに話した。
「はははっ。それを信じろと?ありえんな。仮にそのお前の今の主人である人族が魔王様の意思と触れ合ったとして、魔王様が停戦に合意するはずなどないだろう。魔王様は人族を酷く憎んでおられるのだから」
「ねえ、兄さんは、なぜ私達魔族と人族が争っているのか知ってる?」
「そんなの知る訳がないだろう。5000年以上前の話しだぞ?その頃から存命しておられるのは、魔王様と元老院のスザク様くらいだろう」
私は、ユウ様から聞いた争いの火種となった事件について兄さんに話した。
「もし、仮にそれが本当だとしたら、魔王様は人族との共存を望んでいたという事になる」
「ええ、そうよ。心無い人族の手によって、魔王様は心を痛め、結果人族との対立の道を選ばれたの」
「非常に興味深い話だが、それがどうした?」
「魔王様もいつまでも人族と対立していても駄目だと気が付かれたの。だからまずは停戦協定をーー」
「お前、その話し誰が信じると思う?」
「私も当事者です!」
私の後ろにいたイスが隣で手を挙げていた。
「お前は、イスか・・。確か、敵対行動を取って手配中だったはずだが」
「メルシー様を贄にする件も魔王様直々に必要ないと仰られています!」
「ああ、その件だがもう遅い」
え?
「今頃、凪の丘に堕とし子を全員集めて、儀式をしている頃だ」
「そ、そんな・・・予定ではまだ先のはず・・」
イスは、驚愕の事実に膝をついている。
「間に合わなかったの、私は・・」
「兄さん。手を貸して下さい」
「なぜ私が?」
「兄さんには一つだけ貸しがあったのを思い出しました」
「おい!ここであれを持ち出すのか!」
「はい」
「貸しですか?」
「ええ、私と兄さんの間だけのね」
こんな時に貸し借りとは一体何の話をしているのだろうか?とイスは疑問を頭に浮かべている。
「ああ、くそっ、、もう分かった!行くぞ!」
「はい!兄さん!」
「イス、行くわよ!」
塞ぎ込んでいるイスの肩に手を差し伸べる。
「大丈夫、急げばまだ間に合うわ」
「はい、お姉様!」
「お前、もう一度だけ聞くが、この話は本当だよな?もし嘘なら俺は反逆者扱いだ」
「私が今まで一度でも嘘をついた事がありました?」
「ないな。というか、お前、変わったよな。何というか、前より生き生きしているというか」
「そう?兄さんも口数が多くなったわ」
「うるさい。あれだ、お前の今の主人。あとで合わせろよな」
「兄さん・・」
言って照れ臭そうにそっぽを向いている。
「どうせ、停戦協定を結べば、人族と会ったって何の問題もないだろ」
「はい!必ず!約束します」
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