第110話: 勇者一行再び
「じぃーーーぃ」
俺達は、宿屋でダラダラと過ごしていた。
広すぎる為、少し落ち着かない。
さっきから、ユイはペットのミミをじっと睨んでいた。
ミミというのは、コイツの名前がリトル・ミミグランデという名前から俺がつけたのだ。
センスがないのは分かっていたが、決めて下さいと言われて仕方なしにだ。
「ミミなでなで~」
「ミミお手」
「ボクをペット扱いしないでほしいな!」
口では嫌がっているが、本気で抵抗すれば簡単に振りほどけるのをしないのは、まんざらでもないのかもしれない。
クロも混ざり、英魔がお触りされまくっている。
俺も混ざりたいのだが、恥ずかしい気持ちの方が優っているので、我慢している。
英魔とは、数百年の時を生きたモンスターの成れの果てらしい。
長生きなら全員が慣れるというわけではなく、その中でも極一部の限られた存在だけらしい。
珍しいのでその素性はあまり知られていないようだ。
そんな珍しいのがペットになったのだから、仲良くなって色々聞き出そうと思っている。
半ば騙して、契約を結んだので、俺の命令には逆らえない。
俺も悪だな・・。
「ちょっと出かけてくるよ」
ユーリ達勇者御一行様と会う約束をしていたのだ。
あまり本物の勇者と関わり合いたくないけど無下に断るのもどうかと思ったんだよね。
「どちらに行かれるのですか?」
「ちょっと勇者一行に会ってくるよ。リンも来てくれるかい?」
一人だと心細いとか、そんなのじゃない。
もしもの時の為に、何かあってはマズいのでついて来てもらうのだ。
それにリンは勇者の里出身なので勇者の事を知っているかもしれない。
「分かりました」
流石に勇者の前に、何の説明もなしに魔族であるジラやクロを連れて行くわけには行かないだろう。
いきなり切りかかってこないとは思うが勇者と魔族っていうのは、俺などには計り知れない過去の因縁めいたものがあるようだしね。
落ち合う場所は、北西にある『ウィッシュブラッシュ』という酒場だった。
港町ペリハーファは広いのだが、その大部分が港なのでそれ以外の商業地は、迷子になる程の広さはなかった。
迷うことなく、目的地へと辿りついた。
店の入り口の両端に人一人が軽く入れそうな巨大な酒樽が左右に置いてある。
「私が先に入ります」
リンが率先して先に入る。
中へ入ると、まず最初にユーリが目に入った。
ユーリの周りには4人の人影がある。
周りを見渡すが、その一行以外に客はいないようだ。
カウンターには店員が1人。
「いらっしゃい、今日は私達で貸し切りにしてあるの」
店1件貸し切りって結構お金いるんじゃないのだろうか。
客といっても、俺は別に酒を飲むつもりはないんだけど。
ただ話をしに来ただけなんだけど・・。
「あれ、てっきり全員で来ると思っていたのだけど」
「他の者は、ちょっと外せない用があってね」
ユーリ達の所まで進み、テーブルを挟んで対面の席へと座る。
テーブルを挟んで5:2の形だ。
勇者とは、顔見知りだった。
もちろん最初に会った時は、顔を見る前に気絶させられたんだけどね。
次に会った時は、あっちの方が死にかけていた。
つまり、こうやって面と向かって会うのはお互い初めてだった。
そういえば、あの時の借りを返してなかったね。あの背後から殴られた時のお返しをね。
ひと際際立った豪華な鎧を身にまとったこの男が勇者だ。
後ろには、巨大な剣を担いでいる。
「初めましてだな。俺は勇者エルレイン・スライだ。よろしく頼む」
「俺は、冒険者のユウです。よろしく」
「私は、リン・スカーレットと申します。勇者様にお会いでき光栄に御座います」
その他勇者御一行様のメンバーも順に自己紹介していった。
聖職者のマーレ、盾騎士のセルザ、魔術師のユファー、召喚術師のサイモン、狩人のシャルアーザ、そして騎士のユーリだ。
単騎パーティーらしい、良い構成だと思う。
一目みて驚いてはいたが、狩人はエルフだった。
確かにエルフは弓の扱いに長けているイメージはある。
でも実際、エレナの里では狩人よりかは精霊術師の方が圧倒的に多かった。
狩人もいたけどね。
「冒険者ユウよ、まず謝らせてほしい」
おっと、先手を取られたぞ。
「背後からの一撃の件でしょうか?」
俺もあの時少なからず仲間の危険が迫っていて、正直腹が立っていた。
確かに隊列を乱そうとした事は悪かったと思っている。
「そうだ。後からユーリに聞いたのだが、仲間達の危機だったのだな。俺は意図を組まずに場を乱す恐れがあったので制裁してしまった。許して欲しい」
この件に関して何も触れなかったら、少し文句を言おうと思っていたが、真っ先に謝られるとは思わなかった。
「俺もあの時は場の空気を読んでいませんでしたし、結果仲間達も無事だったので、この件はこれで終わりにしましょう」
「いや、だめだ!それでは俺の気が済まない!一発だ!」
「はい?」
「一発だけ俺を殴ってくれ!」
暑苦しい性格だなぁ。
物事に対して一途とも言えなくはないけど。
俺は嫌いではないけどね。
俺がひ弱な聖職者か魔術師だと思っているのだろうが、本気で殴れば、そこそこは痛いと思うよ?
いや、大したことないかもしれないけど。
「顔を思いっきり殴ってくれ!」
腹じゃなくて、顔か!
「大将、それはさすがに・・」
「止めるな!殴ってもらわないと、俺の気が済まない!」
少し楽しくなってきた。
「分かりました。それで勇者様の気が済むのなら。でも本気で行きますよ?」
「そうでなくては困るぞ!」
お互いが席を立ち、見つめ合う。
第三者が見たら誰がこの後殴ると予想出来ただろうか。
俺は右拳に力を入れる。
相手は勇者だ。魔術師である俺が殴ったところで、たぶん大丈夫だろう。うん、大丈夫だよな?信じるぞ勇者?
「行きますよ」
勇者が、グッと力を込める動作をしている。
俺はグーで勇者の右頰を力一杯殴った。
それはそれは、まるで漫画のように飛びましたとも。
勇者が、空を、低空飛行で、ゆっくりと、放物線を描くように。
そして、盾騎士のセルザさんがしっかりとキャッチしていた。
勇者は、そのまま気絶してしまった。
「あ、えっと・・。すみません・・」
気まずいにも程がある。
「ユウさん気にしないで下さいね。大将が勝手に言った事なので」
「話には聞いていたが、あんちゃんやるな。スライを気絶させるなんてな」
改めて勇者を
確かに人族ではかなり高い。勇者と言われるのも頷ける。
そして確かに称号に勇者の文字が。
どうやれば勇者の称号が貰えるのだろうか。別に勇者になりたい訳ではないが、気になる。
その後、勇者以外のメンバーで雑談に湧いた。
禁酒を宣言している俺以外は酒を楽しく飲み交わしていた。
リンも俺の護衛をしているつもりなのだろう。最初はアルコールを拒んでいたが、両名が遠慮するのは流石に申し訳ない気持ちもあった為、リンに犠牲になってもらった。
「俺達の仲間にならないか?」
盛り上がってきた頃にそんな言葉が聞こえてきた。
気を失っていた勇者だった。
復活した第一声が勧誘ですか・・
「ユウよ。さっきの一撃は痺れたよ!俺の魂まで届いたぜ!」
「は、はぁ・・」
「ちょっと大将!ユウさん困っているでしょ!」
「何を言うか、ユーリよ。俺は本気だぞ?」
もしかして、勇者酒に酔ってる?
顔に出てないから気が付かなかった。初対面だから性格も分からないので、こういうノリだと思っていたが、どうやら酒によりテンションがハイになっていたようだ。
今もガブガブと度数の高い酒を飲んでいる。
「大将、あまり飲むと・・」
「俺は勇者だぞ?魔王には負けても酒なんかに負けるわけないだろ?」
おい、勇者が魔王に負けたら駄目だろ!
これ典型的なダメなパターンだな。
身内にこんなのがいなくて良かったと本気で安堵した。
「いいかユウ!勇者の力が必要ににゃったら、ゆつでも俺を呼ぶんだじょ!」
呂律もおかしい。これもう、記憶がないパターンだろ。
「なんかゴメンなさいね。今日は」
ユーリさんが申し訳なさそうにしている。
「いえいえ、勇者様とお近付きになれて光栄でした」
取り敢えず何時でも何処でも謙虚な気持ちを忘れない。
勇者はつぶれてオブられる形になり帰っていった。
後でユーリさんに教えてもらったが、今日はとにかくあの時のことを謝りたかったそうだ。
俺は別にそこまで気にしていなかったが、一発仕返し出来ればそれでチャラにしようと思っていた。
それは叶ったわけだから、この事はもうこれで終わりだ。
ユーリさんに気にしていないとだけ伝えてもらう事にする。
宿に戻るとジラとクロの姿がなかった。
「あ、お兄ちゃん!お帰りなさい」
「ただいまユイ。二人は?」
「うん、なんかねー誰かが尋ねてきて、血相変えて出て行ったよ」
なんだろう。二人の知り合いでも来たのだろうか。
二人の共通点は・・・魔族か?
少し気になるな。
「魔族が尋ねてきたみたいだよ」
ユイに揉みくしゃにされながら、どことなく気持ち良さそうな、英魔のミミだった。
「どんな感じだった?」
「うーん、ジラ姐さんは少し慌ててる感じだったかな。クロちゃんは、いつものクールな感じさ。魔王がどうとか話してたかな」
「魔王だって!」
二人の後を追った方が良いだろう。
幸いにもまだ
アリスは魔力切れの為か部屋の片隅で正座したまま眠っていた。
起こしている時間は・・ないか。
「ちょっと探してくる。リンは休んでてくれ」
さっきまでかなりの量のお酒を飲んでいたからな。
歩くのもやっとといった感じだったのだ。
「いえ、ご主人様危険・・です」
「大丈夫だからすぐに戻る。ユイも留守番頼むよ」
「おっけー」
部屋のドアを閉めて、二人の後を追った。
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