第98話: 最大の敵
突如として聞こえたモンスターの雄叫びに不安と焦りを感じた俺の意思をグリムが汲んでくれたのだろう。山道を掛ける馬車は、いつも以上の速度が出ていた。
まず最初に視界に飛び込んできたのは、行く手を遮る炎だった。
その先にモンスターの赤い反応が一つと、恐らく逃げ惑う人々であろう白い複数の反応があった。
「ジラ頼む」
アクアガンで目の前の炎を消してもらう。
そして、消えた炎の先に待っていたのは、目を覆いたくなる程の悲惨な光景だった。
「こ、これは・・」
目の前に見えるのは体長20mを超える巨大なゴリラ型のモンスターの一方的な蹂躙だった。
まるで某映画を見ているようだ。
呆然と立ち尽くしている場合じゃない。逃げ回っている人達を助けないと。
名前「ジャイアント・フルグリ」
レベル72
種族:蜥蜴
弱点属性:火
スキル:
あの形で種族が蜥蜴なのか・・確かに尻尾のような物は確認出来る。
しかし、ありえない。レベル70オーバーは、危険指定種個体だろ。
すぐさま知り得た情報を皆に展開する。
ジラと俺の魔術でゴリラの注意を逃げ惑う人々からこちらに向ける。
近づいて来たら、リンとアリスが牽制。その隙にユイとクロが負傷者を救出していく。
にしてもこのゴリラ、弱点が火のくせして、俺とジラの火魔術でも殆どHPが削れていない。
それでいて、装甲も硬く、リンの剣撃でも有効打を与えていない。
アリスのレーザーが唯一ゴリラの装甲を貫通していたが、それでもダメージとしては微々たるものだった。急所を狙おうにも巨体とは思えない程に素早く動く為、アリスも狙いを付け辛そうにしている。
ジリ貧だが、上手くゴリラの攻撃をいなしているので、このまま時間を掛ければ勝てるだろう。
しかし、その考えはあまかった。
俺にしか見えていないが、ゴリラのHPが徐々に回復していたのだ。
こちらが削るスピードよりも回復するスピードの方が若干上回っている。
その時だった。
「なっ⁉︎」
ゴリラが消えた。
あの巨大なゴリラが目の前から突如として消えてしまった。
「後ろです!!」
前方にいるリンの声だった。
その声に反応して、即座に障壁を展開する準備を始める。そのまま体をひねり後ろを振り向いた瞬間、ゴリラの拳が振り下ろされた。
ヤバい、間に合え!
ゴリラの拳が光っている。
1mを超えるその巨大な拳から放たれるスキルであろうその光は、直撃する事は許されない。絶対にだ!
隣にいたジラも発見が遅れた為、拳を躱す余裕はない。
拳が狙っていた先は、直接俺達ではなく、2人の間の地面だった。
地面に当てる衝撃波で2人を倒そうという事らしいが、欲が出たな。
振り下ろされる拳がギリギリ地面に当たるよりも早く障壁を展開する事が出来た。
これが直接俺達のどちらかを狙った攻撃ならば、間に合わなかっただろう。
障壁は、俺のMPが切れない限りは破られない鉄壁の壁だ。
何時だかのノイズ戦は例外だけど。
あれは破られたというより、空間毎消されたというのが正しいかもしれない。
巨大ゴリラは突如出現したドーム状の壁に自身の渾身の一撃であろう攻撃が阻まれ、怯んでいた。
そのチャンスを見逃してやる程、お人好しじゃない。
それはジラも分かっていた。
2人でありったけの魔術を打ち込んでいく。
至近距離の効果も相まってその威力は先程よりも高かった。
当初は魔術によるダメージはそれ程でも無かったのだが、魔術は術者と対象者が近ければ近い方がそのダメージは大きい。
同時に相手が油断しているのが幸いし、耐える体制が整っていない中での被弾だった。
リンとアリスも加わって、それはもう滅多刺しだ。
少し同情してしまう程に。
途中何度か技を繰り出そうとしていたが、4人の集中砲火で発動出来ずにいた。
結果、反撃する隙すら与えずにゴリラは地面へと突っ伏した。
巨大ゴリラのHPが0になったのを確認し、俺はすぐに移動した。
ユイとクロが必死になって、怪我人を運んでくれた場所へだ。
状態を確認し、優先度が高い人から治療していく。
中には既に事切れている人もいた。
ユイとクロが下を向いて俯いていたので、2人を抱き寄せた。
「よくやったな2人とも」
ユイは、抱き返して来て泣いていた。
動かなくなった人の中には、あのリリとルルの姿もあったのだ。
小さく頷いて、それに応えた。
一体あの怪物は何者だったのか。
「アイツは、この大樹海の主様だ・・・」
負傷者の1人がそんな事を口にする。
倒した相手に興味はないが、主という事なら他にはいないのだろう。
あんなのが複数いたら、たまったもんじゃない。
逃げ延びた人達が安全だと判断したのか引き返してきて合流する。
もう俺達の出番はない為、早々にこの場を後にする。
余計な詮索をされても面倒だからだ。
それから3日が経過し、無事に港町アラザードに辿り着いた。
ゴリラの一件もあり、道中の口数は少なかった。
だが、落ち込んでいても仕方がないので、俺は逆に明るく振る舞うようにしていた。
港町というだけあり、町の大半は港で占めていた。
ここまで頑張ってくれたグリムの労をねぎらう。
アラザードから出航しているルートは全部で3つだ。
当初の目的地だったシア大陸にあるアルゴート共和国の港町ペリハーファと、同じくアルゴート共和国の水上要塞ガダンブルスだ。
そして、新たな目的地となった、南の島国グラキール王国。
船のチケットを買う為に港に降り立つと、そこではある噂で持ちきりだった。
「グラキール王国が海賊に占拠されたらしいぞ!」
「なんでも国民達は全員皆殺しにされるそうだ」
どこまでが本当か分からないが、火のない所には煙は立たない。
「お兄ちゃん、カイゾクって何?」
「んー旅道中に襲ってくる賊っているだろ。あれの海バージョンだ」
我ながら完璧な答えだ。
何故だか、ユイがその後リンにもう一度同じ内容を聞いていたのは、聞こえていない事にする。
「ご主人様、助けに行きましょう」
リンのこの言葉に皆が賛同していた。
しかし、一国を占拠してしまう程の規模の海賊など、俺達だけの力でどうにかなるとは到底思えない。
どちらにしても、まずは情報が必要だ。
そうと決まれば3組に別れて情報収集開始!
俺はアリスと一緒だった。
といってもアリスはコミュ障なので聞き取りをするのは俺なんだけど。
港や酒場など、人が集まりそうな場所を優先して聞いていく。
ある程度情報が集まった所で、一度集まる。
「さてと、じゃあ分かった情報を共有しようか」
みんなの知り得た情報を纏めるとざっとこんな感じだ。
海賊団は、水の民と名乗っている。
正確な規模は分からないが、推定100名程だ。
様々な職業の集団で、集団戦闘を得意としている。
元々は、もっと遠洋で活動していた海賊で、貨物船や客船を専門に狙っていたのだが、なぜ今回一国を狙ったのか疑問だそうだ。
何より不可解なのは、グラキール王国が一海賊に陥落させられた事だ。
1500人規模の小規模国家といえど、海賊に遅れを取るとは到底思えない。
何か、人数以外のネタがありそうだが、実際に見てみないと分からない。
「すみません、安全が確認出来るまで、グラキール王国便は全便欠航です」
おっと、確かにそうだよな。そんな危ない所に船を出せる訳がない。
「困りましたね」
「泳いで行く?」
「いや、クロよ。さすがにそれは無理だ」
「飛んで行く」
「いや、アリスよ。それが出来るのはアリスとジラとクロだけだ」
ん、背負ってもらったら行けなくもないか?いや無理だな。距離もかなりある。
「船を出してくれる人を探しましょう」
「そうだな、おれもリンの案でいいと思う」
そして俺達は探した。この状況で船を出してくれる人を。
個人で船を持っている人は相当数いたのだが、帰ってくる答えは、皆NOだった。
そんな諦めかけた時だった。
「アンタらかい?グラキール王国まで行きたいってのは」
酒場で項垂れていた俺達に声を掛けてきたのは、無精髭を生やした、むさ苦しさ全開のおじさんだった。
本来ならば余り関わり合いたくない相手なのだが、今回は事情が事情な為無視する訳にもいかない。
「はい、そうですけど」
むさくるしそうなおじさんは、ニヤリと笑った。
「俺の船で良ければ出してやるぜ」
これぞ天の救いというやつだろうか。
そんなこんなで無事にグラキール王国までの移動手段をゲットした俺達は今船に揺られていた。
俺とした事が・・
かつてこれ程まで追い詰められた事があったであろうか?
考えなかった訳ではない。
ここは異世界。
ステータスも相当に高いから全く気にしていなかった。むしろ、今まで状態異常にほぼ完全耐性を持っていた俺が、ありえない。まさか、こんな事が起こり得ようとは。
その正体は、船酔いだ。
元々、俺は元いた世界で車や飛行機など乗り物酔いなどなった事は無かった。
しかし、奴は違った。
船だ。
あの絶妙な縦揺れ横揺れはどうやら俺には効果抜群らしい。虫が火に弱いように、魚が電気に弱いように。
異世界補正すら通用しなかった。
「ユウ様、大丈夫ですか?」
ゆらゆら揺れる船の上で、あまりの気持ち悪さに気を失ってしまったようだ。
何だか元いた世界より症状が深刻な気がするんだが・・。
急に倒れるものだから皆が心配していた。
何やら気持ち悪い中も、頭の下に柔らかい感触を感じた。
徐に目を開けると、ジラの顔が至近距離にあった。
ジラの膝枕の上らしい。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
心配そうに覗き込む他の仲間達。
リン以外は全員海船は初めてだそうだが、船酔いにはならなかったようだ。
優しく解放してくれるジラ。
船酔いになったおかげで、こうしてジラに膝枕までしてもらっているんだからあながち悪い話でもない。
(ユウさん・・・)
(冗談だよ・・・)
俺の心の会話を読んだ精霊のセリアに冷たい目をされたような気がした。
「どうやら、船酔いにやられたらしい」
「ユウ様にもそんな弱点があったんですね」
何故だか、若干嬉しそうな顔をしていませんかジラさん?
「なんだ坊主。船酔いとは情けないな」
大きなお世話だ。
彼は、今回船を出してくれたむさ苦しさ全開おじさんで漁師のダラスさんだ。
自己紹介で、自分を男の中の男だ!と連呼していた。
むさ苦しいうえに暑苦しいらしい。
俺の苦手なタイプだ。
何やらダラスさんが船の中に戻って何かを持ってきた。
「坊主、これを飲んでみな。船酔い対策用の薬みたいなものだ」
対策も何も既になっちゃってるんですが・・。
あと坊主じゃない!
「ありがとうございます」
手渡された薬と水を一気に飲み干す。
劇的な変化だった。
立つ事さえままならなかったのが、若干の違和感は残すまでも、普通の状態に戻ったのだ。
考えてみれば、この世界の薬というのは、元の世界のようにいまいち効果が効いているのか分からない代物は少ない。
毒消し草ならば飲んだ瞬間に毒は消えるし、麻痺直しを飲めばすぐに麻痺は治る。
速効性なのだ。
元の世界でも是非見習って欲しいポイントの一つだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます