第97話: 大樹海の化け物
ついにガゼッタ王国を出発する時がやってきた。
今まで滞在した中では一番最長だったかもしれない。
既に宿は引払い、我が愛馬グリム率いる馬車に揺られている。
宿屋の女将であるモアさんと、その娘のリリィには大変お世話になったので、宿代以上にお礼を追加した。
しかし、とうとう俺達以外の客が泊まる事は無かった気がする。大丈夫なのだろうか・・。
一般にも開放されている1階のレストランが賑わっているのは何回か見たけどね。
是非とも繁盛してもらいたいものだ。
置き土産がいい感じに作用してくれればいいんだけど。
さて、気持ちを切り替えて新天地へ向けて出発といこうか。
「ばいばい!ガゼッタ王国のみんな!またね!」
俺の膝に乗って感慨深そうにしているユイ。
「そうだな。またいつか必ず戻ってこよう」
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ガゼッタ王国を出発して早10日が経過していた。
馬車を牽引しているグリムも久しぶりで張り切っているのか予想していたよりも移動距離を稼いでいた。
道中はこれといって何も起きる事はなかった。
ま、平和な事に越した事はないんだけどね。
あんまりに暇だと、うちの遊び盛りの二人が退屈してしまい、その相手をさせられる羽目になってしまう。
こまめにモンスターでも沸いてくれれば満足するんだろうけど。
近くにモンスターがいない訳ではない。
しかし、グリムを恐れてか近付いて来ないのだ。
むしろ逃げるように離れていく奴もいる。
俺達が目指す先は、大樹海バアムだ。
ここより、まだ20日程掛かる計算だが、今のグリムの速度ならばもう少し早く辿り着くかもしれない。
大樹海バアムは、あくまでもただの通過点に過ぎず、越えた先には、一面の海が広がっている。
この世界には、3つの大きな大陸がある。
今俺達がいるグリニッジ大陸と、これから向かおうとしているシア大陸、そして未踏の地と呼ばれる神魔大陸がある。
シア大陸の大部分を占めているのはアルゴート共和国で、アルゴート共和国には、この間の晩餐会に来ていたムー王女のバーン帝国やメイ王女のリーデルトン王国などがある。
どちらにしてもまずは、この大樹海を抜ける必要があるのだが、噂によるとこの樹海にも魔女が暮らしているのだとか。
後は、複数の盗賊団のアジトまで。
無事に素通りできる気がしないが、後は神にでも祈る他ないだろう。
きっと俺達の事を監視・・じゃなく、見守っていて下さっているはずだ。
更に数日が経過し、予定通り大樹海バアムに到着する事が出来た。
先程から、馬車は細い小道を進んでいる。
両側には千年杉を思わせる程の巨大な木々がそびえ立っていた。
密集して生えているせいもあって、奥の方は見えない。物理的に見えないのだ。
盗賊が隠れていても分からないだろう。
ま、俺には通用しないけどね。
事前の情報によると、数日はこの景色が続くらしい。
代わり映えのない景色に皆の緊張感は無くなっていた中での絶妙なタイミングだった。
モンスターの反応ではない。
「賊だ!みんな警戒体勢を!」
俺はグリムに馬車を止めるように命令する。
ここまでの道中で、モンスターテイマーのレベルが上がり、グリムとの意志疎通が念話により可能になっていた。
同時にグリムの心情も手に取るように分かるようになった。
例え不意打ちを喰らったとしても、今の俺達に敵う賊はそうそう現れないだろう。
だが、油断は禁物だ。
馬車から降り、ユイとクロが正面に立つ。
ジラは荷台の上、リンは後方の警戒だ。
アリスは馬車の中で待機している。
両脇に隠れていた賊と思われる連中は、小道を塞ぐ形で横一列に整列していた。
「ここは通行止めだ。通りたくば通行税を支払う必要がある!」
中央にいる、恐らく賊のリーダーであろう男が喋っていた。
レベルを確認したが、10~20の平凡な連中のようだ。
相手の人数は8人いたが、ユイ一人でも十分お釣りが来るだろう。
「生憎、アンタ達に払うお金は持ち合わせていないな」
キッパリと断った。
「ならば、力尽くで奪うまでだ!」
どんな作戦をこうじてくるかと思いきや、真正面からただ突っ込んでくるだけのようだ。
もう少し頭を使えないのだろうか。
「ユイ、クロ応戦だ。気絶させるまでだぞ」
「ラジャー!」
「了解」
ものの数秒で襲い掛かる賊共を一人残さずKOしてしまった。
気を失った連中を横目に、俺達は通りすぎる。
悪いけど放置だ。
その後も似たような賊に絡まれる事・・・7回。
7回って、多すぎだろ!
あれか、地形が恵まれているからなのか?
一本道である以上、通行者は文字通り逃げ場がない。
この大樹海を抜けるにはここと同じような道が何本かあるのだが、ハズレの道を引いてしまったのかもしれない。
最初こそは律儀に馬車から降りて賊の出方を待っていたが、途中からは面倒なので、馬車すら止めずにジラの風魔術で賊を撃退し、走り去っている。
暫く進むと、開けた広い場所に辿り着いた。
一時休憩エリアだろうか。
他に数台の馬車も止まっていた。
俺達同様に他の馬車も道中賊に襲われなかったのか不思議だったが、観察していると馬車とは別に鎧をまとった護衛の騎馬が最低でも2人はいる事が分かった。
対する俺達は護衛なし。
これでは賊に襲ってくれと言ってるようなものだろう。
俺達も護衛役を準備した方が良いかもしれないな。
日も暮れてきたので、今日はここに停泊する事にしよう。
そうと決まれば、夕食の準備だ。
馬車生活での食事は俺の担当だ。
他は誰一人包丁すら握ったことのない、つわもの揃いだ。
時々手伝って貰ったりはするんだけどね。
あれ、もしかしてこの中で一番女子力が高いのって俺か?
「お兄ちゃん、今日のご飯はなーに!お肉?」
「そうだなぁ、ここ数日モンスターとの交戦もなかったから、肉が品薄なんだよね。久しぶりに鍋でもするか」
最初、肉がないと言った時は、あからさまにガッカリした顔をしていたユイだったが、鍋と聞いた途端に目をキラキラさせていた。
ストレージから大きな土鍋を取り出す。
ガゼッタ王国の金物屋で購入した物なのだが、見つけた瞬間に即購入した。
見た目は土鍋そのまんまなのだが、本来の使い方は、錬金術の錬金釜の一種のようだ。
見れば、蒸気を逃がす為の穴もない。
しかし、これを錬金術の道具として終わらせるのは非常に勿体ないと思い、穴を開けて土鍋として利用している。
実にいい買い物だった。
同じくストレージから食材を取りだし、手際よく切りきざんでいく。
そしてグツグツと火魔術により熱せられる事数分。魚と野菜中心のヘルシー鍋の完成だ。
量から言えば、軽く10人前はあるだろう。
決して作りすぎた訳ではない。ユイ一人で5人分超の計算なので、だいたい計算通りだろう。
食事も中盤に差し掛かった頃、こちらに近付いてくる反応が二つ。
馬車の外からこちらを覗いていたのは、人族の二人の少女だった。姉妹だろうか?
恐らく近くに停泊している馬車から来たのであろう。
鍋の臭いに釣られてきたのかな?
少女達の視線は鍋にロックオンだ。
「一緒に食べるかい?」
「え、いいの?」
片方の少女が馬車の荷台によじ登ってくる。
「こら、リリ!」
リリと呼ばれた少女の動きがビクッと震えて止まる。
「すみません、すぐに帰りますので」
ペコリとお辞儀をしてリリの腕を引っ張る。
その時、ぐぅーという音が聞こえた。
恐らく聞こえたのは、本人と俺だけだろう。
姉?の方の顔が沸騰するんじゃないかという程、赤くなっていた。
おっとこれは気まずい。救いの手を差し伸べないと。
「たくさんあるから遠慮せず食べていってよ」
俺の言葉にリリが姉の顔を伺う。
「えと、じゃ、じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます」
そうそう、子供が遠慮したらだめだぞ。
育ち盛りの子は、食べるのが仕事なんだから。
ユイが自分の分を食べられてしまうと思ったのか、勢いよく箸を動かしている。
前言撤回だ。ユイは子供だが少しは遠慮しなさい。
物凄い勢いでがっついている。
ユイを少しだけ威圧を込めた目で睨んでみた。
威圧視線を感じたのか、ビクッと箸の動きを止めた。
二人にお碗と箸を渡す。
「熱いからフーフーしながら食べてね」
食事しながらお互いに自己紹介をする。
二人の名前はリリとルル。
双子の姉妹で、しっかりしているルルの方が姉かと思えば、意外にも姉はリリの方だった。
家族で旅をしているそうだ。
目的地は同じく、この大樹海を越えた先の港町アラザードだった。
食後のデザートにポポの実という、見た目は黄色いブドウ、味はイチゴに似た果物を食卓に並べた。
「あまーい!」
「美味しいです!」
どうやらリリとルルも満足してくれたらしい。
というのも、売り物ではなく旅の道中に偶然見つけた実なのだが、調べてみると食べれると分かったので大量に採取していた。
俺達は好んで食べていたが、他の人の口に合うのか少し心配だったが、大丈夫だったようだ。
「ユウさん、ご馳走様でした」
「おいしかった!」
「また機会があったら食べにおいで」
二人ともペコリとお辞儀をして帰って行った。
朝になり、俺は何かの気配を察知して目が覚めた。
夜はローテーションで誰かが起きて見張りをするようにしている。今はジラの番だ。
「おはようジラ、何か変わった事はなかった?」
「おはようございますユウ様。停泊していた人達が朝方に出発していった以外は特に動きはありませんでしたよ」
「気のせいだったか」
周りを見ると、確かに停泊していた馬車が全ていなくなっていた。
ゆっくりしていた訳ではないのだが、旅人の朝は早いようだ。
「俺達も朝食を食べたら出発しようか」
脚は俺達の方が早く、道は一本道なので、直ぐに追いつけるだろう。
馬車を走らせてから数時間が経過した時だった。
まだ先の方だが、モンスターと思われる雄叫びが聞こえた。
同時に煙が上がっているのが視認できる。
「なんでしょう、嫌な予感がしますね」
お立ち台にいるリンもその異様な気配に不安感を募らせていた。
そして、俺達はその正体に驚愕する。
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