第76話: ククの過去

「お兄ちゃん!」

「ユウ!」

「ご主人様!」

「マスター!」

「ユウさん!」


 皆が俺の事を呼んでいる。

 今、俺の目の前には苦しそうにふさぎ込んでいる絶界の魔女の姿があった。


 時は少し遡る。



 絶界の魔女は、俺に全てを飲み込む黒玉を撃ち放った。一瞬でも判断が遅ければ、恐らく死んでいたかもしれない。


 障壁に着弾するのとほぼ同時に、俺は次元転移の指輪を使用し、ノイズの背後へと移動し、渾身の腹パンをお見舞いする。


 勿論やけくそになった訳ではない。


 もとい魔術での戦闘ならば、俺自身レベル以外はノイズの足元にも及ばないだろう。なら、仕掛けるのは一瞬だ。油断しているその一瞬を狙う以外になかった。

 だが、ノイズも俺が不意打ちを取ったのにも関わらず、咄嗟に防御シールドのような物を展開していた。

 しかし、俺のパンチはいとも簡単にその防御シールドを貫通する。

 どうやら、魔術のみ遮断するシールドだったようだ。

 物理攻撃が来るとは流石のノイズも予想はしていなかったらしい。


 苦しそうにふさぎ込んでいるノイズにこれ以上何かする気は無かったが、脅しの意味でもノイズに杖を向けていた。


「げほげほっ、、ちょ、ちょっと待って⋯げほっ⋯」


 本当に苦しそうだな⋯。


「じゃ、呪いを解いてくれないか?」


 ノイズはかなり不服そうな顔をしている。

 こちらを射殺すような眼差しで睨んでいたが、幼女に睨まれても怖くも何ともない。


「答えは?」

「わ、分かったわよ! 解けばいいんでしょ! もう!」


 部屋の外に待機していた皆が集まってくる。


「お兄ちゃん、どこも怪我してない?」


 心配そうに俺の体をベタベタと触ってくる。


「ああ、大丈夫だよ」


 お返しにユイの頭を撫で返しながら状況を簡単に説明した。


「本当にお母様の呪いを解いてくれるのですか?」

「心配するな。妾は嘘はつかない。治すと言ったら治す」


 何故だかノイズは、俺の方を睨んでいる。だから、睨まれても怖くないんだって。そして、唐突に俺に質問を投げかけてきた。


「所でお前、師はいるのか?」


 どのような意味での質問だったのかは不明だが、答えても差し支えないだろう。


「魔術の基礎を教えてくれた先生ならいるよ。ノイズ様と同じ魔女でもあるかな」


 ノイズは驚いたように眼を見開き、何かを考える仕草を取っていた。


「も、もしかして、もしかしてだけど、そのお方はエスナ様だったりする? お前からその人の気配というか、名残というか⋯いや、それはありえんか。あのお方が弟子を取るなんて事は、いやでも、んう⋯」


 最後の方は口籠っていたが、何故分かったのだろうか。少し迷ったが、先生にも別に口止めされているわけではないし、別に正直に言っても問題はないと判断したので、嘘偽りなく答えた。


「そのエスナ先生だよ」


 !?


 ノイズがまたしても驚きの表情へと変わった。


「ほ、本当に!」

「嘘をつく理由がないと思うけど」

「証拠は! それを証明出来る物を見せて!」


 何故にそこまでこだわるのかは不明だが、先生から旅立ちの日に貰った首飾りを取り出した。そういえば公の場に出すのは、もしかしたらこれが初めてかもしれない。

 ノイズは再び目を大きく見開き、本日3度目の驚愕の表情を見せていた。


「そ、それはあああっっ!」


 いつもとは違うノイズの姿に、横にいるククが少し戸惑っているように見える。

 いつの間にやら少し離れていたノイズが目の前で俺の取り出したペンダントを手に取っていた。だから、イキナリ現れるのは心臓に悪いので正直やめて欲しい。


 そして、何故だか睨まれてしまった。


「どうやら本物のようね、信じてあげるわ」


 そう言い残し、後ろを振り向き立ち去ろうとするノイズ。


「クク、王国に行くわよ。すぐに準備して」

「あ、はい」

「勇者⋯いや、ユウ。後で話がある」

「ああ、俺もだ」


 ノイズというよりは、ククにだけどね。

 ノイズとククは、俺たちとは別行動でガゼッタ王国に向かうようだ。

 城外で待つグリムと合流して、足早に出発する。


「本当に皆さん、ありがとうございました」


 シャロンが丁寧にお辞儀をしている。


「私は邪魔する敵を一掃しただけですよ。凄いのはマスターです」


 ジラが俺を持ち上げようとするので、謙虚に対応しておく。


「シャロンの熱意がノイズ様に届いたんだよ」

「あの絶界の魔女様を倒してしまうなんて、やっぱりユウさんは凄いですよ」

「そうだよ! だって私のお兄ちゃんだもんー」


 ユイが戯れてくるので適当にあしらっておく。


 ガゼッタ王国へと戻った俺たちは、王宮でノイズの到着を待っていた。王様から自由に寛いで良いという事で、王宮内の一室を与えられたので、みんなで用意されたお菓子を頬張りながら時間を潰していた。


 外窓を眺めていたユイが声を上げる。


「お兄ちゃん、ドラゴンが見えるよ!」

「まさか、見間違えじゃないのか」


 ドラゴンなんて滅多に人里に現れるものではない。そんな素っ気ない態度を取っていると、ユイに服を引っ張られて強引に窓の所まで連れて行かれてしまった。


「ほら、あれだよ! 背中に誰か乗ってるみたいだよ」


 どれどれっと⋯ああ、あれか。まだ普通の人には米粒にしか見えないレベルなんだが、ユイは一体視力いくつあるんだ?


 俺は遠視を使い、米粒の正体を確認した。どうやらユイの言ってる事は正しいようだ。


「ドラゴンの背に絶界の魔女とククが乗っているみたいだな」


 ユイがドヤ顔をしていたので、俺が悪かったと頭を撫でて許してもらう。

 しかし、あんなので王国領空に入ると、皆がパニックになり兼ねない。

 俺は急ぎ、国王に伝えた。

 国王もすぐに王国全土に緊急放送を流した。これでパニックも少しは抑えられるだろう。あんなのが飛来したら、問答無用で攻撃の対象にされてしまっていただろう。


 数分後、ノイズとククがドラゴンと一緒に王宮の中庭へと降り立った。危害は与えないからと事前に説明していたにも関わらず、流石に名の知れた凶悪な魔女だけあり、騎士隊の連中も武器を構えて緊張した赴きで構えていた。


「ええい、武器を収めないか!」


 国王の声に反応して、騎士の面々は武器を下げる。


「我が名はジョセフ。この国の王をしている。本当に我が妃を呪いから救って貰えるのか?」

「ふんっ。約束だからね、今回は元に戻してあげるわよ」


 元はと言えば、イタズラで呪いをかけただけだろうに、なんでそんなに上から目線なんだよノイズは⋯。


 国王と数名の騎士と一緒にノイズは王宮の中へと入っていく。

 ククはドラゴンと一緒に中庭で留守番のようだ。


「ジラは、シャロンの元に居てやってくれないか。大丈夫だとは思うけど、もしもの時はシャロンを護ってやって欲しい」

「分かりました」


 用心に越した事はない。


 さてと、俺はククに用があるんだった。用事とは勿論ミリーに関してだ。最初に出会った時は、突然の出来事で自分自身何から話したら良いのか整理が出来ていなかった。


「クク、ちょっといいかい」

「はい、なんでしょうか」


 俺は恐らくククの姉であるミリーの事を全て話した。まずは、順を追ってミリーとの出会いから、仲良くなり、生き別れの妹がいる事実を聞き、その特徴がククに非常に酷似している事を順に説明していく。


 ククはポカンと口を開けて、放心状態だったが、話の途中から、下を向いてうつむいてしまった。そして、涙をボロボロと零して泣いている。


(あらあら、また女の子を泣かしちゃって)

(いや、これは違うだろ!)


 最近よくセリアに揶揄われてる気がするんだよな。


「お姉ちゃん、生きていたんですね⋯」

「ああ、ミリーもククに会いたいって、何度も何度も言ってたぞ」

「私は⋯⋯っ」


 ククが何かを言おうとして、黙り込んでしまった。


 何とも重苦しい空気が少しの間流れた後に、ミリーと離れ離れになってしまったあの日の出来事を話してくれた。


 ミリーとククは、犬人シエンヌの村で生まれ、生活していた。この時の2人は一生この村で過ごすものだと疑っていなかった。

 5年前のある日、人族の奴隷商が2人の村を訪れ、反抗する者は全員皆殺しにされた。クク達を含めた女子供は連れ去られてしまった。人数が多かった為、3台の馬車で拉致され、2人は別々の馬車だったそうだ。

 ミリーの乗っていた馬車は、運がいいのか悪いのか、移動中に事故に遭遇してしまい、その隙に逃げ出す事が出来た。彷徨っている所を俺の魔術の先生である、エスナ先生に出会ったのだ。というのは、以前聞いたミリーの話しなのだが、ククはそのまま別の馬車でプラーク王国まで連れて行かれてしまった。すぐに奴隷商館主催の闇オークションにかけられ、ガゼッタ王国のとある貴族に買われたらしい。その日の内に空艦でガゼッタ王国まで連れて行かれてしまった。

 そうして半年近く檻の中に入れられて、ずっと鑑賞される毎日を過ごしていた。暴力が無かっただけでも運が良かったと思う。

 ある日の真夜中に悲鳴が聞こえて、ククは目が覚めた。同時に何かの衝撃音も聞こえた。

 最初は何が起こっているのか理解が出来なかったが、屋敷の至る所で「族が侵入した!」「魔女だ!」などと悲鳴が聞こえたので、すぐに状況を理解した。


 絶え間なく聞こえていた悲鳴もいつの間にやら、何事も無かったかのように、いつもの真夜中の静けさを取り戻していた。

 下を向いていたククが人の気配を感じ、ハッと前を向くと一人の幼女が鉄格子の向こう側に立っており、興味深そうにこちらを眺めていた。背格好からすると自分と同じか少し下だろうか。どちらにしても初めて見る人物だった。まさか目の前の幼女が屋敷に侵入した族だとはその時は思っても見なかった。

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