第70話: 狐人(ルナール)の里

 ハイエルフの里を後にした俺達はガゼッタ王国に戻るべく、脚を進めていた。


 そして今、ユイの質問攻めにあっている。


「ねえ、お兄ちゃん。前にね、だーくえるふさんと会ったでしょ」

「ああ。それがどうかしたのか?」

「今回は、はいえるふさんだったし、エレナはえるふさんだし、何だかややこしいね」

「そうだな。でも元を辿れば、元々一つの種族だっていう話だよ」

「そうなの?」

「ダークエルフは大昔に魔族側に味方したエルフ達の事で、今回のハイエルフは同じエルフでも天人様と呼ばれた2人の子供達なんだよ」

「大雑把な回答ですね⋯」


 エレナが俺とユイの会話を聞いていたようだ。


「ユイ、詳しい事はエレナがゆっくり丁寧に教えてくれるぞ」

「やったあ! エレナ〜」

「ちょ、ちょっとユウ様!」


 悪い、後は頼んだ!

 右手で侘びを入れる。


 さて、ユイの質問攻めから解放された事だし、俺も何かする事にしよう。


 ストレージから以前購入した錬金術の本を取り出す。最近忙しくて錬金の鍛錬が出来ていなかったからね。

 今度はそれを眠そうな目でクロが眺めていた。必死に睡魔と戦っているようだ。さっきからウトウトしている。

 凶悪なモンスターを簡単に倒していまうクロだが、睡魔には勝てなかったようだ。コクンと頬を床に着けて可愛い寝息を立てている。そっと取り出したタオルジャケットをクロに被せる。


 道中はモンスターが襲って来る事もなく、実に平和な旅が続いている。逆に平和だとユイやクロが暇してしまうのが悩みの種だったりもするが、争いは無いに越した事は無い。


 ハイエルフの里を出発してから3日目の朝だった。


「どうしたユイ?」


 馬車のお立ち台でグリムと話している時に突然馬車屋根にユイが上がってきたのだ。

 何かを探しているようだった。


「感じる」


 ユイがポツリと呟きながら、ある一点を見つめていた。


「お兄ちゃん、あっちの方向に行きたい」


 ユイが指差した方向は、さっきから今も見つめている北北東の方角だった。


「いいけど、何かあるのか?」

「分からないけど、懐かしい何かを感じるの」


 ユイの指差す方角を遠視で確認するが、特に気になるものは見えなかった。


「シャロンさん、すみませんけど、少し寄り道しますね」

「はい、全然構いませんよ」


 グリムが進路を変えて走る事30分、範囲探索エリアサーチに反応が現れた。

 既に視認も出来ている。

 どうやら集落みたいだな。


 馬車の接近に気が付いたのか、集落の中から何人かが出てきた。

 集落から出てきたのは、何と狐耳の獣人族だったのだ。

 ユイと同族の狐人ルナールだ。感じ取ったのは同族の何かだろうか?

 威嚇しないように、すぐに馬車を停車させた。


「ユイ、どうする、行ってみるか?」

「う、うん⋯」


 ユイの反応がおかしい。いや、無理もないかもしれない。初めての同族の集落を見つけたのだから。


 いや、それだけじゃない。

 俺は初めてユイと会った時に約束していた事がある。

 もし、旅道中でユイと同族の集落を発見した場合は、同じ仲間達と一緒に過ごすんだと。俺との旅は終わりだとね。

 皆には馬車の中で待機してもらい、ユイと手を繋ぎ、集落へと近付いていく。

 最初は俺達に警戒していたのか、武器を手に取り、威嚇の眼差しを向けていた彼等だったが、ユイの姿を見るな否や武器を後ろ手にしまっていた。


「こんにちは」


 取り敢えずは挨拶からだろう。

 何も間違ってはいないはずだ。

 しかし、彼等は仲間内でコソコソと何かを話している。


「うーん⋯ユイ、頼むよ」


 ユイに俺たちは怪しい者でない事や旅の途中にたまたま立ち寄った事を説明してもらった。付け加えるならば、俺の事を私の大好きなお兄ちゃんだとか、誰にも渡さないだとか、横で聞いていて恥ずかしい内容を喋っていた。

 他ではない同族からの説明に、いつしか警戒心も無くなっていた。

 彼等の許可が降り、俺たちは馬車ごと狐人ルナールの村に入る事を許された。


 範囲探索エリアサーチで確認する限りでは、人口約50人程の集落だった。家は手作りのログハウスだ。と言っても、素人作ではなく明らかにプロの作品と呼べるものだった。骨組みもキッチリしており、隙間もなく独特な木のいい匂いがする。

 村の人を怯えさせないように案内人に先導され、俺とユイが手を繋いで馬車の前を歩いている。

 客人が珍しいのか、皆がログハウスの中から出て来て、此方に視線を送っていた。

 それにしても、周りが皆狐耳というのも良い光景だな。久しぶりにモフりたいスイッチが入りそうになってしまうではないか。


 暫く歩くと、この里の族長の元へと案内された。

 向かいながら、俺は決断を迫られていた。


 いつかは、この日が来ると思っていた。


 それは⋯⋯ユイとのお別れだ。


 初めからそのつもりでユイと旅をして来たので、今更何を躊躇する必要があるのだろうか。

 しかし、一緒に旅をする中で何時しかユイの事を本当の妹のように思ってしまっていた。正直に言うとユイと離れるのが辛い。だが、それを決めるのは俺ではなく、ユイ本人だ。俺が口を出していい内容ではない。


 ユイだって、このまま俺たちと危険な旅を続けるより、この場で仲間たちと一緒に暮らした方が絶対幸せになれるだろう。俺だって、このままこの世界にずっといるとは限らないんだし。元の世界に帰れるにしろ、途中で死んでしまうにしろ、どちらにしても別れが来てしまう。


 ならば、ユイが取るべき選択肢は一つしかない。


 俺はここへ来た経緯を族長に告げる。族長はそれを快くユイを受け入れてくれると約束してくれた。終始ユイが無言だったのが気に掛かるが、それでも反対はしていなかった。恐らく、気持ちの整理が出来ないのだろう。


 本日は族長の計らいで、一泊だけこの里の空き家に泊めさせてもらう事となった。


 まだ正午過ぎだった為、お礼を兼ねて昼食を全員に振る舞う事にした。


 みんな大好きBBQだ。


 こっちの世界では通用しない言葉なのだが、俺の仲間たちには、説明してある。


 以前に購入していた鉄製の網と着火剤をストレージから取り出し、準備、セッティングしていく。食料はユイの大好物ばかりを取り揃えた。

 必然的に、同族達も好きであろうという、浅はかな考えだったのだが、どうやら間違ってはいなかったようだ。


 メインは多種に渡るモンスターの肉なのだが、中でも一角獣のモモ肉が至高らしい。

 以前、道中に大量発生した際に全て回収しておいたのだ。ベジタリアンなリンの為に、野菜もふんだんに並べておく。

 最終的にストレージ内にあった10枚の網全てが並んでいた。これだけあれば、この集落の全人口でもなんとかなるだろう。

 準備の最中に、肉の焼ける芳ばしい匂いに釣られたのか、まだ子供の狐人ルナールが数名近寄って来た。

 俺が話して怖がらせても駄目なので、その役はユイに任せる。


 さてと、こんなものでいいだろう。


 準備が出来たので、族長を招待し他の仲間たちにも連絡してもらい、BBQのスタートだ。


 最初は疑いの眼差しをする者もいたが、周りのみんなが美味しそうに食べている姿を見ると、1人、また1人と串に手を伸ばしていた。

 食べ方は各網2枚を1人の持ち場として俺の仲間たちがレクチャーしてくれている。


 俺はというと、無くならないように次から次へと食材を串に刺し、網の上へと放っていく。

 初心者にも配慮し、串も木製且つ先端も丸く削った特注仕様だ。


 ここまで上達するのに、実に5回以上のBBQ祭りを催したのだが、BBQの一番良い所は、普通に食べるよりもなんだか楽しい気分にさせてくれるので、仲間たちからはかなり好評だった。

 喜んでくれるなら、こっちだって頑張りたくなるってもんだ。


 30分もしないうちに、一人を除くこの集落全ての人がBBQ会場に集まっていた。


 範囲探索エリアサーチには、まだ家の中に一人だけ反応があった。


 族長に聞くと、とある理由から仲間内でも打ち解けることが出来ていない少女がいるようだ。


「彼女は両親と一緒にこの集落に来る途中に不運にもモンスターに襲われてしまったんじゃ」

「無事だったんですか?」

「彼女は⋯両親が命を懸けて護ったんじゃ」

「という事は、ご両親は⋯」

「話を聞いて駆けつけた時には、もう遅かった。それ以来、彼女は周りと距離を置いてしまっての」


 なるほどね。

 しかし、俺は知っていた。一人ぼっち程、孤独で寂しいものはないと。

 やっぱり放って置けないよな。


 族長の制止を振り切り、彼女の元へと向かう。

 材料番はリンと交代だ。


 入り口の前まで辿り着き、ノックをする。

 返事がないが、中にいる事は分かっていたので、多少強引すぎる気はするがドアを開けて、中へと入る。

 すぐに、彼女が視界に入った。


 同じ狐人ルナールだけあり、基本的にはユイと似ているが、ユイよりも幾つか幼く見える。

 どちらにしても一つだけ断言出来るのは、まごう事なき美少女だという事だった。

 彼女の近くまで歩み寄り、彼女の目の高さまで、屈んだ。


「いきなりごめんね。俺の名前はユウ。人族だ。この世界を旅してる冒険者で、さっきこの集落に着いたばかりなんだ」


 その後も淡々と一方的な自己紹介を重ね、最後に彼女に名前を尋ねる。


「君の名前を聞いてもいいかな?」


 少しの間沈黙が続いたが、熱意的なものが通じたのか、彼女は徐に喋りだした。


「私の名前は、エルルゥ⋯」

「エルルゥ、良い名前だね。今、みんなに食事を振る舞ってるんだけど、良かったら一緒に食べないかい?」


 エルルゥは首を横に振っている。

 嫌がるのに無理強いするつもりは無かった。


「だったら、俺とここで一緒に食べようか」


 彼女は困惑しているようだった。


「私、一人がいい」


 気持ちは分からないでもないんだけどね。元の世界では俺も基本一人だったし。だけど、少しだけお節介を焼かしてもらおう。


「一人ぼっちは凄く寂しいと思う。悩み事も嫌な事も勿論良い事も、全てを1人で抱え込まないといけない。出過ぎたマネかもしれないけど、両親の事は族長さんから聞いたよ。エルルゥが辛い体験をした事も。その悲しみだって仲間がいれば共有出来るんだよ──」


 その後も、どんなに一人ぼっちが寂しい事なのかを熱く力説していると、エルルゥが急に涙をこぼして泣き出してしまった。

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