第66話: ハイエルフの里
俺達は、渋々ガゼッタ王国のシャロン王女の依頼を引き受ける事になった。依頼内容は、ハイエルフの里とガゼッタ王国までの往復の護衛だった。
ハイエルフの里がある南バラナーンまでは、馬車で10日程掛かる距離だ。その道中には凶悪なモンスターが生息しているらしいので、念入りに準備はしておく。
出発前夜に魔導具による遠距離通信でエルフの里にいるエレナに連絡を取った。
「⋯そんな訳で、明日ハイエルフの里を目指す事になったんだ」
「私も行きます」
はい?
「だから、私もお供します」
「いや、でもエレナは、エルフの里の姫だし、そう簡単には⋯」
「大丈夫です。両親には説明しておきます。それに、ユウ様はハイエルフがどんな種族なのか知っているのですか?」
「えっと⋯いえ、全く⋯」
「はぁ⋯」
何故か、エレナに呆れられてしまったようだ。
「ハイエルフは、私達エルフの上位種であり、私達以上に警戒心が強いのです。人族の前に現れたという話も、にわかには信じられないくらいです」
「そこで、エルフであるエレナがいれば、ハイエルフ達の警戒心も和らぐという事かい?」
「よく出来ました。パチパチッ」
何だか上手いこと乗せられてしまった感は否めないが、未開の地に向かうにあたり、守るべき対象が増えるのは正直怖いが、皆も強くなったので、精一杯頼らせてもらう事にしよう。
出発の朝に俺はエレナを迎えにエルフの里を訪れた。
「こんばんはユウ様」
「こんばんはエレナ」
「既に話は済ませてますので、早速行きましょうか」
エレナを連れて戻って来た俺は、皆にエレナも同行する事を説明した。
「よし、いこう!」
またガゼッタ王国には戻ってくるつもりだったが、いつ戻って来れるか分からない為、宿屋はチェックアウトしておく。
「やあ、グリム。今日からまた頼むよ」
馬車での移動は久しぶりなのだ。王女のシャロンさんとは、正門で集合する事になっていた。
道中、感慨深い眼差しを送りながらも正門へ到着すると、こちらに向かい近付いて来る怪しい人物が見える。しかし、よく見るとカツラとメガネで見事な変装を遂げていたシャロン王女だった。
「おはようございます、ユウさん」
「おはようございます。じゃ、早速向かいましょうか」
流石に7人も乗ると馬車が手狭に感じるな。
道中、まず最初に簡単に自己紹介をする。
「エレナさんはエルフなのですね!」
シャロンは目を輝かせていた。
「はい、短い間ですが、宜しくお願いしますね」
「クロさんもユイさんも凄く可愛らしいです!是非、お友達になって下さいね!」
「シャロンお姉ちゃん、よろしくね〜」
「よろしく」
自己紹介を終えた辺りから、シャロンの様子がおかしい。誰にも聞こえない声で壊れたスピーカーのように何度も呟いている。
「今、お姉ちゃんって、お姉ちゃんって言ったよね⋯お姉ちゃんって⋯」
尚も続く。
「力一杯抱きしめて、モフモフしたい!」
あれか、シャロンさんは、もしかして、俗に言う残念な子なのだろうか⋯。いや、でもシャロンさん、俺には分かるよ。俺もユイと出会った頃は、モフモフ衝動を抑えるのに苦労したものだ。
道中は、暇なくらい何も起きなかった。モンスターもグリムを恐れてか、近寄ってこなかった。
夜は、外で皆と夜景を楽しみながら食事を取る。グリムにも労いの骨つき肉を提供して疲れを癒してもらう。
仮眠中は、
そんなこんなで、あっという間に俺達は、バラナーンまで到着していた。
今、眼前には、荒れ果てた広大な大地が続いていた。
「なんだこれは⋯」
まるで、戦争の後のような死に絶えた大地だった。
「私も来たのは初めでですが、両親に聞いていた感じとは違います」
「という事は、ここ数年でこんな惨状になったって事なのか」
取り敢えず前へ進むしかない。
しかし、すぐにモンスターに囲まれてしまった。確認した限りだとレベル40前後だ。モンスターとしては、かなり強い方だろう。上級冒険者でも囲まれれば命はない。
「マスター、ここは私一人でやらせてもらいます」
ジラが前に出て杖を構える。
「分かった。でも油断はするなよ」
ジラが馬車の屋根の上に飛び移った。
全てのモンスターの場所を把握した上で、超高圧の
モンスター達は、身動きすら出来ず、
「ジラさん、凄いです⋯」
そういえば、この旅が始まってからまともにジラの戦う姿を見るのは初めてだったな。ジラもそうだけど、皆の強さはこんなもんじゃないんだけどね。
エレナとシャロンに自慢したくなるのをグッと堪える。
馬車は進む。
その後も何度かモンスターが襲ってきたが、馬車の上に陣取っているジラに瞬殺されていく。
次の日は、生憎の大雨だった。
1m先も見えないという悪条件だった為、雨が止むまでその場に留まる事となった。
そんな中、一匹の反応がゆっくりとこちらへ近付いて来るのが分かった。
それに近付くに連れ、地面がドシンドシンと揺れるのだ。
グリムの主人である俺には、時折感情が伝わってくる事があった。
そして今伝わってきた感情は、恐怖だ。
あのグリムが怯えているのだ。只事じゃないと思い、土砂降りの中、俺は馬車から飛び出す。
煙幕などは無効化出来るのだが、雨による視界不良は俺でもどうする事も出来ない。
足音だろうか?
対象が動く度に地面が縦に揺れる。一体どんな大きさならこんな事になるのか想像もつかない。
目の前に来るまで、その正体が分からなかった。
やがて、得体の知れないものが視界に入ると皆、一様に言葉を無くしていた。
今見えているのは、巨大な何かの足だった。その全貌は見上げても見えない。
しかし、相手も襲ってくる様子はなかった。
そのまま俺達の馬車を飛び越え、歩き去ってしまった。
心配になった、ユイとジラも馬車から飛び出し、俺の後ろで同じように唖然としていた。
俺が声を失っていたのは、単に見た目の大きさだけではない。すれ違いざまに、
それによって得られた情報に驚いていたのだ。
エンシェントマウントバス【神】
レベル:92
名前とは別に神とついているのもあるが、レベル92はありえないだろう。見えたのが名前とレベルだけと言うのも意味が分からない。
いつかの龍王よりも高いとか⋯
取り敢えず、去ってくれた事にホッと安堵の溜息を漏らす。
馬車へと戻った俺達は、すぐに
当然、
雨は、結局その日1日中降り続けた。
次の日、朝になると雨は止んでいた。昨日の視界不良が嘘のように遠くまで見渡せる事が出来る。
「ユウ様、感じます。私達と同じ存在を」
エルフ族には、存在をお互いが感じ取れる術があるそうだ。
「近いね」
「恐らく。しかし、私もハイエルフに会うのは初めてなので、私の感じているこの感覚がそうであると断言は出来ませんけどね」
「うん、充分だよ。ありがとう」
俺とエレナがお立ち台にいて、馬車屋根の上には、ユイが気持ち良さそうにゴロンと寝転んでいた。
「みんな、近いぞ!」
そのまま進んでいくと俺の
しかし、視界での確認が出来ない。物陰に隠れているのだろう。
そのまま警戒しながら
「立ち去れ!ここは、人族が近づいて良い場所ではない!」
どうやら、あまり歓迎はされていないようだ。
「私達は、怪しい者ではありません。私の名前はシャロン・ウォルナート・フィゼルです」
シャロンが馬車から出て、前に立つ。
悪いけど、約束した手前、シャロンは是が非でも守らなければならないからね。
俺もお立ち台から飛び降り、シャロンの隣に並ぶ。
「誰であろうが、ここから先に行く事は、許されない!立ち去れ!」
駄目か。困ったな。無理矢理通る訳にもいかない。
「テュナに会いに来ました」
見張りの男の目つきが変わった。
「テュナ様にだと!」
テュナという言葉に反応しているようだ。
「もしかして、お前は、ガゼッタ王国王家の者か?」
「そうです。テュナに伝えて下さい。シャロンが会いに来たと」
それから待たされる事数分。
話をしていた見張りの男が再び姿を見せる。
初めて、ハイエルフを見たが、エレナ達エルフとの違いは分からないが、確かに情報はハイエルフとなっていた。
違いがあるとすれば、ちょっぴりハイエルフの方が耳が長い? かな⋯。
二人とも姿を隠していたが、俺と同じで姿を消す魔導具でも持っていたのだろうか。
見張りの男に中に入るように促される。
暫く進んだ先で、一人が声を発した。
「止まれ!」
ハイエルフの見張りの一人が何やら呪文のようなものを唱えている。
呪文を言い終わると、何やらゲートのような物が目の前に現れた。
凄いな、一体どんな仕組みなんだろう。非常に興味をそそられる。詳しく調べたい所だけど、先へ進むように促されてしまった。
ゲートを潜ると、そこは一転して緑の広がるなんとも幻想的な世界が広がっているではないか。
10人が見たら10人共こう言うだろう。
「おおー!」
「キレイです」
エレナもその光景に見惚れているようだった。
「私達の里よりも大自然と一体化していますね。凄いです感動しました」
エレナの里も幻想的な感じだったが、この目の前に広がる光景もなんとも胸躍らせる。
うっすらと遠目に見える位置には、見上げても雲で先が見えない程の巨大樹がそびえ立っていた。
正面には、滝も見える。
滝によって上がった水しぶきで虹が発生していた。
「ここが、テュナの故郷なのね・・」
隣にいるシャロンを見ると、目に薄っすらと涙を浮かべているようだった。
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