第30話: 水上都市アクアリウム
「一体、どういう事なんだ⋯」
俺はミノールで確かに水上都市まで馬車で3日かかると聞いていたのだが、1日足らずで到着してしまった。
道中、多少は走ったりしたのだが、通常の歩くペースも速いという事か?
眼前には大きな湖が広がっており、その湖の真ん中辺りに、広大な都市が広がっていた。
水面を覗き込むと透き通るように透明で、吸い込まれそうな感じさえする程だった。
湖の上にある為、水上都市に向かうには定期的に運航される船で行く必要がある。
船の停泊している桟橋に何名か人がいるのが見える。
恐らく、水上都市に向かうのだろう。
俺達も便乗させてもらう事にする。
その際、セリアが俺の中で呟く。
「はぁ、ついにここに来てしまいましたか⋯」
「ん、どうしたんだ?ここに来た事があるのか?」
しかし、セリアはだんまりを決め込んでしまった。
口調からして来たくなかったのだろうが、理由を聞いても教えてくれない。
船に乗ろうと思い、船頭に話しかける。
有料だと思っていたのだが、なんと無料だったのだ。
実に気前がいい。
そのまま船へと乗り込み、水上都市へと向かう。
乗り込む前から既に視界に写っていた為、船はすぐに目的地へと到着した。
そして俺達は水上都市へと降り立った。
水上都市アクアリウムは、地の上に都市があるのでなく、水面に浮かんでいる都市だった。
人口はおよそ5万人。
比較的最近作られた都市のようで、まだ出来てから100年程度しか経っていないそうだ。
冒険者ギルドとしては魔術師、狩人、精霊術師、聖職者、鍜治屋、ビーストテイマーが一緒に並んでいた。
取り敢えず、当面泊まる事になる宿から探そう。
俺は、右手でユイを左手でクロを掴んでいる。
掴んでいないと、持病の何処かへ行ってしまう病が発動してしまうからなのだが。
それでも尚両手をバタバタしている。
離してしまったが最後、迷子になる事は必然。
初めて訪れた場所で、迷子になられたらたまったもんじゃない。
宿を探して歩いていると、すれ違う人達の視線が痛い。
この都市でも、獣人族は珍しいのだろうか?
そのまま無視して歩いていると1人の女性が話しかけて来た。
「あ、あのーすみません!」
後ろからだった為、振り向いて応えた。
「冒険者の方ですよね?でしたら宿の御入用は無いでしょうか?」
なんだ、怪しい勧誘かと思いきや、宿の呼び込みだったか。
ちょうど宿を探していたので「ありがたい」と返事をする所なのだが、少し意地悪な質問をしてみる。
「確かに宿を探しています。あなたの宿には、他の宿にはない利点や特典などはありますか?」
20代後半くらいの女性だろうか。
なかなかに美人だった。
しかし、この世界に来てから、美人にはたくさん出会って来たので、俺には美人耐性があるようで、今更なんとも思わない。
彼女は少し考えてから口を開く。
「そうですね、このアクアリウムには、20を超える宿屋がありますけど、その中でもうちは唯一の水中宿(⋯)になっています。値段的には、かなり割高なのですが、きっと値段にあった満足は得られると思いますよ」
淡々と笑顔で答えてくれた。
「それはいいですね。是非見てみたいです」
即決してしまった。
もちろん、水中宿という文言があったからなのだが。
彼女の名前はラキさんと言うらしい。
ラキさんに連れられ、すぐに目的地へと到着した。
なんと、ラキさん自身が経営している宿だそうだ。
経営者自らが客引きとは、色々と大変なのだろう。
名前は、なになに⋯りゅ、龍宮城だと!
確かに海ではないが⋯水の中なので⋯あながち間違ってはいないのだが、俺の中のとある疑問をラキさんにぶつけてみる。
「この宿の名前は、どなたがつけられたのですか?」
「え?龍宮城ですか? それならば、私の亡くなった曾祖父ですね」
元いた世界では有名な名前なのだが、たまたまなのだろうか?
ラキさんも名前の由来は聞いた事がないと言う。
この世界に来てから考えていた事があった。
自分と同じ境遇に会い、こっちの世界に来た者がいるのではないかと。
外見だけではもちろん判断する事は出来ないが、出来るとするならば、元いた世界の名前を知っているかどうかだろうか。
ちなみに曾祖父の名前は、アラキシュウイチと言うらしい。
これは、もしかしたらビンゴかもしれない。
色々と情報が聞けると思ったのだが、既に亡くなって随分と経つようだ。
ラキさんも名前以外の情報はまったく知らなかった。
初めて少しでも元の世界に帰る為の糸口になればと思ったのだが残念だ。
取り敢えず、30日分の家賃を支払う。3人だったのだが、一部屋でいいといったら、2人分にサービスしてくれた。
部屋へ案内してくれたのだが、当初聞いていた通り、部屋の窓ガラスに映っていた光景は、水の中だった。
道中、階段を下りていたので水面よりも下に降りていたのだろう。
これはいい。部屋の中にいても退屈せずに済みそうだな。
さっきから、俺以外の2人のテンションがマックスになっている。
割と広めの部屋だった為、3人でも快適そうだった。
とはいえ、わざわざ部屋に引きこもる為に、水上都市に来た訳ではないので、テンションの高い2人をなんとか宥めて、都市の散策へと赴く。
湖から直接水を都市中にひいているのだろう。至る所に用水路が設けてある。
それが生活用水にも用いられているようで、なんと直接飲んでも平気な程に澄んだ綺麗な水なのだそうだ。
元の世界にも似たような造りをしている町があったような気がする。名前は覚えてないけど。
それにしても、この都市に来てからというもの、セリアが妙に静かなのだ。
普段なら俺の肩に座って一緒に観光を楽しんでいそうなのだが。
暫く進むと、前方に人だかりが出来ている所を発見した。
野次馬の声から察するに、この都市の有名人がそこにいるのだそうだ。
あまり興味は無かったが、一目見て見ようと、隙間が出来たところから顔を出す。
民衆の先には、護衛に守られながら進む一人の少女の姿が目に入った。
何より驚いたのは、彼女もまた、俺と同じで精霊の宿主だったのだ。
名前:サナ・ユウクリッド
レベル20
種族:人族
職種:聖職者
スキル:
称号:水の精霊の宿主、水上都市アクアリウムの王女
すれ違いざまに、彼女と目が合った。
彼女は何故だか、俺の方を見て驚いている素振りをする。
勿論顔見知りではなく、初対面のはずなんだけど⋯
セリアが一瞬反応したような気がしたが、気のせいだろうか?
「お兄ちゃん、お腹空いたぁ~」
「ん、ああ、折角だからどっかで名産品でも食べようか」
まだ昼までは時間があったが、確かに小腹が空いたので、恒例の出店物色を始めるとしよう。
真っ先に目に止まったのは、水飴という名のお菓子だった。
元の世界の水飴とは違い、見た目は本当に透明な水みたいなのだ。
水飴を2つ購入する。
クロは食べないから、俺とユイの分だ。
手渡した瞬間に一瞬でユイがペロリと平らげてしまった。
「あまーい!!」
両手で頬をおさえて、なんだか幸せな顔をしている。
そんなに美味しいなら、食べてみよう。
確かに甘いな⋯というか甘すぎる⋯食感は、ゼリーに近いだろうか。飴なのに柔らかい。
俺にはちょっと甘すぎだが、ユイは気に入ったようなので、当面のユイのおやつにしておこう。
というか、今まで一度でも食べ物でユイが不味いと言った事があっただろうか?
俺の知る限りは⋯ないな。
今目の前に体長3mはあろうかという熊が歩いている。一瞬モンスターかと思ったが、
しかし街中をウロつかせるサイズではないな。すぐ近くに主人がいるのだろうが、少し迷惑だ。
心臓の悪い人だったらショック死してもおかしくない。
色々見て回っているうちに都市の中央まで来ていた。
中央は解放された公園になっており、アクアリウムの中心には、この都市のシンボルとして巨大な噴水タワーが建っていた。
夜はライトアップされるそうだ。
是非見に来ないとね。
さて、何処かでお昼でも食べようかと、辺りを散策する。
ユイがお腹空いたと連呼していたからだ。
「少しはクロを見習ったらどうだ」と言いたいのはあるが、食事くらいでガミガミ言うほど心は狭くないつもりだ。
最初に目に止まったフィッシュ&ミートと言う大衆食堂へと入る。
これも恒例の行事になっているのだが、俺はメニューを見る前に、店員にオススメを持って来てほしいと注文した。
だって、メニューに並べられた言葉を読んでも分からないし、イメージ出来ないからだ。
少しずつでも文字を読めれるようにならないとな⋯今はまだ何とかなっているからいいようなものを、いつかは困る日も来るだろう。
ユイも俺と同じやつがいいと言うので、同じくオススメを注文した。
クロは俺の腕をチューチューしている。
5分程待っていると順々と料理が運ばれてくる。
固有名詞を省くと、焼き魚、刺身、ムニエル、煮付け、味噌煮⋯
いくら周りが湖だからって、ここまで魚料理出さなくても良いだろうに。
まぁ、美味しければいいんだけど。
「美味い⋯」
魚独特の生臭さもなく、しみじみと優しい味わいで魚本来のうまみがしっかり染み込んで美味しい⋯
これだけ魚料理が並ぶと、正直飽きると思っていたのだが、ユイと一緒に全部平らげてしまった。
ほとんどユイが食べてしまったのは、ご愛敬だ。
腹も膨れた事だし、再び散策を開始する。
道中、武器屋と防具屋が見えたが、現状特に必要と感じていないので、スルーしていた。
都市の一番奥には立派な城がそびえ建っていた。
中々の大きさで、どこか西洋のお城を彷彿とさせる。
サイズだけならば、プラーク王国の城よりも大きいだろう。
一般人は当然入れないし、用のないところなので、足早に去る。
Uターンの道中に水族館のような建物を発見した。
俺の元いた世界では珍しくないのだが、2人に聞くと「行きたい!」と言うので、入ってみる事にする。
ちなみに入場料は、1人銅貨10枚だった。
リーズナブルな金額だと思う。
流石に水上の都市だけあり、水中の本格的な感じだ。
海底トンネル、いや湖底トンネルだろうか。
やはり、見た事のない魚ばかりが優雅に泳いでいる。
何故だか隣のユイがヨダレを垂らしている⋯。
ちょっとユイさん、それ食べ物じゃないからね?
それにさっき腹一杯食べたばかりじゃないか⋯やはり、ユイの胃袋は底なしなのだろうか。
もし、大食いコンテストがあれば、是非参加させてみたい。
水族館を満喫した俺達は、出口へと向かう。
水族館自体は珍しいものではない為、当初あまり期待していなかったのだが、中々の出来にユイたち以上に満足していた。
水族館の出口を出たところで、見知らぬ1人の男性に声を掛けられる。
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