第29話: 魔族の来襲
上空で羽ばたく2つの影が浮いていた。
その表情は、下等種族でも見るような笑みを浮かべ、遥か高みから見下ろしているような圧倒的な存在感を醸し出していた。
俺達の動きを伺っているのだろう。
外見から判断すると、恐らく魔族だ。
片方は、例えるならサキュバスのような妖艶な風貌だった。
褐色の肌のかなりの割合を露出させている。
もう片方は、ゴツいマッチョのおっさんだ。長身で3mはあるだろうか。
引き締まった肉体は、鋼のように神々しく月日の光を一心に受け、発光していた。
名前:イス・バーミリオン・ライジン
レベル65
種族:魔族
スキル:
名前:ガーランド・ブルム・ライジン
レベル62
種族:魔族
スキル:オーバーパワーLv5、殴打拳Lv4、パワースイングLv4、リッパースラッシャーLv3、
やばいぞ、Lvが高すぎる。
それに、今まで出会った魔族とは明らかに異質だった。余裕めいた表情をしているのがハッキリした。
こいつらは強者なのだ。自分自身の強さを疑っていない。
自分達が目の前の劣等種に負けるなどとは微塵も思っていない。
相手は依然としてこちらの様子を伺っているようで動きはない。
村人を見捨てる訳にはいかないが、悪いけど俺には村人よりも、ユイやクロの方が大事だ。最悪の場合は、2人を守る為にこの場を離脱する考えだった。
我ながらなんともチキンな考えだな。
やはり俺は勇者など向いてないな。
そんな事を考えていると、魔族のサキュバスもどきが話し掛けてきた。
「ねぇねぇ、なんでアンタたち、この瘴気渦の中で普通に動けてるの?」
こちらの言葉で話せるようだな。だが俺の中では、より一層危険度が増した。
話せるって事は知性があるって事だ。
「少しばかり耐性があるんでね、この程度の瘴気なら俺たちには効かない」
ネタは明かすつもりはもちろんない。
俺の返事を聞き、何やら2人だけで話し合っている。
事態は一刻を争う。こうしている間にも苦しんでいる村人がいるってのに、待ってはいられない。
目の前の2人との戦いを覚悟で、瘴気を放っている玉に
次の瞬間、魔瘴の玉を守る形で、いきなり玉の前に壁が現れたのだ。
俺の使う
なんというか、大量の魑魅魍魎の屍の山で作られた壁だった。
おぞましいにも程がある。
あまりの精神攻撃に思わず一歩後ろへと下がる。
俺の
「まだ話の途中だってのに、キミってセッカチだね。そいつを破壊されると私達が困るのよねー」
「⋯⋯我がデスウォールが一撃で破壊された」
上空で静止していた魔族の2人が地上へと、瘴気を放っている玉を遮る形でその前へと降り立った。
どうあっても、壊させないつもりのようだ。
ユイのレベルは40でクロは37になっている。十分に強者なのだが、今回ばかりは相手が悪い。
俺1人であいつらを相手に出来るか?
レベルだけならば、俺の方が全然上なんだが、正直1vs1でも勝てる気がこれっぽっちも沸いてこないのは俺がキチンだからなのか?それとも目の前の2人の発する威圧感が半端ないからなのか?
次の行動に思考を巡らせながら、牽制する意味でも相手を睨んでいると、サキュバスもどきが提案してくる。
「そんなに怖い顔しないでも、殺したりはしないよ。今はね」
「ど、どういう意味だ?」
サキュバスもどきは、その口元を緩ませ「ふふふ」と今まで以上に妖艶な笑みを浮かべながら、
「一つ提案があるんだけど?」
正直嫌な予感しかしない。
しかし、すぐには攻撃はしてこない事が分かったので、少しホッとする。
ユイとクロは俺の背後に隠している。
絶対に2人だけは守らなければならない。他の何においてもだ。
それに2人は勇敢だ。恐らく俺が静止していないと、格上相手だと知りながら飛び掛かるだろう。
力の差など関係ない。単に戦闘狂なだけではなく、俺を守るために平気で強者に飛び掛っていくだろう。
それは誇らしい事なのだが、無駄に命を散らすなんてそんな事は俺が許さない。
「提案?」
サキュバスもどき。もといイスは、依然として妖艶な笑みを崩さない。
「私のチャームに、もしもアンタが耐える事が出来たら、この場を去ってあげるわ」
魅了だって?
恐らく、さっきステータスを見た時にあった
俺に耐えることが出来るのか?
バッドステータスではないので、恐らく魔導具は効果を発揮しないだろう。
耐えうる可能性としては、俺の方がレベルが数段上というだけだ。
このまま2人を相手に戦うよりかは、幾分かましな提案かもしれない。
仮に
相手の言いなりになってしまうのは、どう考えてもマズい。
条件に使ってくるくらいだ。それだけ自信があるのだろう。
「ユイ、クロ、よく聞いてくれ」
2人が頷く。
「もし俺が相手の術中にハマってしまったら、俺を残して、このポータルリングで2人だけでも逃げるんだ」
「「嫌!」」
間髪入れずに2人はほぼ同時に返事をする。
答えなんて分かってた事だけど、俺としては「分かった」と言って逃げて欲しかった半面、2人の俺に対する思い入れに少し安堵したのも正直な所だった。
「分かった、なら俺がチャームに負けないように祈っててくれ」
そして、イスの方へ向き直る。
「分かった」
「ほんっとアンタも変わってるよね。魔族と取引するなんて、普通なら一目散に逃げだす状況なんだけどね」
そんなの知るかよ。
「私は約束は守るわ。ま、でも私のチャームに掛からなかった奴なんて今まで誰もいないんだけどね」
まじかよ⋯
だが一度挑戦を受けると言ってしまった手前、覚悟を決めるしかない。
望むところだ。
「準備はいい?それじゃ、いっくね~」
イスは、そう言い放ち両手でハートの形を作った。そのハートの先は、もちろん俺に向いている。
そして何やら呪文めいたものを唱え始める。
イスが呪文を言い終わった次の瞬間、桃色の鈍い光が俺の全身を覆ったのだ。
暖かさを感じる。気を許すと寝てしまいそうな程に。
きっと気持ちよさに負けて身を委ねてしまうと、チャームに掛ったって事なんだよな。
両手で頬を叩き、緩みそうになっていた気を再度引き締めなおした。
その状態のまま1分が経過し⋯2分が経過した。
⋯
長い、いつまで続くんだ?
かれこれ5分以上もこの状態だった。
「あれれー?どうやらアンタには効かないみたいね」
どうやら終わったようだ。
内心ホッとしたような、予想外になんとも無かったことに少し戸惑いはある。
でも助かった。やはり、レベル差の恩恵だろうか?
「ガーランド!やっぱり私の思った通りよ。私あの人族が欲しいわ」
「バカなことを。我は帰るぞ。今回の件、お前があの方へ報告するんだぞ」
ガーランドと呼ばれたマッチョの魔族が一瞬光に包まれて消えて行った。
恐らく、テレポート系のスキルか何かだろう。
イスがこちらへと歩いてきた。
「私のチャームが効かなかったのは、アンタが初めてよ。気に入ったわ。今日の所は約束だから、帰ってあげるけど、またすぐに会いにくるからね」
正直遠慮願いたいが、戦わずに済むならなそれに越した事は無い。
「村に張られた結界も解いてくれるのか?」
「ええ、もう解いたわ」
「今回の瘴気は何が目的だったんだ?」
「大きな作戦の前の準備運動って所かしらね?もう行くわ」
そう言い残し、先程と同じく一瞬光に包まれた感じになり、消えて行った。
ユイとクロが駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん、体だいじょぶ?なんともない?」
「ああ、お兄ちゃんは強いからな。大丈夫だ」
内心ビクビクだったのはこの際内緒にしておく。
その声を聞いて、2人は安心したように頬を緩ませて抱き着いてくる。
2人の頭をぽんぽんと優しく撫でた後に、依然として禍々しい瘴気を放っている玉に視線をくべる。
もう邪魔する者はいない。
すぐさま瘴気を発している玉を破壊した。
案の定、村全体を覆っていた瘴気が徐々に薄れていく。
その後、他に苦しんでいる村人がいないか、村中を走り回った。
総人数100人程度は居ただろうか?
さすがの俺でも魔力の大半を消費してしまった。
MAXレベルの
確認する限り全員を回復し終えた俺は、ベンチでグッタリとしていた。
その俺の背後に周り、ユイが肩を揉んでくれている。
クロはどこで覚えたのか、俺の前で屈んで足をマッサージしてくれている。
マッサージというより、ゲンコツでグリグリしているだけなのだが。微妙に痛い。
2人の妹たちのマッサージに至福の時を過ごしながら、先程の出来事を考えていた。
今まで魔族には何度か出逢っていたが、喋ったり意思のある魔族に会うのは初めてだった。
もちろんクロは例外だけど。
俺の心を読んでか、セリアが出てくる。
「喋る魔族は、魔王の側近、いわゆる幹部と言われている者達です」
魔王には、数十名の側近がいるそうだ。
皆、言うまでもなくレベルは高い。
恐らく先程の2人も魔王の幹部だと言う。
しかし、魔王が封印されている今、幹部が表立って行動することはないとも言う。
魔族は全て魔王から生まれる。魔王がいない今、下手に行動すると勇者などに倒される心配がある。
今回のように表立って出てくるのは異例なのだ。
リターニアさんがいる教会へと戻る。
大まかな経緯を彼女に説明する。
彼女は驚いていた。
彼女も聖職者なので、以前に
そこに俺は
改めて聖職者の彼女に教えてもらったのだが、聖職者になって1年ほどの経験を摘めば、
Lv3に至っては、更に10年以上の過酷な修行が必要という事だった。
俺の場合はチートを使っているので、一瞬でLv1から5になるのだが、正直申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
取り敢えず、いつものように適当にごまかして、その場を切り抜ける事にする。
村の人たちが意識を取り戻したのか、起き上がってきていた。
俺の施した治療が良かったのか、今回の事件で最悪のケースである、死者はいなかったようだ。
是非お礼がしたいと言うリターニアさんに半ば強引に引っ張られて、村長の家まで連れ込まれてしまった。
否定したはずなのだが、何故だか勇者扱いされてしまい、盛大な夕食をご馳走されてしまった。
3人以外と食べるのは久々だったので、少し新鮮味はあったのだが、騙しているようで、後味が悪い。
まぁでもユイやクロが喜んでいるので良しとしよう。
食事中は、質問攻めの嵐だった。
だが、勇者と言う言葉が出る度に「俺は勇者じゃない!」とだけ答えておいた。
寝床まで用意してくれたのは、正直有難かった。
小さな村の為、宿屋なんてものは無かったからだ。
もちろん提供してもらったのは一部屋だった為、仲良くいつも通り3人で雑魚寝だ。
朝になり、俺は次の目的地の情報を村人から仕入れていた。
ここから3日ほど歩いた先に、水上都市があるそうだ。
なんともいい響きに、勝手に都市を脳内イメージしてしまう。
きっと、水の上に浮いていて、都市内にもそこら中に綺麗な水が流れている。
そんでもって、自然豊かな都市なのだろうと。
さて、妄想はこのくらいにしておいて、次の目的地に向けて出発しよう。
ナターニアさんも水上都市で生まれ、そこで聖職者になったのだそうだ。
村の出口では、村人全員が集結しており、見送りされてしまった。
ナターニアさんからも、是非また立ち寄って下さいと一言。
そうして俺たちは、次なる目的地である水上都市に向かって出発した。
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