第21話: エルフの里での生活3(ユウ先生になる?)
昨日約束してしまった魔術の先生となるべく、朝一からユイと一緒に、ミアの家を訪れていた。
家は街外れの寂れた一軒家だった。
親に先立たれたということもあって、今は兄のアストと一緒に暮らしているらしい。
石で出来た簡素な造り、お世辞にも立派な家とは言えない住まいだった。
アストは騎士隊の仕事がある為、早朝から出掛けてしまった。
ミアは12歳だそうだ。
何故だかさっきからミアはモジモジしている。
まぁ、昨日会ったばかりで初対面には変わらないからね。
年齢を考えたらこの仕草も頷ける。
さて、先生になるとは言ったが、一体何からすればいいのだろうか。
勿論先生経験なんてゼロな訳で、取り敢えず現状を知るところからだろう。
名前:ミア・ヘイルデューン
レベル:12
種族:エルフ族
職種:魔術師
スキル:
この世界で2属性持ちというのは優秀な部類に入ると言われている。つまりは素質はあるみたいだね。
まずは魔術を使ってもらおうかな。
幸いにもここは街外れの為、方向さえ考えれば周りに被害は出ないだろう。
「ミア、手始めに何でもいいので魔術を使ってくれないか? そうだな、あそこに見える岩を狙ってみてくれ」
ミアは静かに頷き、恐る恐る杖を岩の方に向ける。
そして、小さく一呼吸する。
「ファイアーボルト!」
ミアの発声と共に杖の先で炎が渦巻いていたが、待てども炎は放たれることなく、そのまま段々と小さくなり、やがて何事もなかったように消滅してしまった。
ミアが下を向いている。
「やっぱり、私才能ないんですかね⋯昔からこうなんです。魔力が暴走してしまって、上手く制御出来ないというか⋯」
「もう一度、やってみてくれないか」
ミアは「何度やっても結果は同じです」と言ったが、渋々と言った感じでもう一度杖を岩の方に向けて、魔術を行使する。
「ファイアーボルト!」
やはり、先ほどと同じく杖先に収束された炎はそのまま消えてしまった。
俺はその様を凝視していた。
正確には彼女自身というよりも、彼女が発していた魔力をだ。
普通、魔術師が魔術を行使する時は、まず体内の魔力を巡らせ、杖に一点集中させる必要がある。
しかし彼女の場合、どうにか杖先までは魔力の集中をさせようとはしているが、魔力を収束出来ていなかった。
収束出来ない為にせっかく集めた魔力を維持出来ず大気中に飛散してしまう。
それにしても、魔力の潜在蓄積量は相当なものだった。
恐らく、多すぎる魔力の影響化で通常よりも制御が困難となっているのだろう。
「先生⋯私やっぱり、才能がないのでしょうか?」
今にも泣き出しそうに悲しそうな顔で俺に問いかける。
「逆かな」
俺の予想外の返事にミアはどういう事ですか?という顔をする。
「ミア、君には魔術師としての才能がある。今はまだうまく制御が出来ないだけで、少し魔力の扱い方を覚えたら、その才能が一気に開花する。だから自信を持っていいんだよ」
先生なんだからね、少しは先生らしい発言をしないと笑われてしまう。
俺は俺自身の先生に教わったことを思い出していた。
魔術の基本。そう、魔力循環法だ。
目を閉じて、魔力が体全身に巡るのをイメージする。
左手に込めた魔力を腕を伝って頭に、そして右肩、右手、右足、左足といった感じに順に魔力を巡らして最後に左手に戻る。それをなるべく早くなるように何度も何度も実践する。
その日は1日、ただひたすらに魔力循環法のみを訓練してもらった。
俺もミアの横で同じように魔力循環法を行使する。
最初は苦戦していて、声に出すようにして一連の流れをするのに3分程度掛かっていたミアだったが、日も暮れるころになると、その一連の動作を数秒で出来るようになっていた。
ユイは暇だったのか、クロと一緒に丸一日鬼ごっこをしていた。
それはそれで、すごい運動量と精神力だと逆に呆れていた。
いつの間にか辺りが暮れ始めていた頃に、兄のアストが騎士隊の仕事を終え、帰ってきた。
俺はアストに一つの提案を持ちかける。
それは修行中、ミアを俺が住んでいる屋敷に住まわしたいという提案だ。
そうすれば、効率よく指南することが出来る。
それと、是非食べてもらいたい料理もあるしね。
決して邪な考えなどはない。断じてそれはない。
教え子に手を出す教師など、本の中の話だけにして欲しいと切に願う。
最初、アストは不安そうな顔をしていたが、ミア自身が「大丈夫」と言っていたのもあり、了承してくれた。
俺自身、最初はあまり乗り気ではなかった魔術師の先生だったが、彼女の努力している姿を見ているうちに、いつの間にか感化されてしまっていた。
やるからには、とことんやってやるかな。
屋敷に、ミアと一緒に帰ってきた俺は、執事とメイドに説明し、新しく部屋を一つ準備してもらった。
空き部屋はまだまだいっぱいあるしね。
ミアの部屋だった。さすがに、一緒の部屋で寝る訳にはいかないしね。
そして、次の日も朝から魔術の修行だった。
屋敷の裏手は、だだっ広い草原が広がっている為、ここで魔術の修行をしても周りに迷惑を掛けることはない。まさにうってつけの場所だった。
今日は、一点に魔力を収束させる訓練をする。
左手、左足、右足、そして右手に持っている杖の先だ。
一ヵ所で魔力を維持する時間はおよそ10分だ。
実は魔力を維持するだけでも魔力の消費は僅かながら発生する。
普通は、こんなに長時間維持するのは難しいのだが、ミアはその生まれ持っての潜在魔力量が常人と比べて遥かに多いので、その難題を可能にしていた。
ユイが後ろで暇そうにしている。
体を動かしたくてしょうがないようだった。
クロは切り株の上で幸せそうに寝ている。
すると、屋敷の中から執事が出てきた。
ゆっくりと俺たちの元まで歩み寄る。
それにしても、物音一つ立てず尚且つ動きに全く無駄がない。
凄腕の殺し屋か何かなんじゃないかと疑ってしまう程に。
「ユイ様、お暇でしたら、一つ私とお手合わせ願えませんか?」
「え、手合わせー?いいの?」
やったー!とばかりにはしゃぐユイ。
「はい、少々腕に覚えがありますので、退屈はしないと思います」
名前:ザンバド・ウィルソーン
レベル:48
職種:格闘士
スキル:鉄拳Lv3、地雷拳Lv2、リッパースラムLv3、白羽取りLv3、ショックアタックLv3、疾風迅雷Lv1
おいおい、少々なんてもんじゃないだろう⋯
レベルだけならば英雄級だぞ。
こんな人が執事とは、一体どんな過去を持っているんだろうか?
あとでメイドで娘のルナに聞いてみよう。
ユイとザンバドさんが相対する。
「お手柔らかにお願いします」
ザンバドさんが一礼する。
そして、二人の手合せが始まった。
ユイの速さは知っている。
俺よりも速いのはもちろんだが、そのユイにザンバドさんが反応している。
ユイの攻撃を全ていなしている。
ユイの短剣をザンバドさんが金属のグローブで受けていた。
両者がブツかり会う度に「キンッ」という甲高い金属音が辺りに鳴り響く。
久しぶりに本気を出せる相手にユイは終始楽しそうな表情をしていた。
後でザンバドさんに感謝しないとね。
さて、俺達も再開しよう。
魔力収束訓練の続きだった。
お昼頃まで訓練をしていたら、屋敷の方からメイドのルナが手を振っていた。
「お食事の準備が出来ましたよ~」
俺は、手を振ってそれを返した。
「休憩しようか」
ミアはかなり疲労しているようだったので、
食事は先生の小屋の周辺に咲いていたキノコのフルコースだった。
俺がストレージに入れていたものなのだが、前に姉弟子のミリーから魔術の修行の時は、このキノコ料理が良いということを聞いていたので、ミアがこっちの屋敷にいる間だけは、キノコ料理を出してもらうように事前に執事とメイドにお願いしていたのだ。
微小の魔力回復と魔力量を増幅してくれる効果がある。
食事中にユイに聞いてみる。
「ユイ、ザンバドさんとの手合わせはどうだった?」
夢中に食べていたユイの手がピタッと止まる。そして勢いよく食べていたものを飲み込むと、
「うん、すごく楽しかったよ!どんな攻撃をしても全部受け止められるか、躱されちゃうんだもん!」
「いやいや、ユイ様は本当にお強かったですよ。全てギリギリでなんとか受け切れたまでです」
俺の見立てでは、ザンバドさんはかなり手加減をしている感じだった。
それをあえて、ましてやユイの攻撃をギリギリで躱していたのは相当の実力があるからだろう。
丁度良いので、俺は疑問に思ったことを聞いてみた。
「ザンバドさんは、凄くお強いんですが昔はどんなお仕事をしていたんですか?」
「⋯そうですね、昔は親衛隊に在籍しておりました」
エルフの軍隊は、精霊隊、魔術師隊、騎士隊、弓隊、格闘隊からなっているのだが、エルフ親衛隊とは、軍隊の全ての隊の上位3名からなる、戦闘のエキスパートたちのことを指す。
なるほどね⋯通りで強いわけだ。
老兵と言えど、あの強さなら、まだまだ現役でも通用するんじゃないだろうか?
「ご飯食べたらもう1回やろ!」
「すみません、午後からは別件が御座いまして⋯明日でしたらまたお手合わせさせて頂きますよ」
ザンバドさんは昼から王宮に呼ばれているそうなのだ。
ユイは、少し残念そうだったが、「お部屋でクロとゴロゴロしとくよ」と言い、クロを抱き抱えて食堂を退出した。
それにしても、最近クロの食事の量が増えてきている気がする。
今なんて、俺の魔力の1/5くらい吸われてしまった。
俺の魔力量は、普通の魔術師の100倍くらいあるのだが、単純計算で1回の食事が魔術師20人分の魔力とは⋯。
この調子で吸収率が増えていけば、さすがの俺でもキツくなってくるだろうな。
まぁ、その時が来たら考えることにしよう。
食事を終えたミアと俺は、訓練を再開する。
魔術収束の続きなんだけど、ミアは文句一つ言わず、俺の言うことを聞いてくれている。
普通だったら、いい加減魔術を使う訓練をしたい!と言われても仕方がないのだが。
彼女はやはり、根っからの真面目さんなのだろう。
結局その日1日は、魔力収束の訓練で終わった。
屋敷へ向かって歩いている途中に、不意にミアは立ち止まる。
何かと思って、後ろを振り向くと、ミアからの思いを打ち明けられた。
言っておくが、断じて告白ではない。
「先生⋯私ね、兄さんのようにエルフの皆を守れるくらいに強くなりたい。そのためには、魔術師隊に入りたいと思っています⋯私に入れるでしょうか?」
「努力を惜しまないミアなら大丈夫さ。明日からは本格的に魔術の特訓をするからそのつもりでね」
「はい!」
少し俺の返答が軽いような気もするが、ミアが笑顔で返事をしてくれたので良しとする。
部屋に戻るとユイがベッドで気持ち良さそうに寝ていた。
起こしたら可哀想なので、なるべく物音を立てずに俺も寝床に就いた。
朝を迎える。
そして、いつもの重みを感じる。
しかし、いつもと違うのは重みを感じた部分にいるはずのユイがベッドの横で既に起きていたことと、非常に顔が近いということだ。重みの正体はクロだった。
「お兄ちゃんおはよー」
「おはよう。一体そんなとこで何してるんだ」
「んーすることが無かったから、お兄ちゃん観察してたの」
なんだその小学生の夏休みの自由研究みたいなのは。
というか、普通に照れるからやめて下さい。
さてと、朝ごはんを食べたら今日の訓練の開始だ。
「先生!今日もよろしくお願いします」
ペコリを頭を下げるミア。
ミアは今日も朝から元気が良くて実によろしい。
俺はまだ少し眠たいんだけどね。
いつもの訓練場である、屋敷の裏手へと向かった。
「よし、昨日も言ったけど、今日は魔術の訓練を行う。今までの訓練を思い出しながらやること」
先程までの元気のよさは何処に行ったのか、ミアは少し緊張しているようだった。
さてと、狙いは⋯
的に出来そうな標的が見当たらなかったので、俺は
「先生、すごいです⋯魔力を貯めることなく一瞬で⋯」
「いやいや、ミアもこれくらいすぐに出来るようになるよ。じゃ、ミアもやってみようか。あの石壁を狙ってファイアーボルトを撃ってみてくれ」
ゆっくりでいいから、訓練をイメージするようにとアドバイスする。
ミアは静かに頷き目を閉じて集中している。
充分に貯めを行った後、放たれた。
「ファイアーボルト!」
サッカーボール大の火の玉が目標目がけて飛んでいく。
そして石壁に当たった
ミアが驚いていた。
「私、初めて⋯魔術が使えた⋯」
目には薄っすらと涙を浮かべている。
ミアがこちらへ向かって走ってくる。
「先生っ!私出来ました!ちゃんと飛散せずに飛んでいきました!」
凄くうれしそうな顔をしていた。
俺は、ついついいつものユイの感覚で、頭を撫でてしまった。
俺は悪くない。撫でやすい位置に頭があるのだから仕方がない。
「この2日間のミアの努力の結果だよ」
その調子で
さすがに魔力容量すなわちMPが多いだけあって、連射しているにも関わらず、まだ半分程度しか減っていないようだ。
今更ながら気が付いたのだが、モンスターを倒して経験値を獲得しなくても、魔術を行使しているだけで自身のレベルや魔術のレベルが上がる。
いつの間にやら、ミアのレベルが13になっており、
前から疑問だったのだが、成長速度というのは、皆平等ではなく、生まれ持っての才能?なんじゃないかと思っている。
ユイの成長速度も尋常じゃなく早い。
しかし、周りの冒険者を見ているとレベルを1上げるのに何日も、下手すれば何か月も要しているように感じる。それとも俺に関わると早いとか?まさかね⋯。
昼食にキノコのフルコースを食べていると、エレナが屋敷を訪れていた。
「お、久しぶり」
「こんにちは、ユウ様」
隣のミアが慌てている。
「あわわ、え、エレナ様!あ、えっと、は、初めまして!」
ペコッとお辞儀をしている。
「初めまして。そんなに緊張しないで下さい。ユウ様、彼女が教え子さんですか?何やらユウ様が先生になったとお耳に挟んだので」
まぁ、そんなところかなと軽く返事をする。
その後、一緒に昼食を食べたのだが、グルメのエレナでさえもこのキノコ料理は食べた事がないと言っていた。
確か先生の小屋の周りにしか咲いていないと言っていた気もするし、無理もない。
お腹も膨れたところで、訓練の再開だ。
エレナも見学したいと言うので、一緒に屋敷の裏手の訓練場へと来ていた。
ミアは若干緊張していたが、これも訓練だと思って頑張ってもらおう。
今までは動かない標的での訓練だったが、昼からは動く標的でやってもらう事にした。
そう、ユイを狙ってもらうのだ。
というのも、何かお手伝いしたいとユイから頼み込んできたからなのだが。
まぁ、ユイなら仮に当たったとしてもダメージは皆無だろうからとお願いしていた。
最初は躊躇っていたミアだったが、まったく攻撃がかすりもしない事を自覚すると、段々とやる気をみせ、次第に本気になっていった。
しかし、そう簡単にユイには当たらない。
というか、俺でも当てるのは難しいかもしれない。
ユイも楽しそうだった。
ここでミアにアドバイスをする。
連射テクだ。
予め、数発分の魔力を収束しておいて、魔術を連射する技法なんだけど、それを行えば、貯め時間を待つことなく、連発することが可能となる。
ミアは一度言われただけで、難なくそれをこなせて見せた。
連射の感覚が速くなったのを感じたのか、ユイも戸惑っている。
ミアはその連射テクと使い、同系統ではなく別系統すなわち2つの魔法を交互に撃つことを覚えていた。
さすがに連射しているだけあり、ミアの魔力も何度か底をついたが、その度に休憩を挟み、俺が魔力を供給して継続をしていた。少しスパルタな気もするが、彼女自身がやると言っているので、止めるつもりはない。
日が暮れるまでその訓練を続けていた。
走り回っていたユイは余裕そうだったが、ミアは疲れ果てていた。
遂に、ユイには魔術を当てる事は出来なかったのだが、動く標的に対しては、だいぶ柔軟な対応が出来るようになったと思う。
取り敢えず、今教えられることは全て教えたつもりだ。
俺はその日の訓練の終わりに、ミアに告げた。
「俺がミアに教えられるのは、ここまでだよ。後は、教えたことを復習する事。そして行く行くは実際にモンスターを狩って自身のレベルを上げ、新たな魔術を取得していくんだ」
ミアは、少し残念そうな顔をしていたが、仰々しく頭を下げる。
「先生、本当にありがとうございました。先生に教えてもらった事を忘れることなく、これからの修練に励んでいきたいと思います」
俺はミアと約束をしていた。
またいつかこの里に戻ってきたときに、修練の成果を見るために俺と勝負をしようと。
隣で、ユイが「ユイもユイも!ミアと勝負する!」と騒いでいた。
ミアを家まで送り届けて、アストにミアの成長の成果を見てもらった。
アストは、口をぽかんと開けて、静止していた。
「ミア⋯凄いじゃないか!たった2日でここまで使えるようになるなんて⋯」
「私が凄いんじゃなくて、先生が凄いの」
謙虚な子だ。実にいい弟子を持ったなと、内心でニヤリとしていた。
アストは、頭を下げ「ありがとうございました」と連呼していた。
その後、ミアが頭角を現して、魔術師隊の隊長になるのにそんなに日数は掛からなかった。
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