第19話: エルフの里での生活1(ロムールの丘の屋敷)

王宮を出た俺達は、里に滞在中に住まう事になる場所に案内してもらっていた。


さっきから気になっていたのだが、どうもエレナの様子がおかしい。

なんというか余所余所よそよそしい感じで、目が合うと、すぐに逸らされてしまう。


もしかして、また精神操作に掛かってしまったのだろうか?

まさかね。

念の為に確認してみたが、大丈夫だった。


微妙に気不味い雰囲気の中、目的地へ到着した。

そこは、小高い丘の上の一軒家だった。

裏手には草原が広がっている。


なんて豪華な⋯元いた世界だと、有名人や資産家が住んでいそうな立派な洋館がそびえ立っていた。


「これはまた、立派な屋敷だな。本当にこんな場所に住んでいいのか?」


それを見たエレナも同様に驚いていた。


「⋯まったく、お父様奮発しすぎよ」


エレナが俺に聞こえないレベルの小声でボヤく。

バッチリ聞き耳スキルは発動してるけどね。


早速、屋敷の中へと入った。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


屋敷の中へ入ると、執事にお出迎えされてしまった。

なんで執事が?

エレナを見る。

俺の顔を見ると、エレナは何故だがニコッとしていた。


ドタドタッドタッ


廊下の奥から誰かが走ってきた。

頭には可愛らしいカチューシャ、胸には、白黒のエプロンに、スカートは少し膨らんだフリル状になっている。

誰がどう見てもメイド服だった。

執事の次はメイドとは。確かにお決まりのセットではあるけど。


「お、お帰りなさいませ、ご主人様しゃま!」


しゃま?

彼女は、ヤバい噛んでしまったという顔をしている。

すかさず執事がフォローする。


「私は、このお屋敷で執事をさせて頂きます。名をザンバドと申します。どうぞ宜しくお願い致します」


深々と頭を下げる。

お次はメイドの出番のようだ。


「ご主人様!お初にお目にかかります。私は、ルナと申します。以後お見知りおきを」

「えっと、俺は人族のユウと言います。それでこっちは」

「妹のユイです!」


割り込んでくると思ったよ。


「で、こっちが⋯」

「クロ」


クロ、まさかお前まで割って入ってくるとは⋯

そういえば、クロは喋れるようになったんだったね。

周りの皆は、犬が喋った事に対して、あまり驚いていないようだった。


「短い間でしょうが、宜しくお願いします」


俺は一礼する。


執事のザンバドさんに屋敷の中を一通り案内してもらった。

大小多数の部屋が点在している。その総数は14あまり。

それぞれの自室に、リビング、多目的ホール、応接間、来客用寝室に至っては3つもある。

中には何に使うのか分からない部屋まであった。


俺はこういう暮らしをした事がないので分からないが、執事室やメイド室も完備らしい。日雇い家政婦と違い、住込なのだろう。


後でエレナに聞いてみたのだが、エルフは精霊との信仰が深い種族なので、心を鎮め、精霊と心を通じ合う精話室せいわしつというものがあるらしい。


俺の場合は、心を通じ合わせなくても、常に俺の中にいるんだけどね。


そういえば、エルフの里に来た時は、姿を見せて、道中ずっと俺の肩の上に乗っていたセリアだったが、晩餐会以降姿を見せていない。


特に用はなかったが、セリアを呼んでみた。


「なんでしょう、ご主人様(⋯)」


セリアが俺の中から現れて、肩に腰掛ける。

どうやら、ここがセリアの定位置になっているようだ。


「だから、いつ俺が主人になったんだよ」

「せ、精霊さまっ!?」


声の主は、メイドのルナだった。

表情を見ると、何故だが凄く驚いているようだった。


「私、こんなにハッキリと精霊さまを拝見するのは初めてです」


精霊であるセリアは実体化していないと契約している俺とユイにしか見えないはずなのだが、セリア自身が周りにも見えるようにしているらしい。


ルナは目をキラキラさせている。

執事のザンバドさんは、顔色を変えてないが、マジマジとセリアを見ている。


「ユウ様は、精霊様を宿されているのよ」


俺の代わりにエレナが説明してくれた。

ルナは凄い⋯と言った表情をしている。


そういえば、初めてエレナがセリアを見たときもそんな表情をしていたっけな。


エルフにとって精霊は神にも近い存在なのだ。

ましてや、その精霊の宿主になれるなんて物凄く名誉な事なのである。


ルナがセリアに夢中になっていると、執事のザンバドさんがルナを注意していた。


「そんな物珍しそうな眼でみるとは何事だ!」だそうだ。

どうやら、ザンバドさんはお堅い人物のようだ。

一方、ルナは今風の女子といった感じだろうか。


え、親子なの?


「そうよ」


エレナが教えてくれた。

全然似てないんだけど⋯母親似なのだろうか。


2人は、仕事がありますので失礼しますと、どこかへ行ってしまった。

エレナも王宮からお呼びがかかったようで、出て行ってしまった。

俺は、あてがわれた部屋でユイとクロと一緒にいる。

ユイも自分の部屋があるのだが、俺と一緒の部屋がいいと言って聞かない。

せっかく、今夜から1人でゆったり寝れると思ったのに残念だ。


「ユウ、ソトイコ」


お、クロが喋った。


「うん、ユイも退屈そうだし、行こうか」


一応、ザンバドさんに一言伝えてから出ることにする。


目的地もなく歩いていると、いつの間にかセリアがいつものポジションに居座っている。


エルフの里で使用されている通貨は人族の街で使われている物と同じだった。


という事は?

今の俺に買えないものはない!


今後の冒険に役立つ物は、なるべく手に入れておこうと考えていた。ここでしか買えない物もあるだろうしね。もちろん無駄遣いするつもりはないけど。


途中、綿菓子みたいなお菓子を売っている店があったので、買い食いしてしまった。


それにしてもエルフは皆、友好的というか、フレンドリーだ。

道行く人が、すれ違いざまに声をかけてくる。

俺の正体が既に知れ渡っているという事もあるのかも知れないが、ほとんどは肩に乗っているセリア目当てだったと思う。

店を何軒かハシゴしていく。


今は武具屋を覗いている。

店内は人族の店と変わらず普通な感じだった。

ある一つを除いて。


というのが、店主が猫の姿をしていた。

最初は店番しているペットかと思っていたのだが、どうやら、猫人族シャトンらしいのだ。

獣人族にはユイやミリーのような、部分的に獣人の姿をしている種族と今目の前にいる猫人族シャトンの店主のように完全に獣人と呼べる種族とが存在する。

お互いは同種のため、そこまでの違和感は感じていないようだが、見た目は大きく異なっている。


「いらっしゃいニャ」


猫が喋っている。実にファンタジーだ。

ユイが店主の顔をジッと眺めている。


「ニャにかニャ?」

「猫ちゃん可愛い!」

「失礼なお嬢ちゃんニャ!」


店主はユイを睨みつけている。


「ん、誰かと思えば、今噂にニャってる狐人族ルナールの嬢ちゃんと人族のあんちゃんかニャ」


さっきから、ユイが猫店長の頭を優しく撫でなでしている。

猫店長は「やめニャいか!」と言ってはいるが、若干気持ちよさそうな顔をしているのは気のせいだろうか。

楽しそうな2人は放っておいて、俺は商品を眺めていた。


俺の装備している杖は、既に最高ランクのため、買い替えるような性能の武具はさすがになかった。

ユイに対してもそれは同様だった。

しかし、特殊な能力を秘めているものが多い印象だ。

例えば、防具にバッドステータス耐性が付いていたり、ほぼ全ての武具に精霊の加護なるものが付与してある。


ここで販売されている武具は全てエルフの職人たちの手作りだ。

なので、精霊の加護というのも頷ける。

工房とかもあるそうなので、機会があったら是非覗いてみたい。


この店では魔導具も取り扱っているらしく、見せてもらった。

俺自身、魔導具は非常に興味をそそられる。

性能はピンキリなのだが、中にはチート級の能力を秘めているものもある。

現物は見せてくれなかったが、リストに記載されていて、目に止まった物だけを挙げてみる事にする。


1.ホログコア

事前に登録しておいた立体画像を最大2つまで表示させる事が出来る。


2.テレコンイヤリング

持ち主同士が念話を使用する事が出来る。最大距離はない。


3.クリアブルマント

装着者を透明にする事が出来る。

透明の間は、一定の割合で魔力を消費する。


4.フルリバイバルネックレス

全てのバッドステータスを無効化する。


他には、けたたましいサイレンを出すブローチや、魔力を込めると常に一定の光を出し続けるブレスレットなんて物もあった。


俺は、1~4を購入したいと猫店長に申し出たのだが、


「だめニャ」


駄目なのかよ!


どうやら、エルフの里で魔導具を購入するには、王様の許可が必要らしい。

そういうことは、最初に言って欲しいんだけど⋯

でも可愛いので許すことにした。


猫店長は依然としてユイに遊ばれている。

仲が良くて実によろしい。


「猫店長、また来るよ」


ユイが名残惜しそうにしていたが、強引に引っ張って、店を後にする。

店を出た直後俺の聞き耳スキルが微かに反応した。


「まったく、失礼な客だったニャ」


少し歩くと、広場のような開けた場所に出た。

何やら人だかりが出来ている。

近寄ってみると、立看板が立っていた。


えっと、なになに⋯

要約すると、20日後に第7回バトルアリーナが開催されるそうで、その出場者を募集しているらしい。

エルフ同士で争いでもするのだろうか?

後でエレナにでも聞いてみよう。


途中で昼食を済ませ、王国でもお世話になった、あの穴の前に来ていた。


そう、ダンジョンの入り口だ。


「やっぱりここにもあるんだな」


また今度、是非登頂させて頂くかな。


またしばらく歩いていると、セリアが何かに反応している。


「どうした?」


セリアが何かを考えている素振りを見せる。


「精霊の気配を感じます」


どうやらセリアと同じ精霊が近くにいるようだ。

セリアの先導で、その気配がする方へと足を運ぶ。


そして、眼前に大きな屋敷がそびえ立っていた。

門番までいる。

名の知れた御仁の屋敷なのだろう。


しかし、精霊の気配がこの中からするというのも少し気になったので、門番に聞いてみることにした。


「あの、すみません、この屋敷はどなたが住んでおられるのでしょうか?」


門番は、怪しがることもなく、素直に質問に答えてくれた。


「なんだお前、ガリム卿の事も知らないのか?」


ガリムさんと言うのか。

どうやら、このガリムさんというのは、エルフの元老院の1人だそうだ。

マルベスも以前は、元老院だったと言っていたが、ここでまた元老院が出てきたか。


この事についても後でエレナに聞いて、勉強しておこう。

帰ろうと思い後ろを振り返った瞬間、突然屋敷の入口のドアが開き、1人の男が屋敷の中から出てきた。


高身長のイケメン俳優のような成りをした人物だった。

門番がいち早くそれに気が付き、一礼している。

恐らく、彼がガリムさんなのだろう。


「彼から精霊の気配を感じます。恐らく私達と同じ関係だと思われます」


セリアが小声で教えてくれた。

俺達のような関係がエルフの里にも居たんだなと俺は特に気にしていなかったのだが、セリアは少し警戒しているようだった。


「やあ、君が噂の我がエルフ族のヒーロー君かい?」


なんか、ちょっとキザで嫌な感じだが、無視するわけにもいかない。


「はじめまして、ユウと言います。ヒーローではないですが、しばらくこの里に厄介になっています」

「紹介が遅れたね、私の名前はガリム・ウォーク。ガリムでいいよ」


ガタイの良いガリムさんが、前に立つ。身長差頭1個分くらいだろうか。

顔を見る為に、見上げる必要があった。


「私は君に興味があるんだ。少し中で話をしないかい?」


仮に俺が女だったら、ナンパ以外の何物でもないだろう。

いや、待てよ。もしかしてそっち系ってこともあるかもしれない。

ここは慎重に行ったほうがいいだろうなどと考えていると、


(恐らく、相手もこちらに精霊がいるのを感づいています。ここはいったん引き下がって、情報収集をしてから出直したほうが良いです)


セリアが、俺にしか聞こえない念話で会話をする。

ということは、今のセリアは不可視モードなのね。


対精霊に関しては俺には分からないので、セリアに従うことにした。


「すみません、この後用事がありまして、また別の機会にして頂けると助かります」


慣れないスマイルを作ってみた。


「そうか、それは残念だ。だが仕方がない。また今度にさせてもらおう」


そのままガリムさんと別れた。

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